戸谷成雄 彫刻と言葉

戸谷成雄 彫刻と言葉
2014年刊
戸谷成雄著

目次

戸谷成雄の経歴

戸谷成雄は1947年、長野県に生まれた。東京藝術大学美術学部彫刻科を卒業後、1970年代より本格的な作家活動を開始した。戦後日本の前衛美術が大きく転換する時代に登場した戸谷は、もの派以後の日本彫刻において極めて独自の位置を占める。初期には木材をチェーンソーで荒々しく削り出す独特の制作によって注目を集めた。木という有機的素材を徹底的に切断し、裂き、断面を露出させるその作品群は、森や地層や身体の内部を想起させる強烈な物質感を持っていた。とりわけ1970年代後半から展開された森シリーズは、日本現代彫刻史における重要作として高く評価されている。その後も戸谷は一貫して、存在の痕跡としての彫刻を追求し続けた。木、石、ブロンズ、テラコッタなど多様な素材を用いながら、単なる造形美ではなく、物質内部に潜む時間や暴力性、生命性を可視化しようと試みた。東京藝術大学教授として後進の育成にも尽力し、日本の現代彫刻界に大きな影響を与えた。戸谷の作品は、欧米的モダニズム彫刻の形式主義とも、日本的伝統彫刻とも異なる独自性を持つ。その背景には、戦後日本社会への違和感、人間存在への根源的問い、そして身体と世界の関係への深い思索がある。本書は、その長年の思考の軌跡を知るうえで欠かせない著作である。

本書の内容

本書は、美術評論や理論書のように単線的に構成されているわけではなく、戸谷成雄がさまざまな時期に書いた文章や講演、インタビューなどを通じて、彫刻という行為を多面的に考察する構成となっている。しかし全体を貫いているのは、彫刻とは、人間存在の深部に触れる行為であるという一貫した思想である。

戸谷は、戦後日本美術の状況を振り返りながら、自らがどのような問題意識の中で制作を始めたかを語る。高度経済成長の時代、日本社会は急速に物質化・消費化していったが、その一方で身体感覚や生の実感は失われつつあった。戸谷はそのような時代状況に対して、単なる視覚的イメージではなく、物質に触れる身体的行為としての彫刻を対置した。

1.切断

本書では特に、切断という行為が繰り返し論じられる。戸谷にとってチェーンソーで木を切ることは、単なる加工ではない。それは存在を暴き出す行為であり、内部を露出させる行為である。木材の断面には時間が刻まれており、そこには生と死の痕跡が宿る。したがって彼の彫刻は、美しい形態を作ることではなく、存在の裂け目を可視化する試みである。

2.身体

本書では、身体というテーマも重要である。戸谷は近代以降の美術が、視覚中心主義へ偏りすぎたと考えている。彼にとって彫刻とは、本来、身体的な重力感覚や空間感覚に深く結びついた芸術である。作品は単なる見る対象ではなく、観る者の身体を巻き込みながら空間を変質させる存在でなければならない。

3.存在

戸谷は、西洋近代彫刻についても鋭い分析を行っている。ロダン以後の近代彫刻が量塊や構造を追求してきたことを認めつつも、その延長線上では捉えきれない問題があると指摘する。彼は、単なる形式ではなく、存在の気配や不安や暴力性含んだ彫刻を目指していた。本書には、自作解説も多数収録されている。森、地霊、伏在、渦などのシリーズについて、制作背景や素材への考え方が詳細に語られている。そこでは一貫して、物質の内部に潜む時間をどう可視化するかが問題となっている。戸谷の作品にはしばしば傷や裂け目、断面が現れるが、それらは単なる造形上の効果ではなく、存在が生成され崩壊してゆく過程を示している。

4.霊性

本書では、日本と西洋の芸術観の違いについても考察される。戸谷は、日本文化には本来、物質の内部に霊性を見る感覚が存在していたと考えている。石や木や土を単なる素材ではなく、生きた存在として感じる感覚である。彼の彫刻には、そうした古層的感覚が深く流れている。

全体として本書は、単なる制作論ではない。そこには戦後日本人としての苦悩、近代文明への違和感、人間存在への根源的問いが流れている。彫刻という行為を通じて、戸谷は人間とは何か、存在とは何かを問い続けている。

戸谷成雄の彫刻思想と存在へのまなざし

戸谷成雄
戸谷成雄
戸谷成雄
戸谷成雄の彫刻

1.傷つきながら現れる存在

戸谷成雄の彫刻思想の核心には、存在は常に傷つきながら現れるという認識がある。彼は完成された美や滑らかな形式を信用していない。むしろ、裂け目や傷跡や断面の中にこそ、存在の真実が現れると考えている。そのため戸谷の作品には、荒々しい切断面や焼け焦げた痕跡、削り取られた表面がしばしば現れる。それらは破壊ではなく、存在を露出させる行為である。木を切るという行為は、単なる暴力ではなく、内部に眠る時間や生命を開示するための儀式的行為である。

2.身体感覚

戸谷は、彫刻を単なるオブジェ制作とは考えていない。彼にとって彫刻とは、身体によって世界を確認する行為である。人間は本来、重力を感じ、空間を歩き、触覚によって世界を理解している。しかし現代社会では、映像や情報によって身体感覚が希薄化している。だからこそ戸谷は、重さや質量や空間の圧力を伴った彫刻を通じて、人間の身体感覚を回復しようとする。

3.死を含む存在

彼は、生と死を切り離して考えていない。彼の作品には常に死の気配が漂っているが、それは絶望ではない。むしろ死を含み込んだ存在こそが、本当の生命であるという感覚である。木の断面に年輪が刻まれているように、存在とは時間の蓄積であり、死の記憶を含んだものなのである。

4.時間が宿る存在

戸谷の思想には、近代合理主義への深い批判も存在している。近代社会は、物質を単なる資源として扱い、世界を効率や機能によって理解しようとしてきた。しかし戸谷は、そのような見方では世界の本質は捉えられないと考える。石や木や土には、人間以前の長大な時間が宿っており、人間はその巨大な存在の流れの一部にすぎない。彫刻とは、そのことを身体的に思い出させる行為である。

5.存在の痕跡

戸谷成雄にとって彫刻とは、存在の痕跡である。そしてその痕跡を通じて、人間は自らが有限で傷つきやすい存在であることを知る。同時に、物質と時間の巨大な流れの中に自らが組み込まれていることを感じる。本書は、そのような戸谷の深い存在論的思索を、言葉によって記録した重要著作である。

未来の輪郭

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