The Last Romantics
The Romantic Tradition in British Art
1982年刊
Christopher Wood著
クリストファー・ウッドの経歴
クリストファー・ウッドは、ヴィクトリア朝絵画やラファエル前派研究において非常に重要な存在であり、英国絵画を単なる様式史としてではなく、時代精神の表現として読み解いている。特に産業革命以後の英国社会が、急速な近代化や都市化の中で何を失い、芸術家たちがそれにどう抵抗したのかを重視している。本書でも、19世紀後半から20世紀初頭の英国画家たちを最後のロマン主義者と位置づけ、彼らが理想、美、神話、精神性を守ろうとした姿を描いている。
本書の内容
1.ラファエル前派以後の英国絵画
本書は、19世紀後半の英国美術が単なるアカデミズムではなく、近代文明への精神的抵抗運動であったことから論じ始める。産業革命後の英国では都市化と機械化が急速に進み、人間の精神生活や自然との結びつきが失われつつあった。その中で画家たちは、中世、神話、宗教、古代世界といった失われた精神世界を絵画の中に再構築しようとした。著者は、この流れの中心にラファエル前派を置き、その後継としてバーン=ジョーンズ、レイトン、アルマ=タデマらを位置づける。彼らは単に古典的主題を描いたのではなく、近代社会では失われた理想世界を描こうとしていた。
2.バーン=ジョーンズと夢幻世界
バーン=ジョーンズは本書において極めて重要な存在として扱われている。著者は彼を、ヴィクトリア朝における最も純粋な夢想家として描く。バーン=ジョーンズの作品には、現実社会の喧騒は存在しない。そこには永遠に続く静寂、眠り、神話、運命だけがある。人物たちは劇的行動を取らず、むしろ時間から切り離された存在として漂っている。著者は、こうした表現を単なる装飾趣味とは見なしていない。むしろ近代文明の合理主義や功利主義に対する精神的反抗であり、芸術によって現実の外側にある世界を守ろうとした試みとして評価している。
3.レイトンと理想美の追求
フレデリック・レイトンについて、著者は最後の古典主義者として論じている。レイトンの絵画は厳密な構成と均整を持ち、彫刻的身体表現によって理想化された美を追求している。しかし著者は、その完璧さの背後にヴィクトリア朝末期特有の不安や孤独を読み取っている。代表作Flaming Juneに見られるように、彼の人物像は美しいが、どこか閉ざされている。そこには古典世界への憧れと同時に、現代社会にはもはや理想美の居場所がないという感覚が漂っている。



4.アルマ=タデマと古代幻想
アルマ=タデマは、ヴィクトリア朝の人々が夢見た古代ローマ世界を最も華麗に描いた画家として紹介される。彼の絵画では、大理石、海、陽光、花々が極めて精密に描かれ、古代世界がまるで現実以上に美しい楽園として再現される。しかし著者は、その美しさを単なる考古学趣味とは見ていない。むしろアルマ=タデマは、産業化された灰色の英国社会から逃避するために、永遠の午後のような理想空間を創り出していたのである。彼の古代ローマは歴史再現ではなく、近代人の精神的避難所だったと本書は論じている。


5.唯美主義と美の宗教
本書では、19世紀末英国に広がった唯美主義運動も重要なテーマとなっている。芸術は道徳や社会改革のためではなく、美のために存在するという思想である。著者は、この運動を単なる退廃趣味とは考えていない。むしろ近代社会の実利主義に対抗し、人間の精神を守ろうとした最後の試みだったと見る。絵画、建築、家具、室内装飾、衣服に至るまで、美によって人生全体を変えようとしたヴィクトリア朝後期の文化は、今日で言うライフスタイル芸術運動に近いものであった。
6.ロマン主義の終焉と近代
本書後半では、20世紀初頭に入ると、このロマン主義的精神が次第に崩壊していく過程が描かれる。第一次世界大戦によって、19世紀的理想主義は大きな打撃を受ける。芸術は夢や神話ではなく、不安、断片化、現実の暴力へ向かっていく。しかし著者は、その後の近代美術が進歩的だったとしても、ヴィクトリア朝の芸術家たちが守ろうとした精神世界には依然として大きな価値があると主張している。彼らは単なる懐古趣味の画家ではなく、人間にとって美とは何かを真剣に問い続けた最後の世代だった。
本書が言いたかったこと
ヴィクトリア朝後期の英国絵画とは、単なる古典趣味や装飾芸術ではなく、近代文明に対する精神的抵抗であった。産業革命以後の英国社会は、合理性、効率、経済性を急速に追求した。しかしその一方で、人間は夢、神話、宗教、美、静寂といった精神的世界を失っていった。バーン=ジョーンズ、レイトン、アルマ=タデマらは、そうした失われゆく価値を芸術によって守ろうとした。彼らの絵画には、現実逃避的側面も確かに存在する。しかしそれは単なる逃避ではなく、人間は美なしに生きられるのかという深い問いでもあった。著者は、この最後のロマン主義者たちを通じて、近代社会が失った精神性を再考しようとしている。本書は、芸術とは単なる娯楽や装飾ではなく、人間がどのように生きるべきかを問う行為であることを静かに訴えている。
私のレイトン(付記)
レイトンのロマンティックでありながら現世的耽美主義が極まったセイレーン部分を模写することに。

