ぼくはあと何回、満月を見るだろう

ぼくはあと何回、満月を見るだろう
2023年6月刊
坂本龍一著

坂本龍一の経歴

坂本龍一は1952年東京生まれの音楽家・作曲家であり、電子音楽、現代音楽、映画音楽、環境音楽など多方面で世界的評価を受けた人物である。Yellow Magic Orchestra(YMO)のメンバーとしてテクノポップを世界へ広める一方、映画ラストエンペラーではアカデミー賞作曲賞を受賞した。音楽だけでなく、反戦運動、脱原発運動、環境問題への提言など社会的活動にも積極的であり、芸術は社会と切り離せないという思想を一貫して持っていた。本書は、癌との闘病の中で書かれた事実上の最後の自伝であり、死を目前にした芸術家が、自らの人生、創作、思想、家族、時代について語った晩年の記録である。

本書の内容

1.死を意識した地点から始まる回想

本書は、坂本龍一が癌の再発と転移を告げられる場面から始まる。医師から余命を示唆され、自らの人生が限られた時間に入ったことを理解した坂本は、自分が去る前に残しておきたいことを静かに語り始める。本書は単なる闘病記ではない。むしろ死を前にしたからこそ、人間とは何か、芸術とは何か、時間とは何かを問い直す精神の記録である。坂本は幼少期の記憶から、自らの家族史、学生運動の時代、YMO結成、世界的成功、映画音楽制作、ニューヨーク移住、そして晩年の活動へと人生を辿っていく。その語り口は誇張や英雄化を避け、むしろ失敗や迷いを含めた極めて人間的なものである。

2.音楽とは自然に付け足すもの

本書全体を貫く大きなテーマの一つが音である。坂本は、音楽とは人間が自然に対抗するものではなく、自然の音にそっと付け足すものであると考えていた。風、雨、水滴、都市の雑音、壊れたピアノの響き。そうした偶然の音に耳を澄まし、人間中心主義を超えた音楽を求め続けた。晩年の作品では特に沈黙や余白が重要視されるようになる。若い頃は知識や技術で世界を切り開こうとしていた坂本が、歳を重ねるにつれて自然には敵わないと悟っていく過程が描かれている。

3.世界との関わりと社会意識

坂本龍一は、芸術家であると同時に強い社会意識を持った人物でもあった。東日本大震災後の脱原発運動、戦争への反対、環境問題への危機感など、本書では音楽家が社会に対して何をできるのかが繰り返し問われる。ロシアによるウクライナ侵攻についても深い衝撃を受け、暴力が終わってほしいと願いながら新曲制作に向かったことが記されている。ただし坂本は、芸術を単純な政治宣伝にしてはならないとも考えていた。芸術が本質的に暴力や権力への抵抗を含んでおり、その静かな力を信じていた。

4.家族と記憶

本書では家族についても多く語られる。特に母への思い、坂本家の歴史、娘である坂本美雨への感情などが印象深い。若い頃には十分理解できなかった親の存在を、老いや病を通じて改めて見つめ直していく。また、自分が死んだ後に何が残るのかについても考察が続く。作品は残っても、人間そのものは消えていく。その有限性を受け入れながら、それでも最後まで新しい曲を書きたいと願い続ける姿勢が、本書全体に静かな緊張感を与えている。

5.時間というテーマ

坂本龍一にとって、音楽とは時間の芸術であった。音楽は始まりから終わりへ流れていく。しかし癌によって自分の時間に終わりがあることを突きつけられた時、彼の時間感覚は根底から変化する。若い頃には無限に続くように思えた未来が、突然有限なものとなる。だからこそ、あと何回満月を見られるのかという題名は、単なる詩的表現ではなく、生への切実な問いである。

本書が言いたかったこと

人間は必ず終わる存在である。しかし終わりがあるからこそ、美や創造は輝く。坂本龍一は、死を前にしても絶望だけを書かなかった。むしろ有限な命を受け入れた上で、最後まで音を探し続け、人とつながり、世界を見つめ続けた。そこには生きるとは完成することではなく、問い続けることだという思想が流れている。本書は、成功した世界的音楽家の回顧録というより、一人の人間がどう死を迎えるかを静かに考え続けた書物である。若い頃には見えなかった自然の大きさ、時間の有限性、他者とのつながりの尊さを、坂本は晩年になってより深く理解していった。だから本書の題名にある満月は、単なる月ではない。それは限りある人生の象徴であり、一度きりの時間をどのように生きるかを読者へ問い返す存在である。

未来の輪郭