The Silk Roads
A New History of the World
2015年刊
Peter Frankopan著
ピーター・フランコパンの経歴
ピーター・フランコパンは英国の歴史家であり、オックスフォード大学教授である。専門は世界史、ビザンツ帝国史、地中海・中東・中央アジア史である。とりわけ11世紀のイスラム世界と西欧との外交・文化交流を研究してきた。本書は全25章と結論から構成され、古代ペルシアから宗教の伝播、イスラム世界、モンゴル帝国、大航海時代、帝国主義、世界大戦、石油、冷戦、米国の覇権、そして現代中国までをシルクロードという一本の軸から描いている。
本書の内容
1.世界史の中心を西から東へ移す
本書の最大の特徴は、世界史の地図を描き替えたことである。従来の西洋中心的な世界史では、古代ギリシア・ローマから中世ヨーロッパ、ルネサンス、大航海時代、産業革命、大英帝国、そして米国へと世界史の中心が移ったかのように語られることが多かった。しかしフランコパンは、その見方では世界史の大部分を見失うと考える。彼が世界史の中心として注目するのは、地中海東部から黒海、コーカサス、ペルシア、中央アジアを経てインド、中国へ至る巨大な地域である。フランコパンのいうシルクロードは一本の道ではない。陸路、海路、都市、交易市場、港湾を結ぶ巨大なネットワークである。そこを絹や香辛料だけでなく、金、銀、毛皮、奴隷、穀物、石油、宗教、思想、科学技術、そして疫病までもが移動した。シルクロードとは商品を運ぶ道ではなく、文明を運んだネットワークである。
2.ペルシアこそ古代世界の中心だった
フランコパンは古代世界をギリシアとローマだけから見ない。重要なのがペルシアである。アケメネス朝ペルシアは、地中海東岸から中央アジアに及ぶ巨大な帝国を形成した。アレクサンドロス大王によるペルシア征服も、単なるギリシア文明の東方進出ではなく、既に豊かな文明と交易網を持っていたアジア世界への参入として描かれる。ローマ帝国もまた、東方の富を求めた。絹、香辛料、宝石などが中国、インド、中央アジアから西へ流れ、金銀が東へ向かった。したがって古代世界はローマを中心とした世界ではなく、既に東西が巨大な経済ネットワークによって結ばれた世界だった。
3.宗教もシルクロードを移動した
シルクロードを通ったのは商品だけではない。ユダヤ教、キリスト教、仏教、ゾロアスター教、イスラム教などの宗教も交易路を通じて広がった。特にキリスト教史について、フランコパンは西欧中心の理解を修正する。今日ではキリスト教をヨーロッパ文明と結びつけて考えがちである。しかし初期キリスト教の中心は中東であり、キリスト教徒はペルシアから中央アジア、更に中国方面へも広がっていた。仏教もインドから中央アジアを経て中国へ伝播した。シルクロードとは、世界宗教が出会い、競争し、融合しながら拡大した思想の高速道路でもあった。
4.イスラム世界の繁栄
7世紀にイスラム教が成立すると、シルクロード世界は新たな段階に入る。イスラム勢力はアラビア半島からペルシア、中央アジア、北アフリカへ急速に拡大した。その結果、東地中海、インド洋、中央アジアを結ぶ巨大な商業圏が形成される。バグダードをはじめとする都市は商業だけでなく、科学、数学、医学、哲学、天文学などの中心となった。ギリシアの古典もイスラム世界で翻訳・保存され、後に西欧へ再輸入される。この観点から見ると、ヨーロッパのルネサンスもヨーロッパ内部から生まれた現象ではなく、イスラム世界や東方との知識交流の結果であった。
5.十字軍を東から見る
十字軍についてもフランコパンは視点を逆転させる。西欧史では十字軍は、キリスト教世界が聖地エルサレムを奪回しようとした運動として描かれる。しかし東方から見ると、十字軍はビザンツ帝国、イスラム世界、西欧諸国、中央アジアを結ぶ政治・経済関係の一部であった。1204年の第4回十字軍では、西欧の十字軍が同じキリスト教国であるビザンツ帝国の首都コンスタンティノープルを攻略する。宗教だけでは世界史を説明できず、交易路、富、都市、政治権力が戦争の背後に存在していた。
6.モンゴル帝国とユーラシアの統合
13世紀に登場したモンゴル帝国は、フランコパンの世界史では非常に重要である。
モンゴル帝国は征服と破壊をもたらした一方、中国から中央アジア、ロシア、中東、ヨーロッパまでを巨大な政治圏として結びつけた。その結果、人、商品、技術、知識の移動が活発になる。マルコ・ポーロに象徴される東西交流が可能になった背景にも、このユーラシア規模の統合があった。
7.黒死病もシルクロードを通った
14世紀にヨーロッパ人口の大部分を死亡させた黒死病も、交易ネットワークを通じて拡散した。交通と交易が発達すれば、商品、知識、宗教だけでなく病原体も移動する。グローバル化は近代に突然始まった現象ではない。人類は古代からネットワークによって結ばれ、その利益と危険の双方を経験してきた。フランコパン自身、シルクロードを思想、商品、病気、死までが移動したネットワークとして位置づけている。
8.大航海時代と世界経済の西方移動
15-16世紀になると大きな変化が起きる。ポルトガルやスペインなど西欧諸国が海洋航路を開拓したことで、ユーラシア内陸部を経由せず、海路によってアジアへ到達できるようになった。更にアメリカ大陸がヨーロッパの経済圏へ組み込まれる。特に重要なのがアメリカ大陸の銀である。大量の銀がヨーロッパを経由して中国などアジアへ流れ、世界規模の経済ネットワークが形成された。ここから世界経済の重心は次第に大西洋側へ移動していく。西洋の台頭は、西洋文明が突然優秀になった物語ではなく、新しい交易路と資源へのアクセスを西欧諸国が掌握したことによって生じた地政学的転換であった。
9.大英帝国とインド
やがて英国が世界的な海洋帝国として台頭する。英国にとって特に重要だったのがインドである。インドは巨大な市場であると同時に、中央アジア、中東、中国へ進出するための戦略拠点であった。19世紀には英国とロシアが中央アジアで勢力を競うグレート・ゲームが展開される。ここでも世界政治の焦点はユーラシア中央部に戻ってくる。なぜ英国がアフガニスタンやペルシアに強い関心を持ったのか。それはインドへの経路を守る必要があったからである。フランコパンは帝国主義の歴史を、ヨーロッパ諸国同士の競争だけでなく、ユーラシアの交易路と資源をめぐる競争として捉える。
10.石油が新しいシルクロードを作る
20世紀に入ると、シルクロード世界の重要性を決定的に高めたものが石油である。ペルシア、イラク、アラビア半島、カスピ海周辺などには巨大な石油・天然ガス資源が存在する。産業社会と軍事力が石油に依存するようになると、この地域を支配することが世界政治を左右するようになった。第一次世界大戦、第二次世界大戦、冷戦、中東政策を理解する上で、エネルギー資源とその輸送路が重要になる。
11.二つの世界大戦もユーラシアから見る
フランコパンは第一次・第二次世界大戦も、西欧だけを中心として理解しない。ドイツの東方進出、ソ連との戦争、コーカサスの油田、中東、インドへの経路などを考えれば、第二次世界大戦もユーラシアの資源と交通路をめぐる巨大な戦争として見えてくる。ヒトラーによるソ連侵攻にも、ウクライナの農業資源やコーカサスの石油など経済的・地政学的要因が存在した。世界大戦とは単なる国家間の領土争いではなく、世界経済を支える資源と交通網を誰が支配するのかという戦いであった。
12.冷戦とアメリカのシルクロード
第二次世界大戦後には米国が世界的覇権国家となる。しかし米国もユーラシアから離れることはできなかった。中東の石油、イラン、トルコ、アフガニスタン、パキスタン、中央アジアなどは、ソ連を封じ込めるためにも重要だった。米国は軍事同盟、援助、基地、外交関係、石油企業、金融制度などを通じて新しいネットワークを構築する。フランコパンはこれをアメリカのシルクロードという視点から描いている。
13.シルクロードは再び世界の中心へ
そして本書は現代へ戻ってくる。フランコパンが注目するのは、中国、中央アジア、ロシア、イラン、インド、中東を含む巨大なユーラシア地域の再浮上である。中国の経済成長、中央アジアの天然資源、ロシアのエネルギー、中東の石油・天然ガス、インドの人口と経済力が結びつき、世界経済の重心が再び東へ移動しつつある。新しいシルクロードとは単なる歴史的比喩ではない。鉄道、高速道路、パイプライン、港湾、通信網、資本移動などによって、かつてユーラシアを結んでいた巨大な東西ネットワークが新しい形で復活している。フランコパンは、過去数世紀は西洋が世界経済の中心となったものの、長い歴史で見ればそれは必ずしも永続的な状態ではなく、世界の重心は再び東へ動いている。
本書が言いたかったこと
世界史には永遠の中心など存在しない。私たちは現在の世界から過去を見てしまう。そのため近代以降に西欧と米国が世界を支配した事実から、古代から一貫して西洋が世界史の中心だったように考えがちである。しかし数千年という時間軸で見れば、それは正しくない。長い歴史の中で重要だったのは、東地中海、中東、ペルシア、中央アジア、インド、中国を結ぶユーラシアの中央地帯であった。そこを商品だけでなく宗教、科学、技術、人間、軍隊、疫病が移動し、その相互作用によって文明が形成された。ここから、もう一つ重要な歴史観が生まれる。国家や文明の繁栄は、その内部だけで生み出されるのではなく、世界のネットワークのどこに位置しているかによって大きく左右される。ローマ帝国も、イスラム帝国も、モンゴル帝国も、大英帝国も、米国も、孤立して繁栄したのではない。人、商品、資源、技術、情報が流れる経路を利用し、あるいは支配することで力を獲得した。したがって世界史を見る際にはどの国家が強いかだけを見るのでは不十分である。富、資源、エネルギー、技術、情報がどこからどこへ流れ、その結節点を誰が押さえているのかを見る必要がある。これが本書の最も現代的な意味である。フランコパンの視点に立てば、世界史とは西洋が一方的に世界へ拡大した歴史ではなく、ユーラシアを中心とする巨大なネットワークの重心が、時代によって東西へ移動してきた歴史である。そして21世紀に中国、インド、中東、中央アジアなどの重要性が再び高まっていることも、突然起こった異変ではない。むしろ数千年の世界史から見れば、長く世界の中心であったユーラシアが再び重要性を取り戻していると見ることができる。
