Learning from Leonardo-Decoding the Notebooks of a Genius
2013年刊
Fritjof Capra著
著者とレオナルド手稿
著者カプラはオーストリア出身の理論物理学者であり、1939年ウィーン生まれである。タオ自然学で広く知られ、近代科学を東洋思想や生態学と結びつける独自の思想を展開した。専門はシステム論、複雑系、生態学的世界観であり、本書でもその視点が色濃く反映されている。
レオナルド・ダ・ヴィンチが残した膨大な手稿群は、現在でも人類史上もっとも重要な知的遺産の一つとみなされている。彼の手稿は、鏡文字によって書かれた断片的ノート群であり、解剖図、植物研究、水流研究、飛行機械、都市設計、数学、光学、哲学的断想などが混在している。その総量は約7000頁以上が現存するとされる。代表的なものとしてレスター手稿、アトランティコ手稿、マドリード手稿などが知られる。これらは単なるメモではなく、自然界のあらゆる現象を統一的に理解しようとする思考の軌跡である。本書でカプラは、それらを断片的なノートとしてではなく、一つの包括的な世界観をあらわすものとして読み直そうと試みている。
万能人ではなく体系的思想家
本書の最大の特色は、レオナルドを単なる天才芸術家としてではなく、自然をシステムとして捉えた先駆的思想家として位置づけた点にある。従来のレオナルド研究では、絵画や発明の個別的天才性が強調されることが多かった。しかしカプラは、レオナルドのノート群を丹念に横断し、それらの背後に一貫した自然観が存在することを明らかにする。カプラによれば、レオナルドの思考の中心には関係性の思想があった。彼は自然を孤立した物体の集合としてではなく、流れ・循環・変化によって結びつく動的ネットワークとして理解した。水流の研究と人体の血流研究、植物の枝分かれと河川構造、人体比例と建築構造など、彼は異なる領域の中に共通法則を見出そうとした。
本書では、レオナルドの研究を以下のような分野ごとに整理している。
1.水の運動と流体力学
2.解剖学と生命研究
3.植物形態学
4.地質学と地球観
5.飛行研究
6.光学と視覚理論
7.機械工学
8.都市計画
9.数学と比例論
重要なのは、これらが単独の専門分野として扱われていない点である。レオナルドは自然全体の構造を理解しようとしていたのであり、カプラはそこに現代のシステム科学や生態学に通じる思想を見出している。特に興味深いのは、レオナルドが近代科学以前の人物でありながら、機械論的自然観陥らなかったという指摘である。デカルト以後の近代科学は自然を分解・分析する方向へ進んだが、レオナルドはむしろ全体性と相互関係を重視していた。カプラは彼を近代科学の先駆者であると同時に、近代科学を超える可能性を先取りした人物として描き出している。
レオナルド・ダ・ヴィンチの手稿とは
レオナルドの手稿の本質は、観察する精神の記録である。そこには完成された理論体系よりも、自然を前にした知性の運動が刻まれている。彼のノートには、無数のスケッチと文章が混在している。人体解剖図の横には水流図があり、その近くには飛行装置の設計図が描かれている。一見すると混乱しているように見えるが、実際には自然界に共通する運動原理を探究していた。特に水の研究は重要である。レオナルドは水を自然の血液と呼び、渦、波、侵食、洪水、血流などを統一的に理解しようとした。彼は川の流れを観察し、そのパターンを髪の毛のうねりや人体の筋肉構造にも関連づけている。この視点は、現代のフラクタル理論や流体力学を連想させるほど先進的である。
解剖学研究も極めて重要である。彼は30体以上を解剖したとされ、骨格、筋肉、内臓、胎児、血管構造を驚異的精度で描写した。単なる医学的関心ではなく、生命がどのように動くかを理解しようとした。人体を機械として見るのではなく、有機的運動体として理解しようとした点に、彼の独自性がある。
彼の植物研究も特筆される。葉の配置法則、樹木の成長、枝分かれの比率などを詳細に観察し、自然界に存在する数学的秩序を探ろうとした。彼は自然を生きた幾何学として捉えていた。
そして何より重要なのは、レオナルドが見るという行為を知の根源に据えたことである。彼は権威や書物より観察を優先した。自然そのものを師と考え、経験こそ知識の母であると繰り返し記している。この態度は、中世的権威主義から近代経験科学への転換点を象徴している。
レオナルドの手稿と絵画との関係
レオナルドの絵画は、手稿研究なしには成立しえなかった。彼の絵画は単なる視覚的美ではなく、自然研究の総合的結晶なのである。モナ・リザに見られる微妙な表情変化は、顔面筋肉と視覚認知研究の成果と密接に関係している。口元と目元の曖昧な陰影は、人間はどのように表情を知覚するのかという光学研究と結びついている。最後の晩餐では、人体動作研究と心理表現研究が統合されている。弟子たちの身振りは単なる演劇的演出ではなく、感情と身体運動の関係を観察した成果である。レオナルドは感情を身体の運動として理解していた。岩窟の聖母に見られる岩石表現や水気を含んだ空気感は、地質学・水文学研究の反映である。背景風景は空想ではなく、自然観察の集積である。レオナルドの有名なスフマート技法も、単なる絵画技術ではない。それは光学研究から生まれた視覚理論であった。彼は、人間の視覚が輪郭線を実際には見ていないことを理解していたからこそ、境界線を曖昧にぼかし、大気の中に形態を溶け込ませた。
レオナルドの手稿と絵画は分離できない。手稿は自然理解の研究室であり、絵画はその研究成果を視覚的統合へ昇華したものであった。彼にとって芸術と科学は対立するものではなく、どちらも自然の真理へ至る方法であった。レオナルド・ダ・ヴィンチとは、見ることと描くことと考えることを完全に統合した稀有な存在であった。本書は、その統合的知性の全体像を、現代科学の視点から再発見しようとする優れた試みである。
レオナルド手稿の数奇な運命(付記)
1.レオナルド死後手稿は誰に託されたのか
レオナルドが1519年5月2日にフランスのクルー館で死去したとき、彼が生涯を通じて書き残した膨大な手稿、素描、科学ノート、解剖図、設計図の大部分は、最も信頼していた弟子フランチェスコ・メルツィへ遺贈された。レオナルドにとってメルツィは単なる弟子ではなく、知的後継者とも呼ぶべき存在であった。レオナルドの手稿は、現在のような完成された書物ではなく、ばらばらの紙束、覚書、折本、実験メモ、スケッチ帳の集合であった。その総量は現存分だけでも約7200葉前後に及ぶとされ、実際にはさらに多く存在したと考えられている。内容も極めて多岐にわたり、解剖学、光学、水理学、植物研究、建築、数学、飛行研究、兵器設計、哲学的断想などが混在していた。
2.メルツィ家による保存と手稿散逸の始まり
メルツィはこれらをイタリアへ持ち帰り、自邸で慎重に保管した。彼はレオナルドの思想を後世へ伝えようと努め、絵画論を編集している。これはレオナルド自身の完成著作ではなく、メルツィが断片的なノート群から再編集した。しかし1570年頃にメルツィが死去すると状況は急速に悪化した。息子オラツィオ・メルツィは父ほど資料の価値を理解しておらず、手稿群は管理不全に陥った。その結果、盗難、持ち去り、贈与、売却が相次ぎ、レオナルドの手稿はヨーロッパ各地へ散逸していくことになる。
3.レオーニによる再編集と保存
この散逸の過程で決定的役割を果たした人物が、スペイン宮廷付き彫刻家ポンペオ・レオーニであった。彼は熱狂的なレオナルド蒐集家であり、散逸していた手稿を大量に収集した。しかし彼は現代的意味での保存者ではなく、蒐集家であった。彼は手稿を切断し、貼り合わせ、大型アルバム状に再編集したのである。この作業によって、本来別々だったノート群は新たな形に再構成されたが、同時に元の順序や文脈は大きく失われた。現在研究者たちが苦労する理由の一つは、このレオーニによる再編集にある。しかし逆に言えば、彼が収集しなければ多くの資料は完全に消滅していた可能性も高い。
4.アトランティコ手稿
その後、レオナルドの手稿群はイタリア、スペイン、フランス、イギリスなどへ分散していった。最大級の手稿集として知られるアトランティコ手稿は、レオーニの編集を経て、17世紀にミラノの貴族ガレアッツォ・アルコナーティの手に渡った。彼は1637年、この巨大手稿集をアンブロジアーナ図書館へ寄贈した。現在も同図書館が所蔵している。内容は飛行機械、水理学、数学、兵器、建築など極めて広範囲に及び、1119葉から構成される。
5.レスター手稿
もっとも有名な個人蔵手稿が、レスター手稿である。この手稿は主として水文学、天文学、地質学について記された科学ノートであり、レオナルドはここで水を地球の血液として論じている。手稿は17世紀に再発見され、1717年に英国貴族トマス・コーク(後のレスター伯)が購入したことでレスター手稿という名称が定着した。その後約250年間、レスター伯爵家に保有され続けた。1980年には、アメリカの実業家であったアーマンド・ハマーが購入し、ハマー手稿と改称した。しかしこの名称は学界では広く定着しなかった。1994年、クリスティーズの競売でビル・ゲイツが落札した。ゲイツは名称を再びレスター手稿へ戻し、現在も所有者であり続けている。
6.フランスへ渡った手稿
レオナルド手稿の一部はナポレオン時代にも大きく移動した。1796年、ナポレオン軍がイタリアへ侵攻すると、多くの芸術品や学術資料がフランスへ運ばれた。現在フランス学士院が所蔵するパリ手稿群も、その歴史と深く関係している。
7.マドリード手稿
マドリード手稿は長年失われた手稿と考えられていた。しかし1965年に、スペイン国立図書館で偶然再発見された。内容は歯車、建築、機械工学に関する重要資料であり、分類ミスによって数百年間埋もれていた。
8.ウィンザー手稿
解剖図や植物研究を含む膨大な素描群であるウィンザー素描群は、現在英国王室コレクションに属し、ロイヤル・コレクション・トラストによって管理されている。これらはおそらく17世紀頃に英国王室コレクションへ組み込まれた。
9.世界各地へ分散したその他の主要手稿
フォルスター手稿は、ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館に、アランデル手稿大英図書館が所蔵している。トリヴルツィオ手稿はスフォルツェスコ城美術館に、飛行研究の核心資料である鳥の飛翔に関する手稿はトリノ王立図書館が保有している。
10.レオナルド手稿とは何か
現在、主要なレオナルド手稿の大部分は公的機関に所蔵されているが、一部の断片や単葉は依然として個人コレクター市場に存在している。ただし現在では文化財保護の対象となっているため、大規模な国外流出は極めて困難である。レオナルドの手稿が特別なのは、それが単なるノートではないからである。そこには芸術、解剖学、工学、数学、水理学、建築、光学、哲学が未分化のまま統合されている。彼は自然を、相互接続された巨大な生命体系として理解しようとしていた。その意味でレオナルド手稿とは、人類がかつて到達した知の総合の痕跡であり、レオナルドの脳そのものにもっとも近い記録である。
私のレオナルド手稿(付記)
レオナルドの手稿はもはや買うことはかなわないので、手稿へのオマージュを込めて私が制作した箱作品を一つ。

國井正人作
受胎告知の天使と羽根ペン・インク
複写手稿・手稿本を模した豆本
