The Power Broker
Robert Moses and the Fall of New York
1974年刊
Robert A. Caro著
ロバート・A・カロの経歴
ロバート・アラン・カロは1935年、ニューヨーク市に生まれたアメリカの伝記作家である。プリンストン大学を卒業し、その後ハーバード大学のニーマン・フェローを務めた。若い時代には新聞で調査報道記者として活動した。記者時代のカロが強い関心を持つようになったのが政治権力である。法律や行政制度について表面的に調べるだけでは、なぜ一部の人間が社会を動かせるのか説明できない。そこで彼は、政治家の公式な肩書ではなく、人事、契約、組織、利害関係を詳細に追い、実際に誰が決定しているのかを調べるようになった。その問題意識から選ばれた最初の巨大な研究対象がロバート・モーゼスであった。カロは本書完成後、リンドン・B・ジョンソン第36代大統領を扱う大河伝記シリーズに取り組でいる。カロはモーゼスとジョンソンという全く異なる人物を研究しながら、一貫して権力とは何かを追究してきた。
本書の内容
1.理想主義者ロバート・モーゼス
ロバート・モーゼス(1888-1981年)は、ニューヨークの裕福な家庭に生まれ、イェール大学、オックスフォード大学、コロンビア大学などで教育を受けた知識人であった。若きモーゼスは、後年の強権的な権力者とはむしろ正反対の人物だった。ニューヨーク政治を支配していたタマニー・ホールに代表される縁故主義、汚職、猟官制度を嫌い、行政を専門能力に基づく近代的制度へ改革しようとする理想主義者だった。しかし彼はすぐに重大な現実に直面する。正しい政策を考えることと、それを実現することは全く別である。優れた計画を作っても、権力がなければ実行できない。政治家、官僚、利益団体、土地所有者などが反対すれば改革は動かない。この経験がモーゼスを変えていく。カロが描くモーゼスの人生の最初の大きな転換は、理想を実現するには権力が必要であると悟ったことである。
2.アル・スミスとの出会い
モーゼスにとって重要な人物がニューヨーク州知事アル・スミスであった。スミスはモーゼスとは対照的に、ニューヨークの下町から政治家になった人物であり、選挙、議会、政党、利益調整という現実政治を熟知していた。モーゼスはスミスの下で働くことによって、理想だけでは行政は動かず、法律、予算、人事、議会工作、世論操作を組み合わせなければ政策は実現できないことを学ぶ。モーゼスには法律文書の中に自らの権限を埋め込む驚くべき能力があった。一見すると単なる行政組織設置法であっても、細部に将来の権力基盤となる条項を組み込み、それが成立すると政治家でさえ容易には彼を解任できなくなる仕組を作った。
2.公園建設-公共事業家モーゼスの成功
1920年代、モーゼスはニューヨーク州の公園行政を大規模に再編していく。ロングアイランドに巨大な公園網を整備し、ジョーンズ・ビーチをはじめとする公共施設を建設し、それらを結ぶパークウェイを整備した。これは当時としては壮大な公共事業であった。ニューヨーク市民は自動車で郊外へ出て、海岸、公園、自然を楽しめるようになった。モーゼスは公共事業を驚くべき速度で完成させ、物事を実際に成し遂げる人物として評価されるようになる。
3.選挙に勝たずして権力を握る
モーゼスの最大の特徴は、これほど巨大な政治権力を持ちながら、選挙で公職に就いたことがなかったことである。彼は1934年にニューヨーク州知事選挙へ共和党候補として出馬したが大敗した。しかし皮肉にも、その後も行政上の権力は拡大していった。モーゼスが発見したのは、民主主義社会では必ずしも選挙に勝つ必要はないということであった。道路、公園、橋、トンネル、住宅、都市再開発などを担当する複数の公的機関の要職を兼任し、それらを相互に結びつけることによって巨大な権力体系を形成した。モーゼスは州では44年間、市では34年間にわたり影響力を保持し、歴代の知事や市長を超えるほどの力を持つようになった。
4.トライボロー橋-権力を生む料金収入
この仕組を完成させた象徴が、1936年に開通したトライボロー橋である。橋は通行料金を徴収する。通常の行政機関なら予算を議会から受け取るため、議会の統制を受ける。しかし橋の通行料金は継続的に入ってくる。その収入を担保に債券を発行し、新しい橋や道路を建設する。そして新しい施設が更に料金収入を生む。ここに巨大な自己増殖型の財政システムが成立した。政治家から予算をもらわなくても、自分自身で資金を調達できる。モーゼスが握った本当の力は肩書ではなく、資金源を自ら支配したことだった。
5.法律を権力の装置にする
モーゼスは法律を巧みに利用した。公社を設立するとき、債券が残っている限り組織を簡単に解散できないような制度を作る。すると行政組織が長期間存続する。そしてそのトップにモーゼス自身がいる。彼は人間として権力を握るのではなく、自分が権力を持ち続けられる制度を作ったのである。ここに本書が政治学の古典となった理由がある。権力は必ずしも憲法や法律に明記された最高職に存在する訳ではない。制度の細部、予算、債券、任命権、契約、行政手続きの中に隠れている。
6.ニューヨークを自動車都市へ変える
モーゼスは橋、高速道路、パークウェイを大量に建設し、ニューヨーク都市圏を根本的に作り替えた。ロバート・F・ケネディ橋(旧トライボロー橋)、ヴェラザノ=ナローズ橋、ブルックリン=バッテリー・トンネル、クロス・ブロンクス高速道路など、現在のニューヨークの都市構造を形成する巨大インフラの多くに彼が深く関与した。しかし、ここから本書の評価は大きく変化していく。モーゼスは都市を人間が生活する場所というより、自動車と交通を効率的に移動させる空間として考える傾向を強めていった。
7.クロス・ブロンクス高速道路-権力の犠牲者
本書の中でも最も強烈な部分の一つがクロス・ブロンクス高速道路建設である。高速道路建設のため、既存の住宅地が破壊され、多くの住民が立ち退きを余儀なくされた。カロが重視したのは高速道路が何キロ完成したかではない。そこに住んでいた家族に何が起きたのかである。長年形成されてきた商店、近隣関係、学校、教会、コミュニティが破壊される。道路建設の統計上では立ち退き戸数として処理される人々にも、それぞれ生活と人生があった。カロは後に、自分が権力について本当に書くためには権力を行使する人間だけでなく、権力を行使される人間について書かなければならないと悟ったと説明している。
8.都市高速道路という思想
モーゼスの都市思想の根底には、自動車時代への強い信頼があった。郊外住宅、公園、高速道路、橋を結びつければ、人々の生活は豊かになると考えた。しかし道路を増やすほど自動車利用が増え、都市中心部の交通問題は必ずしも解消されなかった。更に高速道路建設によって既存の都市コミュニティが分断され、中低所得層の住宅地が大きな打撃を受けた。カロはここから、公共事業の評価には何を建設したかだけでなく、建設によって何を破壊したかも含めなければならないという視点を提示する。
9.公共住宅と都市再開発
モーゼスは公営住宅や都市再開発にも巨大な影響力を持った。老朽化した地区を取り壊し、新しい住宅や公共施設を建設する。それ自体には合理性があった。しかし問題は、誰のための再開発なのかということである。再開発によって立ち退かされた低所得層が新しい住宅に戻れるとは限らず、都市の別の貧困地区へ移動させられる場合もあった。都市計画図の上ではスラム除去であっても、住民から見れば生活基盤の喪失である。
10.ジェイン・ジェイコブズとの対立
モーゼス型都市計画への象徴的な反対者となったのがジェイコブズである。ジェイコブズは、大規模道路や巨大開発によって都市を上から作り替える思想に反対し、歩行者、商店、住宅、道路、地域社会が複雑に混在することこそ都市の活力を生むと考えた。マンハッタンを横断するロウアー・マンハッタン高速道路などをめぐる争いは、巨大計画による都市と住民が作る都市という二つの都市観の対立を象徴するものとなった。
11.なぜ政治家はモーゼスを止められなかったのか
本書の最大の謎はここにある。なぜ選挙で選ばれていない一人の行政官が、ニューヨーク市長やニューヨーク州知事より強大な権力を持つことができたのか。答えは、権力が一か所に存在しなかったからである。公社、法律、債券、料金収入、建設会社、労働組合、銀行、政治家、メディアなどが複雑な利害関係によって結ばれていた。モーゼスはその中心に立った。政治家がモーゼスを排除しようとすると、公共事業が止まり、雇用が失われ、建設会社が反発し、金融機関が困り、地域の政治家が困る。モーゼス個人を守っていたのは彼の肩書ではなく、彼を必要とする巨大な利益共同体だった。
12.権力は人間を変える
そしてカロが最も深く追究したのが、権力がモーゼス自身をどのように変えたかという問題である。若いモーゼスは行政改革を目指す理想主義者だった。しかし理想を実現するために権力を求め、権力を得るために妥協し、やがて権力を維持すること自体が目的化していく。最初は良い政策を実現するために権力が必要だった。ところが最後には自分が決定することが正しいという確信へ変化する。本書は、普通のニューヨーカーの生活改善を志した理想主義者が、権力の蓄積を目的とする冷酷な行政家へ変貌していく過程を描いている。
13.ネルソン・ロックフェラーとモーゼスの没落
しかし、その権力も永遠ではなかった。1960年代になると都市高速道路中心の都市計画への批判が高まり、モーゼスの政治的立場も弱くなる。最終的に彼の権力基盤を崩した重要人物がニューヨーク州知事ネルソン・ロックフェラーである。モーゼスが支配していた組織を統合し、彼の独立した権力基盤は失われた。モーゼスの権力は個人的人気によって生まれたものではなかった。したがって彼を倒したものもまた、制度の再編だった。
本書が言いたかったこと
本書は表面的にはロバート・モーゼスの伝記である。しかしカロが本当に書こうとしたのは、権力とは何かという問題である。モーゼスは選挙に勝つことによって権力者になったのではない。公社、法律、債券、料金収入、人事、契約、公共事業を組み合わせ、自分を簡単には排除できない制度を作ることによって権力者になった。しかしカロが更に重要だと考えたのは、権力の効用と腐敗が表裏一体であるという問題である。権力がなければ巨大な仕事はできない。実際、モーゼスほど短期間に膨大な道路、公園、橋、公共施設を完成させた行政家は稀である。ニューヨークは彼によって大きく近代化された。本書は、権力は悪であると言っているのではない。むしろ問題は、巨大な仕事を実現するために必要だった権力が、成功するほど自己増殖し、やがて当初の目的から独立してしまうことにある。ここに本書の最も深い逆説がある。モーゼスは最初、理想を実現するために権力を求めた。しかし長年にわたり成功を続けるうちに、自分には実現する能力があるという確信が、自分だけが何が正しいかを知っているという確信へ変わった。その瞬間から、住民の反対は民主主義的意思ではなく無知な妨害に見えるようになる。議会の統制は民主主義ではなく非効率に見える。反対者との議論は必要なくなり、目的のためには立ち退きや地域社会の破壊も正当化される。カロが描いた最大の問題は、権力者が悪人だから権力を乱用するのではなく、優秀で実績を上げた人間ほど自分の判断こそ正しいと確信し、権力への外部統制を邪魔だと考えるようになる危険である。
