The Life of Samuel Johnson
1791年刊
James Boswell著
ジェイムズ・ボズウェルの経歴
ジェイムズ・ボズウェルは1740年、スコットランドのエディンバラに生まれた。父は法律家で、後にスコットランド最高法院の判事となった人物であり、ボズウェルは裕福で社会的地位の高い家に育った。エディンバラ大学、グラスゴー大学などで学び、父の意向によって法律家への道を進んだ。しかし本人の関心は法律より文学、社交、旅行、人間観察に向いていた。若い頃から詳細な日記をつけ、自分が会った人物の言葉、性格、振る舞いだけでなく、自分自身の野心、恋愛、失敗、欲望まで率直に記録した。この習慣が後に本書を生み出す基礎となった。22歳のボズウェルはロンドンの書店で、当時既に著名な文人であったサミュエル・ジョンソンと初めて会った。ジョンソンは54歳であり、二人には30歳以上の年齢差があった。ジョンソンが死去すると、本格的に伝記執筆に取り組み、約7年を費やして本書を完成させた。
本書の内容
1.サミュエル・ジョンソンとは何者か
本書の主人公サミュエル・ジョンソンは、18世紀英国を代表する文人、批評家、辞書編纂者である。特に1755年に完成させた英語辞典によって英国文化史に大きな足跡を残した。しかしボズウェルは、ジョンソンの業績だけを列挙しない。本書に登場するジョンソンは、文学について論じ、政治を語り、宗教について悩み、議論になると相手を徹底的に論破し、時には怒り、冗談を言い、不安や憂鬱に苦しむ一人の人間である。
2.幼少期から文壇への道
本書は1709年のジョンソン誕生から始まり、教育、青年時代、結婚、ロンドンへの移住、貧困、作家としての苦闘を追っていく。ジョンソンは決して順調に成功した人物ではない。経済的に苦しみながら文章を書き、教師や翻訳など様々な仕事を経験した。大学教育も経済的事情によって中断している。それでも読書と文章への執念を失わず、詩、評論、伝記、随筆などで徐々に名声を確立していった。ここでボズウェルが描いているのは天才だから成功したという単純な物語ではない。才能を持ちながら、貧困、不安、病気、挫折と格闘し続けた人物の姿である。
3.英語辞典という巨大事業
ジョンソン最大の業績の一つが、1755年刊行の英語辞典である。当時の英語には綴りや語義について十分統一された基準がなく、ジョンソンは膨大な文学作品を読み、引用例を集めながら辞典を編纂した。今日のような巨大研究機関ではなく、少数の助手を使いながら一人の知識人が中心となって完成させた壮大な事業であった。しかしボズウェルが関心を持つのは辞書だけではない。その仕事を支えたジョンソンの忍耐、知識への執念、独立心である。著作とは完成品だけを見るのではなく、その背後にある人間の苦闘を見なければならない。
4.ボズウェルとジョンソンの出会い
1763年は本書の大きな転換点である。この年、ボズウェル自身がジョンソンと出会うため、それ以降の記述は急速に生々しくなる。ボズウェル自身も、この出会いを自分の人生における極めて幸運な出来事として記している。ここからジョンソン伝は、通常の伝記とは異なる作品になる。ボズウェルはジョンソンの言葉を記録する。食事の席での会話、文学論、政治論、宗教論、友情、結婚、女性、金銭、死についての発言まで克明に残す。その結果、読者はジョンソンについて説明を受けるというより、まるで同じ部屋に座ってジョンソンの話を聞いているような感覚を持つ。
5.会話によって人間を描く
本書最大の文学的発明は、会話によって人物を描いたことである。ジョンソンは非常に優れた会話家であった。議論になると相手の論理の弱点を瞬時に発見し、強烈な言葉で反論する。ボズウェルは、こうした会話を伝記の中心に置いた。人間の思想を理解するには、その人物が完成させた著作だけを読む方法もある。しかし人間の性格は、予期しない質問をされた時、反対意見を突きつけられた時、酒席で冗談を言う時、友人と口論する時に現れる。ボズウェルはそこを捉えた。
6.完璧ではないジョンソン
ボズウェルはジョンソンを深く尊敬していた。しかし完全な聖人として描いてはいない。ジョンソンには強烈な自信があり、議論では相手を圧倒しようとする。偏見もあれば、頑固さもある。一方で深い憂鬱や精神的不安を抱え、死を強く恐れていた。宗教的信仰を持ちながら、自分が十分善く生きているのかという不安にも苦しんだ。しかし同時に、貧しい人や困窮した友人を助け、自宅に生活困窮者を住まわせるほどの優しさを持っていた。知的には非常に強いが、精神的には脆い自信家である。しかし自分自身について深刻に悩んでいる。この矛盾を消さなかったからこそ、ジョンソンは紙の上の偉人ではなく、生身の人間として現れる。
7.ボズウェル自身も登場人物である
更に興味深いのは、本書がジョンソン一人だけの物語ではないことである。ボズウェル自身も頻繁に登場する。質問し、反論し、ジョンソンに叱られ、時には褒められる。したがって読者は、年長の偉大な知識人と、彼を敬愛する若い友人との友情の発展を見ることになる。ボズウェルは自分を完全な観察者として消してしまわなかった。むしろ自分自身を舞台に登場させることで、ジョンソンが他者との関係の中でどのような人間であったかを見せた。この手法は現代のノンフィクションにも通じる。
8.18世紀英国を描く
ジョンソン伝は一人の人物の伝記であると同時に、18世紀英国社会の巨大な記録でもある。文学、政治、宗教、大学、階級社会、スコットランドとイングランドの関係、アメリカ独立、フランス、植民地、奴隷制など、当時の様々な問題がジョンソンとの会話を通じて登場する。ボズウェルの記録には啓蒙思想、ルソー、英国議会改革、アメリカ・フランス革命、植民地帝国、産業革命など、18世紀後半の政治的・知的世界が幅広く映し出されている。したがって本書を読むことは、ジョンソンという一人の人物を知るだけではなく、18世紀英国の知識人社会の中に入っていくことでもある。
9.老いと死
本書の後半ではジョンソンの老いと死が次第に大きな主題となる。友人たちが死に、自分自身の身体も衰えていく。生涯にわたって死への恐怖を抱いていたジョンソンにとって、これは単なる肉体的問題ではなかった。知識を蓄積し、文学史に残る仕事を成し遂げても、人間は最後には死ななければならない。ボズウェルはその事実から目を逸らさない。1784年、ジョンソンは75歳で死去する。本書は偉大な人物の成功によって終わるのではなく、一人の人間が老い、友人を失い、病み、そして死を迎えるところまで描く。だからこそジョンソンは歴史上の偉人である以前に、一人の人間として読者の記憶に残る。
本書が言いたかったこと
人間の偉大さとは、欠点のない完璧な人格にあるのではない。ジョンソンには巨大な知性があった。しかし不安も偏見も頑固さもあった。文学史に残る業績を成し遂げながら、金銭に苦しみ、憂鬱に悩み、死を恐れた。それでも学び続け、書き続け、友人と語り、困っている人を助け、自分なりに善く生きようとした。そしてボズウェルは、その矛盾を整理して美しい英雄像に作り替えなかった。ここに本書の革新性がある。伝記とはその人が何を成し遂げたかを記録するだけではない。何を恐れ、誰を愛し、どのように話し、何に怒り、どんな失敗をし、それでもどう生きようとしたのかまで描いて初めて、その人物の全体像が現れる。したがって本書が後世の伝記文学に残した最大の遺産は、偉人を神話から人間へ戻したことである。そしてもう一つ重要なのは、人生の価値は巨大な業績だけでは測れないということである。何気ない会話、友情、食事、失敗、ユーモアといった日常の小さな場面にも、その人間の本質が現れる。だからこそサミュエル・ジョンソン伝は、ジョンソンについての史料であることを超え、一人の人間を理解するとはどういうことかを追究した伝記文学の古典となった。
