Jacob van Ruisdael and Meindert Hobbema
1960年刊
Seymour Slive著
著者と画家の経歴
著者のシーモア・スライヴは20世紀を代表するオランダ絵画研究者である。特に17世紀ネーデルラント絵画の研究で高い評価を受けた。ハーバード大学で長年教鞭を執り、レンブラントやフランス・ハルス、ロイスダール研究の権威として知られている。本書は、17世紀オランダ黄金時代の風景画を、単なる自然描写ではなく精神的・詩的芸術として再評価した重要な研究書である。
ロイスダールは1628年頃にハールレムで生まれ、17世紀オランダ風景画を頂点へ押し上げた巨匠であった。彼は平原、森、滝、風車、海景など多様な自然を描きながら、単なる写実ではなく、人間の孤独や自然の崇高さを感じさせる劇的空間を創造した。重厚な雲、斜光、荒涼たる樹木表現は後世のロマン主義風景画に巨大な影響を与えた。
ホッベマは1638年にアムステルダムで生まれ、若き日にロイスダールの影響を強く受けた。彼は森の小道、水車小屋、農村風景を精密かつ親密な視点で描き、自然と人間生活の調和を静かに表現した画家である。代表作ミッデルハルニスの並木道は、オランダ風景画史上屈指の名作として知られる。ロイスダールの劇的精神性に対し、ホッベマはより穏やかで生活感ある自然世界を築いた。
本書の内容
1.17世紀オランダ風景画の成立
本書はまず、17世紀オランダの社会背景から始まる。宗教改革後のプロテスタント社会では、カトリック教会向け宗教画需要が減少し、市民階級向けの風景画・静物画・風俗画が発展した。スライヴは、この変化を単なる市場変化としてではなく、自然を見る精神の変化として捉えている。オランダ人は自国の平野、湿地、農地、海岸に国家的誇りを抱き、それが風景画隆盛の基盤となった。
2.ロイスダールの自然観と精神性
本書の中心部分では、ロイスダール芸術が徹底的に分析される。スライヴはロイスダールを自然の詩人であると同時に、精神的ドラマの構築者として評価する。彼の作品に描かれる森は単なる樹木群ではなく、人間を包み込む巨大な自然宇宙である。特に雲の描写について、スライヴは詳細に論じている。ロイスダールの空は画面の半分以上を占めることが多く、そこには光と闇、静寂と不安が同時に存在する。これはオランダ風景画に劇的精神性を導入した革新であり、後のターナーやフリードリヒにまで影響を与えた。またスライヴは、ロイスダール作品に繰り返し現れる滝や廃墟に注目する。実際のオランダには大滝は存在しないにもかかわらず、彼は北欧風の山岳風景を想像的に描いた。著者はそこに自然への畏怖と人間文明の儚さを読み取っている。

3.ホッベマの写実と親密性
ホッベマ論では、スライヴは彼を単なるロイスダールの弟子としてではなく、日常的自然の詩人として位置づける。ホッベマの風景は劇的ではないが、樹木の葉の揺らぎ、水面の反射、村道の静けさに強い現実感がある。スライヴは並木道、水車小屋、森の道などの作品を通じて、ホッベマがオランダ農村を理想化しながらも極めて具体的に描いたことを指摘する。そこには国家的風景としてのオランダが存在している。著者は、ホッベマが晩年には税関職員として働き、画家として十分な成功を得られなかった事実にも触れている。しかし19世紀になると彼の評価は急上昇し、特にイギリス風景画家たちに大きな影響を与えた。

Meindert Hobbema
4.ロイスダールとホッベマの比較
本書後半では両者の比較研究が行われる。スライヴによれば、ロイスダールは自然の崇高さと精神性を追求した画家であり、ホッベマは自然と生活世界の調和を描いた画家である。ロイスダールが崇高を表現したのに対し、ホッベマは親密さを描いた。しかし両者には共通点も多い。それは、自然を単なる背景ではなく、独立した芸術対象として扱った点である。彼らによって風景画が歴史画に匹敵する芸術ジャンルへ高められた。
5.後世への影響
最後に本書は、ロイスダールとホッベマが19世紀ヨーロッパ風景画へ与えた影響を論じる。英国の風景画家たち、特にコンスタブルはロイスダールを深く研究し、その空気感や雲表現を学んだ。またバルビゾン派や印象派に至る自然観の形成にも、彼らの芸術は大きな役割を果たした。
本書が言いたかったこと
17世紀オランダ風景画は単なる写実的自然描写ではなく、人間と自然との精神的関係を表現した高度な芸術である。スライヴは、ロイスダールとホッベマを通じて、風景画が歴史画に劣る周辺的ジャンルではなく、人間存在や時間、自然への畏敬を語りうる中心的芸術であることを示そうとした。ロイスダールは自然の崇高さと孤独を描き、ホッベマは自然と人間生活の静かな共存を描いた。両者は異なる方向から風景画の可能性を広げ、後世ヨーロッパ美術の自然観を形成した。スライヴは本書を通じて、オランダ風景画を近代風景画の原点として位置づけている。
