古代への情熱

Selbstbiographie
Autobiography of Heinrich Schliemann
1891年刊
Heinrich Schliemann著

シュリーマンの経歴

シュリーマンは1822年、ドイツ北部の貧しい牧師の家に生まれた。幼少期、父から聞かされたイリアスやトロイア戦争の物語に強烈な感銘を受け、いつか必ずトロイア遺跡を発見すると心に誓った。しかし彼の人生は決して順調ではなかった。貧困のため高等教育を断念し、商人として働きながら独学で語学を習得していった。後にロシアやアメリカなどで貿易事業に成功し莫大な財産を築く。そして中年以降、その富を用いて長年の夢であった古代遺跡発掘へ人生を投じる。彼は小アジア(現在のトルコ)でトロイア遺跡発掘を行い、更にミケーネ文明の発掘によって、長らく神話と見なされていたホメロス世界に現実的歴史性を与えた人物として世界史に名を刻んだ。

古代への情熱のストーリー

本書は、シュリーマン自身の波乱に満ちた人生を、夢の実現の物語として描いている。物語の原点は幼少期にある。幼いシュリーマンは父からトロイア戦争の話を聞かされる。そして一枚の挿絵(炎上するトロイアの図)を見て深い衝撃を受ける。彼はこの都市は本当に存在したのかと父に尋ねるが、当時の一般的認識では、トロイアは単なる神話に過ぎないと考えられていた。しかし少年シュリーマンは納得しない。彼はいつか必ずトロイアを見つけると決意する。この幼年期の原体験が、後の人生全体を支配していく。だが現実は厳しかった。家は貧しく、彼は学問の道へ進めない。雑貨店の店員として働き、長時間労働に追われる日々が続く。しかし彼はその中でも独学を続ける。本書で特に印象的なのは、彼の驚異的な語学習得法である。彼は毎日文章を音読し、暗記し、徹底反復することで次々に外国語を習得していく。英語、フランス語、オランダ語、ロシア語、ギリシャ語など十数か国語を操るようになり、その語学力を武器に国際商人として成功していく。

ここで本書は単なる考古学物語ではなく、人間の意志の力の物語へ変わる。シュリーマンは正式教育を受けた学者ではない。しかし彼は、自ら学び、自ら道を切り開き、遂には巨万の富を築いていく。その後、彼はロシア貿易やカリフォルニア・ゴールドラッシュで成功し、莫大な財産を得る。そしてついに少年時代の夢を実行へ移す。

彼はホメロス研究を徹底的に行い、古典学者たちが否定的だったにもかかわらず、小アジアのヒッサルリクこそトロイアの地であると確信する。発掘は困難を極めた。周囲からは狂人、素人と嘲笑される。しかしシュリーマンは信念を曲げない。そして遂に、巨大城壁や古代都市遺構を発見する。有名なのが、プリアモス王の財宝発見場面である。黄金装飾品や宝物群を発見した瞬間、彼は少年時代から追い求めたホメロス世界が現実であったことを確信する。その後も彼はミケーネ文明発掘へ進み、有名なアガメムノンの黄金のマスクを発見する。

本書全体を通じて描かれるのは、一人の人間の執念である。周囲が不可能だと言っても、自らの夢と直感を信じ続けた人間だけが、新しい世界を切り開くことができる。それがシュリーマンの人生として描かれている。

本書が言いたかったこと

古代への情熱でシュリーマンが最終的に伝えたかったことは、人間の夢と情熱は、現実を変える力を持つということである。シュリーマンは、貧しい雑貨店員から出発した。学歴もなく、正式な学者でもなかった。しかし彼は幼少期の夢を決して忘れなかった。そして数十年にわたる努力によって、その夢を現実へ変えてしまった。本書には、情熱を持つ者だけが未知へ到達できるという強烈な思想が流れている。周囲の常識や権威は、しばしば不可能だと断定する。しかし歴史を動かすのは、既成概念を疑い、自分の信念を貫く人間である。

本書は、学問とは何かという問いも投げかけている。シュリーマンは大学制度の中から生まれた人物ではない。彼は独学によって知識を獲得し、現地へ赴き、自ら掘ることで真実へ近づこうとした。知とは、本来生きた探究であるという思想が流れている。

さらに本作には、神話と歴史の関係という重要テーマも存在する。当時、ホメロス叙事詩は単なる伝説と見なされていた。しかしシュリーマンは、その神話の中に歴史的核が存在すると信じた。そして実際に発掘によって、それを部分的に証明してみせた。本書は、人類の記憶は、神話という形で歴史を保存しているという文明論的示唆も含んでいる。そして最後に本書が語るのは、人生とは、自らの内なる呼び声に従う旅であるという思想である。シュリーマンにとってトロイアとは、単なる遺跡ではなかった。それは幼年期から心の中で燃え続けた夢そのものであった。彼はその夢に人生全体を捧げた。だからこそ古代への情熱は、単なる考古学回想録ではなく、人間はいかに生きるべきかを問う精神の書として、現在でも多くの人々を魅了し続ける。

座右の書