アデルソンと米国・イスラエルの深層関係

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貧困から巨万の富へ

シェルドン・ゲイリー・アデルソン(Sheldon Adelson)は1933年、ボストンのユダヤ系移民家庭に生まれた。父はタクシー運転手で、決して裕福な家庭ではなかった。大学を中退した後、住宅ローン仲介、投資、旅行、不動産など数多くの事業に携わり、1979年にコンピューター展示会COMDEXを創設した。COMDEXは世界最大級のIT見本市へ成長し、1995年に約8億6000万ドルで売却された。これがアデルソンの巨大な資産形成の重要な基盤となった。1988年にはラスベガスのサンズ・ホテル&カジノを買収し、後にThe Venetianを建設した。その後マカオ、シンガポールへ進出し、ホテル、国際会議場、ショッピング、飲食、娯楽、カジノを一体化したIR(統合型リゾート)を世界規模で展開した。ラスベガス・サンズを世界有数のリゾート企業に成長させ、アデルソン自身も米国を代表する億万長者となった。

ユダヤ人としてのイスラエル

アデルソンを単なるカジノ王と見るだけでは、その後半生は理解できない。彼はユダヤ人としてのアイデンティティを強く持ち、妻ミリアムとともに、イスラエルと世界のユダヤ社会を支援することを主要な慈善活動とした。アデルソン財団は、その支援対象を主としてイスラエル国とユダヤ人に利益をもたらす事業と説明している。Birthright Israel、ホロコースト記念館、教育、医学研究などに巨額の資金を提供した。彼にとって富は単なる個人的成功の証ではなく、イスラエルの安全保障、ユダヤ社会の維持、そして米国とイスラエルの関係を強化するための政治的・社会的資源でもあった。

ネタニヤフとの関係

アデルソンはベンヤミン・ネタニヤフと長年近い関係を持ち、イスラエルの保守・右派政治を強く支援した。象徴的なのが、2007年に創刊した無料日刊紙Israel Hayomである。同紙は急速にイスラエル最大級の新聞となり、ネタニヤフに非常に好意的な論調から、批判者にはBibiton(ビビ=ネタニヤフの新聞)とも呼ばれた。両者に共通したのは、イスラエルの安全保障を最優先し、パレスチナ側との和平交渉に強い警戒心を持ち、イランを重大な脅威と考え、米国との軍事・外交関係を強化するという基本姿勢であった。

共和党の巨大支援者

米国ではアデルソンは共和党最大級の政治資金提供者となった。特に2010年代には、大統領選挙だけでなく議会選挙や共和党系政治団体にも巨額の資金を投入した。ここで重要なのは、アデルソンが単に減税や規制緩和を求める富裕な共和党支持者だった訳ではないことである。彼にとって米国のイスラエル政策が重要な政治課題だった。そのためRJC(Republican Jewish Coalition)の主要支援者となり、AIPAC (※American Israel Public Affairs Committee米国イスラエル公共問題委員会の略称で、米国における代表的な親イスラエル政策推進団体)の本部建設を支援し、議員のイスラエル訪問などにも資金を提供した。またIsraeli-American Councilにも多額の支援を行った。アデルソンは、米国のユダヤ系親イスラエル勢力と共和党政治を資金面で結びつける重要人物となった。

福音派という巨大な支持層

米国の親イスラエル政治を理解する際、ユダヤ系ロビーだけを見るのは不十分である。人口規模から見れば、政治的に重要なのはむしろ保守的なキリスト教福音派である。福音派の一部、特にキリスト教シオニストは、現代イスラエルの成立とユダヤ人の約束の地への帰還を聖書の預言との関連で理解する。この思想を米国で普及させる上で大きな影響を与えたものの一つが、1909年に刊行されたすスコフィールド聖書であった。スコフィールド聖書はディスペンセーショナリズムを広め、聖書におけるイスラエルと教会を区別し、ユダヤ人とイスラエルの将来的役割を重視した。この考え方は20世紀の米国プロテスタント、とりわけ原理主義・福音派の一部へ浸透していった。

キリスト教シオニズムの政治化

この宗教思想が現代政治へ組織化された代表例が、牧師ジョン・ヘイギーらによるCUFI(Christians United for Israel)である。CUFIは現在も、米・イスラエル関係の強化、イスラエルへの軍事援助、イランへの強硬政策、国際社会によるイスラエルへの圧力への反対などを政策課題として掲げている。ここで興味深い構造が生まれる。ユダヤ人であるアデルソンはキリスト教の終末論を信じてイスラエルを支援していた訳ではない。一方、福音派のキリスト教シオニストはキリスト教神学からイスラエルを支持する。出発点となる宗教的理由は異なるが、強いイスラエル強固な米・イスラエル同盟という政治的結論で両者が合流した。

共和党という接合点

この二つの勢力を政治的に結びつけた主要な場所が共和党であった。ユダヤ系親イスラエル保守派は政治資金、シンクタンク、ロビー活動などを通じて共和党への影響力を持つ。一方、福音派は巨大な有権者集団として共和党候補を支える。そこへネタニヤフ政権のイスラエル右派外交が接近した。したがって、これはアデルソンが福音派を動かしたという単純な構図ではない。ネタニヤフを中心とするイスラエル右派、アデルソンなどユダヤ系親イスラエル保守派、福音派キリスト教シオニスト、親イスラエル団体、共和党政治家という、それぞれ起源の異なる勢力がイスラエル政策を軸として連合した。

トランプという収斂点

この政治連合が最も明確な形をとったのがドナルド・トランプである。アデルソン夫妻はトランプと共和党を巨額の資金で支援した。一方、福音派は2016年大統領選挙でトランプの重要な支持基盤となった。そしてトランプ政権はイスラエル政策を大きく転換した。その象徴が2017年のエルサレムのイスラエル首都承認と、2018年の米国大使館のテルアビブからエルサレムへの移転である。これは長年アデルソンが求めてきた政策であり、彼は移転費用への資金提供まで申し出ていた。大使館開設式にはアデルソン夫妻も出席した。一方、福音派指導者たちもエルサレム承認を強く歓迎した。トランプ政権は更にイラン核合意から離脱し、イスラエルとの関係を強化した。このためアデルソン、ネタニヤフ、共和党保守派、福音派の外交上の利益や思想が、トランプ政権の下で大きく重なった。

スコフィールドからトランプへ

以上を歴史的に整理すると、興味深い長い連鎖が見えてくる。1909年のスコフィールド聖書は、ユダヤ人の帰還とイスラエルの将来的役割を重視するディスペンセーショナリズムを米国プロテスタントの一部に広めた。そこから20世紀を通じてキリスト教シオニズムが発展し、その思想が保守的な米国福音派の一部に定着した。福音派が共和党の重要な支持基盤となるにつれ、イスラエル支持は宗教思想から選挙政治へと接続されていった。そこへ別の系統から、アデルソンをはじめとするユダヤ系親イスラエル保守派が加わった。彼らは福音派とは宗教的背景をまったく異にするが、イスラエルの安全保障、エルサレム、イラン、米・イスラエル同盟などでは共通する政治目標を持った。更にイスラエル側ではネタニヤフとリクードを中心とする保守勢力、米国側では共和党、RJC、CUFIなどが重なり、その巨大な政治連合の一つの到達点が第一次トランプ政権の親イスラエル政策だった。アデルソンは単なる大口献金者ではない。20世紀初頭から形成されてきた米国の宗教的親イスラエル思想と、21世紀の共和党政治、イスラエル右派、巨大な政治資金が交差する地点に立っていた人物である。

歴史に関する考察

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