半導体産業と日本の戦略

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不可欠な基盤国家

日本の半導体産業は、最先端ロジックの量産国ではなくなってしまったが、世界の半導体産業を根底で支える不可欠な基盤国家として地位を確立している。かつて80年代に世界シェアの過半を握った日本は、米国の画策によって韓国・台湾との競争の中で主役の座を譲る羽目になったが、現在の日本は、半導体サプライチェーンの中核を担う独自の強みを確立している。

第一に、日本は半導体製造装置・材料分野における世界的支配力を持っている。フォトレジスト、シリコンウエハー、CMPスラリー、エッチングガスなど、半導体製造に不可欠な材料の多くで日本企業は世界シェアの50~90%を占めている。また、露光装置を除く多くの工程装置においても、日本企業は高い技術的優位性を維持している。これは日本なしでは先端半導体は作れないと言われる所以である。

第二に、日本は品質・信頼性が求められる分野において圧倒的な存在感を示している。自動車、産業機器、医療機器、インフラ向け半導体では、長寿命・高信頼性が不可欠であり、日本企業はこの分野で強い競争力を持っている。特に車載半導体では、日本メーカーの設計思想や品質基準が世界標準となっている。

第三に、研究開発と基礎技術の蓄積という点で、日本は依然として技術源流国の一つである。材料科学、精密加工、光学、量子技術など、半導体の進化を支える基盤学問・技術分野で日本は厚みを持っている。

一方で、最先端ロジック半導体の量産競争では、台湾TSMCや韓国Samsungに大きく後れを取っており、規模の経済やスピードで不利な立場にある。そのため日本の戦略は、全面的な正面衝突ではなく、サプライチェーンの要所を押さえつつ、先端技術の一部を担う戦略的不可欠国としての地位を強化する方向に向かっている。

総じて言えば、日本の半導体産業は表舞台で主役を演じる国ではなく、裏方で舞台そのものを成立させる国になっている。米国の設計力、台湾・韓国の製造力、中国の市場規模といった要素が機能するためには、日本の材料・装置・基礎技術が不可欠である。この構造は地政学的にも重要性を増しており、日本の半導体産業は今後も世界経済と安全保障の両面で、静かだが決定的な影響力を持ち続けると位置づけられている。

半導体産業と日本の安全保障

日本の半導体産業を安全保障の観点から見ると、その本質はチップを作る国というより、作らせる国=サプライチェーンの要衝を握る国である点にある。特にフォトレジスト、フッ化水素(高純度)、フッ化ポリイミドなどの材料や、製造装置・部材の一部で日本企業が世界的に重要な地位を占めることは、経済だけでなく安全保障上の影響力そのものである。2019年には、対韓輸出を禁輸ではなく、これら3品目を中心に包括許可から個別許可へ運用を厳格化する形で実質的な制約が生じ、半導体材料が同盟・近隣国関係を左右し得る戦略物資であることが可視化された。

では、日本はこの材料の強みを国家安全保障にどう戦略的に活用すべきであるか。

第一に、輸出管理は圧力ではなく、安全保障上の説明可能性(end-useの確認、個別審査、キャッチオール等)を徹底した制度運用として磨くべきである。恣意的に見える運用は国際的信頼を損ない、日本企業のビジネス基盤も毀損する。逆に、透明で一貫した運用は日本の供給は信頼できるという評価を高め、結果として日本の影響力を強める。

第二に、材料覇権は単独で振りかざすのではなく、同盟・同志国との共通ルールに埋め込むのが有効である。米国・欧州・台湾などと、重要物資・先端技術の管理基準や迂回輸出対策、サプライチェーンの監視を協調させれば、日本だけが矢面に立つ構図を避けつつ、抑止力と実効性を高められる。

第三に、対外カードとしての材料以上に重要なのが、国内の供給安全保障を盤石にすることである。国内で先端半導体の製造基盤を整備し(例えば次世代ロジックの国内生産基盤、装置高度化等)、材料・装置の強みが国内産業と防衛・重要インフラを支える形に内製化されてはじめて、危機時の耐性が高まる。日本政府も経済安全保障の枠組みで重要物資・重要技術の支援を進めているため、ここに半導体材料・装置を明確に位置づけ、投資・人材・標準化を継続するのが王道である。

第四に、企業と国家の接点としては、供給継続計画(BCP)+在庫(備蓄)+代替調達先の確保を制度面で後押しすることである。半導体材料は一見民需品でも、止まれば自動車・通信・電力・防衛の稼働に直結する。国として、重要物資に準じた扱い(供給途絶リスク評価、共同備蓄、緊急時の優先配分)を設計することが、安全保障上の実利になる。

半導体産業と対中国安全保障政策

第一に、抑止と自国被害の最小化を同時に達成する(デリスキング型の経済安保)。
対中国で半導体を使う目的は、感情的な対立ではなく、軍民転用リスクの管理、日本企業の被害最小化、同志国と足並みを揃えた抑止の三点である。

第二に、先端の軍事転用を狙い撃つ輸出管理を、同盟標準に揃える。
日本は2023年に先端半導体製造装置の輸出管理を強化している。これは全面禁輸ではなく、国際平和・安全の観点から対象を定義し、許可制度で管理するアプローチである。重要なのは、日本単独のカードにせず、米国・オランダ等と同質の枠組みとして運用し、迂回輸出・抜け道対策まで含めて実効性を持たせることである。

第三に、中国側の素材・鉱物カードを前提に、国内と同志国で代替を用意する。
近年、中国はガリウム等の重要素材で輸出規制を強め、供給網の不確実性を高めている。ゆえに日本は、半導体材料・装置の強みを相手を止めるだけでなく、自国が止められない設計(在庫・代替調達・素材の精製能力・リサイクル・共同備蓄)に変換すべきである。

第四に、限定的な管理と限定的な協力を併存させ、全面デカップリングを避ける。
先端分野(AI・軍事転用)では管理を強めつつ、成熟ノードや民生分野までは無差別に切らない現実的対応が重要である。日本企業の売上・研究投資の原資が痩せれば、長期の国力が落ちてしまう。したがって、線引き(どこからが安全保障上のレッドラインか)を明文化し、企業が遵守可能な形で制度化することが国家利益に直結する。

半導体産業と対韓国安全保障政策

日本が半導体産業を韓国に対する安全保障政策として活用するにあたり、前提とすべき現実は、韓国が国際合意や二国間の約束を国内政治の都合で反故にしてきた事例を繰り返してきたという点である。したがって、日本は信頼を前提とした協力から脱却し、不信を前提とした制度設計によって半導体を戦略的に位置づける必要がある。

第一に、日本は半導体材料・製造装置・プロセス技術を国家安全保障資産と明確に定義し、輸出管理を厳格に運用すべきである。ただし、それは制裁ではなく、外為法に基づく正当な安全保障管理であり、包括許可を原則とせず、個別許可・用途確認・最終需要者確認を常態化させるべきである。これは締め付けではなく、信頼が証明されない限り緩めないという管理原則である。

第二に、日本は韓国に対して政治的配慮を極力排し、制度を守るか否かを判断基準とすべきである。過去の経緯を踏まえれば、優遇措置は再び裏切られるリスクが高い。よって、透明性・監査受入れ・再輸出管理体制の実効性が確認できない限り、管理強化を維持する姿勢を明確にすることが抑止として機能する。

第三に、日本はラピダスを中心とする最先端ロジック半導体の国産化を国家戦略として推進しており、サムスンはもはや協力対象ではなく、明確な競争相手である。この競争関係を前提にすれば、日本がサムスンに先端材料やプロセス関連の戦略的優位を与える理由は存在しない。日本は自国の最先端製造基盤の確立を優先し、韓国企業への供給は自国産業に不利益を与えない範囲に限定すべきである。

第四に、対韓政策は日米連携の枠内で行い、恣意的制裁と見なされない国際的正当性を確保することが重要である。管理強化はあくまで安全保障上の合理性に基づくものであり、ルールに従う限り取引は否定しないという立場を堅持することで、日本は強硬でありながらも理性的な国家として振る舞うことができる。

結論として、日本が半導体産業を対韓安全保障政策として活用するとは、感情的対立や報復ではなく、信用しないことを前提にした制度運用によって、技術流出と競争上の不利益を防ぐことである。半導体は譲歩の道具ではなく、日本の国益と主権を守る静かな抑止力として用いられるべきである。

半導体産業と対米国安全保障政策

日本が半導体産業を米国に対する安全保障政策として活用する際には、同盟国であるが利害は一致しない局面があるという冷静な現実認識が不可欠である。90年代、米国が日本の半導体産業の急成長に強い警戒感を抱き、結果として韓国・台湾への産業移転を事実上容認・促進した歴史は、日本にとって重要な教訓である。日米同盟が存在しても、技術覇権の分野では米国は自国優先で態度を変え得るという事実である。

第一に、日本は次世代半導体(先端ロジック、光半導体、量子・ポストCMOS技術)を同盟共有資産ではなく、日本主権下の戦略資産として位置づけるべきである。ラピダスを含む先端製造基盤は、米国の対中戦略に資する一方で、日本独自の産業・安全保障基盤でもある。よって、技術・人材・生産能力の中核は国内に保持し、ブラックボックス化を徹底する必要がある。

第二に、日本は米国との協力を全面依存ではなく選別的相互依存に転換すべきである。設計、装置、標準化、対中輸出管理などでは米国と緊密に連携しつつも、製造ノウハウやプロセス統合、素材技術といった競争力の源泉については、日本側が主導権を握る構造を維持する。これにより、日本が再び隆盛した際に、米国が一方的にルールを変える余地を抑制できる。

第三に、日本は米国にとって不可欠な存在になることを戦略目標とすべきである。単なる補完拠点ではなく、日米安全保障において代替不可能な半導体供給国となることで、米国の態度変化に対する抑止力が生まれる。素材・装置・先端製造を一体で握る日本の強みは、その基盤となる。

一方で、中国の台頭という現実を踏まえれば、日米の安全保障協力は不可欠である。日本は米国を警戒しつつも敵視せず、半導体を対中抑止を支える同盟資産と日本の自立を守る主権資産の両面で運用する高度なバランス感覚が求められる。

日本の次世代半導体戦略

日本は、現在は最先端ロジックの量産国ではなくなっているが、2ナノの量産を目指すラピダスやNTTの光半導体生産など、次世代半導体を睨んだ動きを見せている。日本の近未来において次世代の半導体産業において、半導体材料ばかりでなく、最先端ロジックの生産においても再び世界をリードするための戦略を述べる。

STEP1
2nmパイロットラインを動かし、量産の前提(歩留まりとTAT)を作る。
RapidusはIIM(IIM-1)で、パイロットライン稼働→量産開始を公式に掲げている。まずはここで動くだけでなく、歩留まり(yield)と短TAT(短納期・短サイクル)の製造運用を固めるのが最重要である。日本が出遅れた本質は、技術単体よりも量産運用の速度と反復が弱かったことにある。

STEP2
顧客(デザインイン)と先端パッケージの勝負を始める。
2nm量産で勝つには、工場ができても顧客がいなければ成立しない。政府資料でもRapidus支援には先端パッケージ強化が含まれている。次世代の勝負は単体の微細化だけでなく、チップレット+先端パッケージでシステム性能を作る競争である。ここで日本は材料・装置の強みを活かし、パッケージ(基板、封止材、熱、検査)を国家重点に置くべきである。

STEP3
2nm量産開始を現実にし、同時に次ノードへ資金と人材を途切れさせない。
Rapidusは量産開始を2027年に設定している。ただし世界は開始では評価せず、安定稼働、十分な歩留まり、顧客の量産採用で評価する。加えてRapidusは、2nmの次の世代も計画として語られており、量産立ち上げと次世代R&Dを同時並行に回さないと、追いつけない。

STEP4
日本型の勝ち筋を確立する(光×ロジック×パッケージ)
日本が最終的に狙うべきは、TSMCと同じ土俵で受託量産の最大規模を奪うではなく、生成AI・データセンター・通信(IOWN)・防衛領域において、光電融合(光I/O、光スイッチ、光エンジン)を束ね、システムとしての優位を作ることである。

STEP5
NTTはロードマップの中で、光電融合デバイスがデータセンター内の短距離・大容量接続を担い、将来的にチップレット化・同一基板への実装へ進む方向性を示している。また3.2Tbps級の光エンジン製造計画など、具体的な世代開発も提示している。ここをRapidusのロジック量産と接続できれば、ロジック量産国への復帰だけでなく、次世代アーキテクチャの本命(電気→光の置換)で主導権を取りにいける。

ダイヤモンド半導体と量子チップ

半導体技術はシリコンの微細化限界が視野に入る中で、材料・原理そのものを刷新する次世代半導体へと進化の軸を移しつつある。その中核に位置づけられるのが、ダイヤモンド半導体や量子チップである。これらは単なる性能向上ではなく、エネルギー・計算・安全保障の構造そのものを変える潜在力を持つ。

ダイヤモンド半導体は、ワイドバンドギャップ半導体の究極形とされる。シリコンやSiC、GaNをはるかに上回る絶縁破壊電界、熱伝導率、耐放射線性を併せ持ち、高電圧・高温・高出力環境でも安定動作が可能である。この特性は、次世代電力網、宇宙・防衛用途、極限環境下の産業機器において圧倒的な優位性をもたらす。課題は結晶成長やドーピングの難しさだが、日本は人工ダイヤモンド生成や材料科学で世界的な蓄積を有しており、長期的には戦略的優位を築き得る分野である。

一方、量子チップは計算原理そのものを変革する存在である。量子ビット(キュービット)を用いることで、従来の半導体では現実的に解けなかった組合せ最適化、材料探索、暗号解析、AI学習を飛躍的に高速化できる可能性がある。超電導、イオントラップ、光量子、ダイヤモンド中のNVセンターなど方式は多様だが、共通点は半導体・材料・冷却・制御技術の総合戦である点にある。量子チップは単体で完結せず、古典半導体とのハイブリッド構成ではじめて実装される。

これら次世代半導体の本質的価値は、単なる産業競争力にとどまらない。エネルギー効率の劇的改善、計算能力の非連続的進化、暗号・安全保障への影響など、国家の基盤そのものに直結する技術である。今後の半導体競争は微細化競争から原理と材料の競争へと移行する。ダイヤモンド半導体と量子チップは、その最前線に位置する次世代の中核技術なのである。


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