トラスト 絆/わが人生/追憶の記/未来 

Trust
2022年刊
Hernan Diaz著

著者の経歴

エルナン・ディアスは1973年、アルゼンチンのブエノスアイレスに生まれた小説家である。幼少期をスウェーデンで過ごし、その後アルゼンチンに戻った。英国ロンドン大学で学び、米国ニューヨーク大学で博士号を取得した。文学研究や編集活動に携わりながら創作を続け、2017年に長編小説「In the Distance」でデビューし、2022年に発表した第二作の本書では、金融資本主義と歴史の語られ方を独創的な構成で描き、ピューリッツァー賞を受賞した。作品では、富と権力、歴史、言語、社会的に見過ごされてきた人々の存在を追究している。

本書の内容

1.四つの物語

本書は、一組の富豪夫妻をめぐる物語が、異なる著者による四つの文書として構成されている。第一部絆は架空の作家ハロルド・ヴァナーによる小説であり、第二部わが人生は大富豪アンドリュー・ベヴェルの未完成の自伝、第三部追憶の記はその自伝の執筆を手伝った女性アイダ・パルテンザの回想録、第四部未来はベヴェルの妻ミルドレッドが残した日記である。四つの記録は同じ時代と人物を扱いながら、重要な事実について互いに矛盾している。最初の物語では冷酷な投資家として描かれた人物が、次の記録では社会に貢献した偉大な実業家として語られ、更に別の記録では、その成功の背後に隠された人物の存在が明らかになる。読者は、一つの記録を読み終えるたびに、それまで信じていた事実を疑わなければならない。作者は、この構成によって、歴史とは単に過去に起きた出来事の集積ではなく、誰が、どのような立場から、何を目的として語るかによって大きく姿を変えるものであることを示している。

2.金融王の誕生

第一部絆の主人公ベンジャミン・ラスクは、ニューヨークの裕福な家庭に生まれた金融家である。彼は幼い頃から数字や計算に優れた才能を示し、人間関係や社交にはほとんど関心を持たず、金融市場の動きを分析することに強い興味を抱いていた。家業から引き継いだ資産を基礎に投資を始め、株式、債券、通貨などの取引を通じて財産を拡大していく。ラスクにとって金融市場は、複雑な人間社会を数字と法則によって理解できる世界であり、感情や道徳よりも合理的な判断が重要であった。彼は市場の混乱を恐れるどころか、他人が恐怖に支配されている時こそ利益を得る機会があると考えている。作者は、ラスクの姿を通して、近代資本主義が生み出した新しい権力者の特徴を描く。かつての王侯貴族は土地や軍事力によって権力を持っていたが、20世紀の金融家は資本を動かすことによって、社会全体に影響を及ぼす存在となったのである。

3.富豪夫妻の結婚

ラスクは、ヨーロッパで教育を受けた知的で教養豊かな女性ヘレンと結婚する。ヘレンは音楽や文学、美術に深い関心を持ち、社交界の華やかな生活よりも芸術や精神的な活動を好む女性である。二人は互いの独立性を尊重し、世間一般の夫婦のように強い感情的な結びつきを求めない。ラスクは金融市場で資産を増やすことに専念し、ヘレンは芸術家への支援や文化活動に力を注ぐ。表面的には理想的な富豪夫妻であり、二人の生活には経済的な不安が存在しない。しかし、夫婦の間には深い精神的な距離があり、ラスクは妻の内面を十分に理解しようとしない。ヘレンもまた、自分の知性や感情を夫に完全には伝えることができず、次第に孤独を深めていく。作者は、巨万の富が人間に物質的な自由を与える一方、愛情や相互理解を保証するものではないことを描く。ここでは、資本主義社会における成功と、人間としての幸福が必ずしも一致しないという問題が浮かび上がる。

4.大恐慌と巨富

1920年代の米国では、株式市場が急速に拡大し、多くの人々が株価の上昇によって豊かになれると信じていた。しかし、1929年10月にウォール街で株価が暴落し、米国経済は深刻な不況へと突入する。銀行や企業が破綻し、多くの人々が職を失い、長年蓄えてきた資産を失う中で、ラスクは市場の下落を巧みに利用し、むしろ巨額の利益を得る。彼の成功は、卓越した金融能力の証明として称賛される一方、他人の破滅によって富を増やしたのではないかという疑惑を招く。人々は、彼が市場を操作して大暴落を引き起こしたのではないかと疑い始める。作者は、この状況を通して、金融市場では一人の利益が他人の損失と結びつくことがあり、個人の合理的な投資行動が社会全体に深刻な影響を与える可能性があることを描く。富を生み出す能力が、そのまま社会的な正義や道徳的な価値を意味する訳ではない。

5.妻の悲劇

第一部では、金融市場で成功を重ねるラスクとは対照的に、妻ヘレンの精神状態が次第に悪化していく。彼女は芸術活動への関心を失い、周囲の人々との関係も不安定になり、やがて精神的な治療を必要とする状態に陥る。ラスクは妻をスイスの療養施設に入院させるが、彼女の苦しみを深く理解することはできない。施設では当時の医学に基づく過酷な治療が行われ、ヘレンは最終的に命を落とす。第一部の物語は、金融市場を支配するほどの能力を持つ男性が、最も身近な妻の人生を救うことができなかったという悲劇として終わる。しかし、ここで重要なのは、この物語が架空の作家ヴァナーによって書かれた小説であるという点である。読者は、この段階ではラスクとヘレンの人生を事実として受け止めがちであるが、次の第二部に進むと、これまで読んできた物語が実在の人物をモデルにした虚構であり、事実とは異なることを知らされる。

6.実業家の自伝

第二部わが人生では、物語の中心人物がベンジャミン・ラスクから、実在の金融家という設定のアンドリュー・ベヴェルへと変わる。ベヴェルは、第一部の小説に登場するラスクのモデルとなった人物であり、ヴァナーの作品が自分と亡き妻ミルドレッドの人生を歪めて描いていることに強い怒りを抱いている。彼は、自分の名誉を回復するため、自伝を執筆しようとする。その内容は、代々金融業に携わってきた家族の歴史、自らの優れた投資判断、米国経済の発展に対する貢献、妻との幸福な結婚生活などを中心としている。彼は自分の成功を、勤勉さ、先見性、道徳的な責任感の結果として説明し、金融市場で得た巨額の富が社会全体の繁栄にも役立ったと主張する。しかし、その文章には自己賛美が目立ち、妻ミルドレッドについては夫を献身的に支えた穏やかな女性としてしか描かれていない。しかも自伝は未完成で、途中には書き直しの指示や空白が残されている。作者は、この不完全な自伝を通して、社会的に成功した人物が自分の人生を記録する時、不都合な事実を排除し、自分にとって望ましい歴史を作り上げようとすることを示している。

7.富と歴史の支配

ベヴェルは、ヴァナーの小説が広く読まれることによって、自分と妻についての虚構が事実として社会に定着することを恐れている。彼は金融市場で巨額の資産を動かすことができるだけでなく、その財力を使って出版や文化の世界にも影響を及ぼすことができる。やがて彼はヴァナーの小説を流通から排除するため、出版社や書籍の権利に働きかけ、作品の存在を社会から消し去ろうとする。ここで作者が描くのは、経済的な富が政治や企業経営だけでなく、歴史的な記憶や社会の常識まで支配する力を持つという問題である。一般の人々は、新聞、書籍、公的記録などを通して過去を理解するが、それらの情報が資本の力によって選別されるなら、歴史は必ずしも事実に忠実なものとはならない。ベヴェルは金融市場を支配するだけでは満足せず、自分がどのような人物として後世に記憶されるかまで支配しようとする。作者は、資本主義社会における権力の究極的な形が、富の所有だけでなく、真実を語る権利の独占にもあることを描いている。

8.女性秘書の視点

第三部追憶の記では、ベヴェルの自伝の執筆を手伝った女性アイダ・パルテンザが語り手となる。アイダはイタリア系移民の家庭に生まれ、無政府主義的な思想を持つ父親のもとで育った知的な女性である。父親は資本主義や富裕層の権力を批判していたが、生活は豊かではなく、アイダ自身も経済的な自立を求めて働かなければならなかった。彼女は若くしてベヴェルの秘書兼代筆者として採用され、彼の自伝を完成させる仕事を任される。ここで初めて、第二部で読者が目にした文章が、ベヴェル自身の言葉だけでなく、若い女性の文章力によって作られていたことが明らかになる。ベヴェルは自分の思想や業績を語り、アイダはそれを洗練された文章へと書き換えるが、彼女の名前が著者として表に出ることはない。作者は、この関係を通して、社会的な名声を得る人物の背後には、名前を知られることのない多くの人々の知的労働が存在していることを描く。

9.成功者の虚像

アイダはベヴェルの自伝を執筆する過程で、彼が自分の人生を理想的な成功物語として構成しようとしていることに気づく。ベヴェルは、自分の投資判断がいかに合理的であったかを強調し、米国経済の発展に貢献したことを繰り返し語る。しかし、具体的な出来事について質問されると曖昧な説明をすることがあり、文章の中に自分に都合のよい逸話を加えるよう要求する。アイダは、彼の語る人生が必ずしも実際の出来事と一致していないことを感じ始める。更に、ベヴェルが亡き妻ミルドレッドについて語る時、その説明が不自然なほど単純であることに疑問を抱く。彼は妻を美しく繊細で、夫を献身的に支えた女性として描こうとするが、アイダが調べる資料からは、ミルドレッドが高度な知性と独立した判断力を持ち、芸術や社会活動に積極的に関わっていたことが浮かび上がってくる。作者は、偉大な男性の成功物語が、周囲の女性たちの能力や貢献を見えなくすることによって成立している可能性を示している。

10.隠された知性

アイダは、ミルドレッドが単に夫の財産を使って慈善活動を行っていた女性ではなく、数学、音楽、経済などに深い理解を持つ人物であったことを知る。彼女は芸術家を支援し、慈善事業を行う一方、金融市場についても独自の考えを持っていた。しかし、ベヴェルは妻の知的な能力を積極的に語ろうとせず、むしろ彼女を控えめで従順な女性として記録しようとする。アイダは、この不自然な沈黙の背後に何か重要な事実が隠されているのではないかと疑う。ここで作者は、20世紀前半の米国社会において、女性が高度な知性を持っていても、その能力が公的に評価されにくかった現実を描く。金融業界は男性中心の世界であり、女性が投資戦略や資産運用に関与していても、その功績は夫や男性経営者のものとして記録されがちであった。ミルドレッドの存在は、歴史上の成功者として称賛される人物が、本当にその成功を一人で実現したのかという疑問を読者に抱かせる。

11.消された記録

アイダはその後、作家として自立し、長い年月を経て、若い頃に携わったベヴェルの自伝について回想するようになる。彼女は、かつて働いていたベヴェル邸が博物館として保存されていることを知り、そこを訪れる。館内にはベヴェルの業績を称賛する資料や豪華な調度品が展示され、彼が米国経済に大きな貢献をした人物として紹介されている。しかし、ミルドレッドについての展示は限定的であり、彼女の独自の活動や知的な功績は十分に説明されていない。アイダは資料を調べるうちに、ミルドレッドが残した私的な日記を発見する。その日記には、これまで男性たちによって語られてきた富豪夫妻の人生とは異なる事実が記されていた。作者は、この発見を通して、歴史の真実が必ずしも公的な記録や権威ある人物の証言に残されているとは限らず、むしろ忘れられた個人の手紙や日記の中に重要な証拠が存在することを示している。

12.妻の日記

第四部未来は、ミルドレッド自身が残した日記によって構成されている。彼女は癌を患い、スイスの療養施設で死を待ちながら、断片的な文章を書き残していた。その記録には、病気による身体の衰弱、音楽や芸術への思索、夫との関係、金融市場についての考察などが入り交じっている。ここで読者は初めて、これまで他人によって語られてきたミルドレッド自身の声に直接触れることになる。彼女は第一部で描かれたような精神的に不安定な女性でも、第二部で描かれたような従順で受動的な妻でもなかった。むしろ、金融市場の仕組を鋭く理解し、夫の投資判断に重要な影響を与えていた知的な女性であった。彼女の日記は整然とした自伝ではなく、病状の進行によって文章が次第に短く断片的になっていくが、その不完全な記録こそが、他人の都合によって加工されていない彼女の内面を伝えている。作者は、四つの物語の最後に最も短く、最も私的な記録を置くことによって、それまでの長大な成功物語を根底から覆す。

13.富の真の創造者

ミルドレッドの日記から明らかになるのは、ベヴェルの巨額の財産が、夫一人の卓越した金融能力によって築かれた訳ではないという事実である。ミルドレッドは市場の動きを分析する優れた能力を持ち、夫に投資戦略について助言を与え、その成功を支えていた。彼女の知的な貢献は、ベヴェルの社会的な名声の背後に隠されていたのである。更に、1929年の株価大暴落をめぐっても、ベヴェルが自らの利益のために不正な情報取得や市場への働きかけを行っていたことが示される。ミルドレッドは、夫が自分の示唆を危険な形で実行したことに衝撃を受け、その道徳的な責任を意識している。ここで重要なのは、ミルドレッドが単純に善良な被害者として描かれている訳ではないことである。彼女もまた、金融市場の仕組を利用して巨額の利益を生み出すことに関与しており、夫の行動が社会にもたらした影響から完全に無関係ではない。作者は、成功の功績が男性に独占される不公正を描く一方、その成功に伴う倫理的な責任もまた複雑であることを示している。

14.真実は誰のもの

本書の結末では、読者は四つの異なる物語を読み終え、それぞれの記録が互いに矛盾していることを理解する。第一部の小説は、富豪夫妻の人生を悲劇として描きながら、妻を精神的に弱い存在として表現していた。第二部の自伝は、夫を偉大な成功者として描くために、妻の能力や功績を隠していた。第三部の回想録は、こうした記録が作られた過程を明らかにし、第四部の日記は、歴史から消されていた女性の知性と主体性を取り戻す。しかし、最後の日記を読めば全ての真実が完全に明らかになる訳ではない。ミルドレッドの記録も断片的であり、彼女自身の視点から書かれたものである以上、そこにも限界が存在する。作者は、歴史の真実とは一つの記録によって完全に確定できるものではなく、異なる証言を比較し、誰が何を隠し、どのような目的で語っているのかを考え続けることによって近づくものだと示す。本書は金融小説であると同時に、情報と歴史を支配する権力を問う作品である。

15.資本主義の本質

本書全体を通じて、作者は資本主義が富を生み出す仕組であると同時に、社会的な評価や歴史的な記憶を形成する仕組でもあることを描いている。金融家は資本を運用して利益を得るが、巨額の富を蓄積すると、出版社、新聞、慈善団体などにも影響力を及ぼす。そうなると、経済的な成功者は自分の人生を社会にとって望ましい物語として語り、その物語を広く流通させる力まで持つことになる。ベヴェルは自分の成功を個人の能力と努力の成果として説明するが、その背後には妻の知性、秘書の文章力、経済活動が存在していた。作者は、巨万の富を築いた人物の歴史が、しばしば一人の天才の成功物語として語られることに疑問を投げかける。富の形成は本来、多くの人々の知識と労働によって支えられているにもかかわらず、その成果と名声は少数の権力者に集中する。ディアスは、この構造を金融市場の問題としてだけでなく、現代社会における権力と真実の関係として描いている。

本書が言いたかったこと

巨額の富を持つ者は経済を動かすだけでなく、自分に都合のよい歴史や社会的な真実まで作り出す力を持つ。金融家の成功は個人の才能と努力によるものとして語られがちだが、その背後には他者の知性や労働、時には不公正な行為が隠されている。ディアスは、同じ出来事を四つの異なる記録で描くことによって、私たちが事実だと信じているものも、誰かによって選択され、編集された物語かもしれないと問いかける。しかし、全ての記録が虚偽であると主張している訳ではない。重要なのは、権威ある人物の説明を無条件に信じず、異なる証言を比較し、語られなかった人々の存在に目を向けることである。真実を知るためには、富や権力によって作られた物語を疑い、その背後に隠された人間の営みを見つめ直さなければならないのである。

座右の書