Rodin
1963年刊
Albert E. Elsen著
著者とロダンの経歴
アルバート・E・エルセン(1927–1995年)は、20世紀を代表するロダン研究者であり、スタンフォード大学教授として近代彫刻史を専門とした。とりわけロダン研究では世界最高権威とされ、数十年にわたりロダン美術館や世界各地の作品・石膏・写真・書簡を調査した。ロダン芸術を従来の写実主義彫刻としてではなく、20世紀彫刻の出発点として位置付けた功績は極めて大きい。1963年のニューヨーク近代美術館(MoMA)によるロダン回顧展の監修にも携わり、本書はその成果を基礎として執筆された。
フランソワ=オーギュスト=ルネ・ロダン(1840–1917年)は、フランス近代彫刻を代表する芸術家である。パリに生まれ、若い頃はエコール・デ・ボザールへの受験に三度失敗し、長く装飾彫刻家として生活した。その後ベルギー滞在中に制作した青銅時代によって一躍注目を集めた。1880年には装飾美術館の門扉地獄の門を依頼され、この巨大プロジェクトは生涯にわたる創作の源泉となった。考える人、接吻、カレーの市民、バルザック記念像、歩く人など数多くの傑作を生み出し、人体を静止した理想像から生命力と心理を備えた存在へ変革した。近代彫刻の父と称され、ブールデル、マイヨール、ブランクーシら後続の彫刻家に決定的な影響を与えた。


本書の内容
1.ロダン以前の彫刻と近代への転換
本書はまず、19世紀ヨーロッパ彫刻の状況から始まる。アカデミズム彫刻は古典的理想美を追求し、歴史や神話を静的に表現する作品が主流であった。エルセンは、そのような伝統の中でロダンが人体を生きた存在として捉え直したことが、近代彫刻の始まりであると位置付ける。ロダンは人体の均整よりも生命の鼓動、筋肉の緊張、呼吸、精神状態を表現しようとした。そのため彼の作品は完成した理想像ではなく、変化し続ける生命を感じさせる。
2.青銅時代と写実革命
ロダンの出世作青銅時代は、本書で詳しく論じられる。作品が発表された当初、その写実性があまりにも高かったため、生身の人体から直接型を取ったという疑惑まで生じた。しかし、この作品の真価は単なる写実ではなく、人間が静かに目覚めようとする精神的瞬間を表現した点にある。人体は完全に静止しているようでいて、内部には生命が満ちている。この内面性こそがロダン芸術の出発点である。
3.地獄の門という終生の創造源
本書の中心をなすのは地獄の門である。ダンテ神曲を出発点としながらも、ロダンは生涯にわたって構成を変更し続けた。エルセンは、この作品を単なる巨大レリーフではなく、ロダン芸術全体を生み出した母体であると考える。考える人、接吻、三つの影、ウゴリーノ、落ちる男など多くの代表作は、もともと地獄の門の一部分として構想されたものである。ロダンは門全体を完成させることよりも、そこから新しい彫刻を生み出し続けることに創造の意味を見いだしていた。
4.カレーの市民と英雄像の革新
カレーの市民について、エルセンは近代記念碑彫刻の革命として高く評価する。従来の英雄像は勝利者を高い台座に掲げていた。しかしロダンは、死を覚悟して町を救おうとする6人の市民を地面近くに配置し、それぞれ異なる恐怖、不安、決意を表現した。英雄とは超人的存在ではなく、苦悩しながらも責任を果たす人間であるという新しい思想が、この作品に込められている。
5.考える人と精神の造形
考える人は世界で最も有名な彫刻の一つであるが、エルセンは哲学者の像ではなく、全身によって思考する人間像として解釈する。頭だけではなく、肩、腕、脚、足先までが思索という精神活動に参加している。精神は身体から切り離されたものではなく、肉体全体に宿ることをロダンは示した。
6.バルザック記念像と近代芸術
本書ではバルザック記念像にも大きな紙幅が割かれている。この作品は当時激しい批判を浴びたが、エルセンは20世紀彫刻への転換点であると評価する。ロダンは作家バルザックの顔や身体を正確に再現することを拒み、その精神力を巨大な衣の塊として表現した。外見の再現ではなく、本質を造形するという発想が近代彫刻を生み出した。
7.未完成と断片の美学
ロダン芸術を特徴付ける重要な要素として、未完成作品や身体の断片が詳しく論じられる。頭部だけ、手だけ、胴体だけでも独立した作品となること、石膏を組み替えて新しい像を生み出す方法などが紹介される。エルセンは、ロダンにとって断片とは欠陥ではなく、鑑賞者の想像力を呼び起こす完成形であった。
8.制作方法と工房
本書では制作技法にも多く触れている。ロダンは粘土で造形し、それを石膏へ移し、拡大縮小を繰り返し、大理石やブロンズへ展開した。多数の助手と共同制作しながらも、最終的な構成と表現は必ず自身が決定した。エルセンは、ロダンの工房は一種の創造実験室であり、作品は一度完成して終わるものではなく、生涯を通して変化し続ける存在であった。
9.近代彫刻への影響
最後に本書は、ロダンが20世紀彫刻へ与えた影響を論じる。ブールデル、マイヨール、ブランクーシ、ジャコメッティ、ヘンリー・ムーアなど、多くの近代彫刻家はロダンの人体表現、断片化、素材感、空間処理から出発している。ロダンは19世紀最後の巨匠ではなく、20世紀最初の彫刻家でもあったとエルセンは結論付けている。
本書が言いたかったこと
ロダンは人体を正確に再現した写実彫刻家ではなく、人間の生命、精神、運動、感情を石やブロンズの中に定着させることによって、近代彫刻という新しい芸術を創始した。彼は完成された理想像ではなく、制作途中の痕跡や断片までも作品の一部とし、彫刻を固定された形態から生成し続ける生命体へと変えた。また、地獄の門を中心とする創造活動を通じて、一つの作品が無数の作品を生み出すという近代的創作概念を確立し、その影響は20世紀以降の彫刻芸術全体に及んでいる。
