AI時代の米国一国支配

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知能覇権が新しい世界秩序に

AIの急速な発展を国家間の力関係という視点から見ると、現状の延長線上では米国の優位が更に強まる可能性が高い。重要なのは、米国が単に優れたAIを持つ国なのではなく、半導体設計、クラウド、データセンター、基盤モデル、ソフトウェア、資本市場、研究人材、安全保障というAI時代の主要な権力装置を、一国内あるいは同盟圏内に重層的に保有していることである。しかし、中国も基盤モデルの性能を急速に向上させ、製造業、ロボット、実世界データという米国とは異なる強みを持っている。したがって現在進んでいるのは、単純な米国一極支配というより、米国を圧倒的な中心としながら中国が最大の対抗極となり、その他の国々がその間で自律性を問われる世界秩序の形成である。

AIが米国の覇権を強化する

1. AI生態系を握っている

米国の強さは、一社のAI企業や一つの優れた基盤モデルにあるのではない。AIモデル、GPU設計、クラウド、ソフトウェア、データセンター、ベンチャーキャピタル、大学、研究者、巨大な企業市場、軍事・情報機関までが相互に結びつき、巨大なAI生態系を形成していることにある。この構造では、豊富な資本が世界中から優秀な研究者を引き寄せ、その研究者が高度なAIを開発し、優れたAIに世界中の利用者が集まり、そこから収益やデータが蓄積され、その資金が更に次世代AIへ再投資される。この循環が繰り返されることによって、先行する米国と後発国との格差が拡大する。しかも米国には巨大な資本市場が存在する。AI企業が将来性を認められれば、短期間に数十億ドル、数百億ドルという資金を調達できる。この資金力は国家予算だけでAI産業を育成しなければならない多くの国に対して圧倒的な優位となる。

2.AIの勝者総取り

自動車産業であれば、日本車、ドイツ車、米国車、中国車などが共存することができる。しかしAI、とりわけ基盤モデルやクラウドでは事情が異なる。世界中の企業が特定のクラウドやAIモデルを利用するようになると、その周辺にソフトウェア、技術者、開発ノウハウ、データ、AIエージェントなどが集積する。企業の業務システムもそのAIを前提として設計されるため、後から別のAIへ変更することが難しくなる。更にAIの利用料金が低下すればするほど、途上国や中小国にとっては、自国で巨額の資金を投じてAIを開発するよりも米国企業の優れたAIを利用した方が合理的になる。この経済合理性こそがAI依存を強める最大の要因である。AI植民地化は軍事的強制によって始まるのではない。外国AIを利用する方が安く、速く、性能も高いという合理的判断の積み重ねによって進行する。

3.AIの世界標準

更に重要なのは、米国の優位が民間企業だけによって形成されている訳ではないことである。米国政府も、米国製の半導体、クラウド、データシステム、AIモデル、サイバーセキュリティ、アプリケーションを一体として海外へ展開し、米国のAI技術や標準を世界へ普及させようとしている。これは単なるAI製品の輸出政策ではない。AIという21世紀の社会基盤を米国の技術体系の上に構築しようとする国家戦略である。かつて世界経済がドルを中心として形成され、世界のコンピューター産業が米国企業のOSや半導体を中心として形成されたように、今後は世界の企業や政府が米国製AIを中心として活動する可能性がある。その場合、米国は単にAI産業で最大の利益を得るだけではなく、世界のデジタル経済に対して巨大な影響力を持つことになる。

ドル覇権+知能覇権

20世紀以降の米国覇権は、軍事力、ドル、金融市場、エネルギー秩序、科学技術、などによって支えられてきた。AIはこれらに代わる新しい権力ではない。むしろ、既存の米国の力を更に増幅する技術である。金融市場ではAIによって市場分析、信用判断、資産運用が高度化する。軍事分野では衛星画像解析、サイバー戦、無人兵器、情報分析、兵站などが高度化する。科学技術では創薬、材料開発、数学、プログラミングなどの研究速度が高まり、企業経営でも設計、製造、営業、物流、顧客対応などの生産性が向上する。したがってAIは単なる新産業ではなく、既存の国力全体を増幅する技術である。この点では産業革命と共通している。蒸気機関をいち早く産業化した英国は、それによって工業力を高めただけではなく、海軍力、貿易力、金融力まで増大させ、19世紀の世界覇権を確立した。同じ現象がAIによって起こるならば、既に世界最大級の軍事力、金融力、科学技術力、資本市場を持つ米国が、AIによってそれらすべてを更に強化することになる。その意味では、AI革命は新しい国家を突然覇権国にする以上に、現在の覇権国である米国の力を増幅する。

考える能力の外部依存

AI覇権には、石油や金融とは異なる重大な特徴がある。外国から石油を輸入しても、その国の政府や企業が自分で考える能力まで外国に依存する訳ではない。しかしAIの場合には、企業経営、研究、設計、プログラミング、医療診断、教育、政策立案、軍事情報分析など、人間や組織の知的活動がAIによって補助されるようになる。更にAIエージェントが普及すれば、AIは助言するだけではなく、発注、交渉、設計、採用、投資、物流、顧客対応などを自律的に実行するようになる。そこで外国企業のAIへの依存が極端に進めば、外国の技術に依存するだけではなく、考えるためのインフラを外国に依存する状態が生まれる。その段階では国家間の格差も変質する。従来のような豊かな国と貧しい国という区分だけではなく、高度なAIを開発し所有する国と、それを借りて利用する国との格差が重要になる。AIを所有する国はAIから生じる利益、データ、技術、人材を蓄積できる。一方、AIを借りる国は利用料を支払い続け、自国のデータを提供しながら、次第に独自の技術開発能力まで弱める。ここにAI植民地化と呼び得る構造が生まれる。

米国に対抗する中国

最も、AIによって必ず米国一国支配が完成すると考えるべきではない。最大の理由は中国の存在である。中国のAI基盤モデルは急速に性能を向上させており、米国との差は大きく縮小している。更に中国には米国にはない巨大な製造業基盤がある。自動車、ロボット、ドローン、工場、物流、通信機器などから得られる実世界データは、AIがデジタル空間から現実世界へ進出する物理AI時代には大きな意味を持つ。そのため将来のAI覇権は、クラウド、基盤モデル、ソフトウェア、金融、先端AI研究を中心とする米国と、製造業、ロボット、物理AI、実世界データを強みとする中国との競争になる可能性がある。問題は、その間にいる国々である。日本、欧州、インド、韓国、ASEAN、中東、アフリカなどが独自のAI能力を維持できなければ、世界は米国を中心とするAI圏と中国を中心とするAI圏に分かれ、それ以外の国々はどちらのAI基盤を利用するかを選択するだけの存在になりかねない。

本当に警戒すべきなは代替不能

米国がAIで強くなること自体を否定的に捉える必要はない。米国企業が巨額の研究開発投資によって優れたAIを開発し、それを世界へ安価に提供すれば、日本を含む世界各国は大きな利益を得ることができる。問題は依存そのものではなく、代替可能性を失うことである。ある国の企業、行政、大学、金融、医療、防衛などが、米国企業が設計する半導体、米国系クラウド、米国製基盤モデル、米国製AIエージェント、米国企業のソフトウェアという一つの巨大な技術体系に深く組み込まれ、それ以外の選択肢を事実上失った場合、その国は形式的な国家主権を維持していても、実質的な知能主権を弱めることになる。したがってAI時代の国際政治において重要なのは、誰が世界最高性能のAIを開発したかだけではない。誰が他国の企業、行政、研究機関、軍隊が使用する知的インフラを提供しているかが重要である。

領土支配から知能基盤支配へ

20世紀までの覇権国家は、軍事力、領土、海上交通路、資源、通貨、金融などを支配することによって国際秩序に影響を与えてきた。AI時代には、そこへ新しい権力が加わる。それが知能基盤を提供する力である。20世紀の米国は、ドル、軍事力、金融、エネルギー秩序、IT、科学技術によって世界に巨大な影響力を持った。21世紀にはその上に、世界中の企業や政府、人々が日常的に利用する知能を供給する力が加わろうとしている。その意味でAIは、場合によってはドルや石油以上に深い覇権装置となる。しかし、中国が急速に追い上げている以上、将来が必ず米国一極になるとは限らない。より現実的な危険は、世界が米国AI圏と中国AI圏を中心とする少数の巨大デジタル勢力圏に分割され、それ以外の国々が自らAIを作り、管理し、選択する主体ではなく、どの国の知能基盤を借りるかを選択するだけの存在になることである。

独立とは自分で考え続けられること

AI時代に米国の世界的優位が更に強まる可能性は高い。しかもそれは従来の軍事覇権やドル覇権とは異なり、人間と組織の知的活動そのものに入り込む。しかし、米国AIを排除することが解決策ではない。優れた米国AIは積極的に利用すべきである。重要なのは、一つの国、一つの企業、一つのクラウド、一つの基盤モデルに完全依存しないことである。日本、欧州、インド、ASEAN、アフリカなどは、外国AIを利用しながらも、自らの計算資源、データ、人材、産業AI、AIエージェント、重要インフラを一定程度保持しなければならない。したがって、AI時代の国家独立とは、すべてのAIを国産化することではない。外国のAIを自由に選択し、必要なら別のAIへ変更でき、国家の中枢については外国AIがなくても機能し、最終的には自ら考え、判断し続けられる能力を保持することである。AIが21世紀最大の知的インフラになるのであれば、これからの国家主権を決めるのは領土や通貨だけではない。誰の知能を借りなければ国家や経済を動かせないのかという問題こそ、AI時代の新しい国際秩序を左右する。

産業と投資に関する考察

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