L’Ancien Régime et la Révolution
1856刊
Alexis de Tocqueville著
アレクシ・ド・トクヴィルの経歴
アレクシ・ド・トクヴィルは1805年、フランスのノルマンディー地方に由来する貴族の家系に生まれた。彼の家族はフランス革命による恐怖政治の影響を直接受けており、両親は革命期に投獄され、親族の一部は処刑された。このためトクヴィルにとってフランス革命は単なる研究対象ではなく、自らの家族史とも深く結びついた問題であった。法律を学んだ後、司法官となったが、1831年、友人ギュスターヴ・ド・ボーモンとともにアメリカを訪問し、米国社会を広範に観察した。トクヴィルがそこで発見した最大の歴史的潮流は平等化であった。近代社会では身分制が崩れ、人々は次第に平等になっていく。この流れは止めることができない。しかし、平等になった個人が政治参加や地方自治から離れ、国家に全てを任せるようになれば、巨大な中央集権国家が成立する危険がある。したがって彼にとって重要なのは、民主主義か貴族制かという二者択一ではなく、平等化する社会の中で、いかに自由を守るかという問題であった。その後トクヴィルは政治家となり、1848年革命後には第二共和政の議員となり、外務大臣も務めた。しかし1851年、ルイ=ナポレオン・ボナパルトのクーデターに反対し、政治の第一線から退いた。以後、本格的な歴史研究に入り、膨大な行政文書や地方資料、革命前の史料を調査して完成させたのが本書である。
本書の内容
1.フランス革命は本当に旧体制を破壊したのか
本書の出発点は、非常に逆説的な問いである。1789年のフランス革命は、王政、貴族、封建制度、身分社会を破壊し、自由と平等を掲げた。したがって普通に考えれば、革命とは古いフランスを破壊し、新しいフランスを誕生させた事件である。しかしトクヴィルは、そう単純ではないと考えた。革命後のフランスを詳しく調べると、中央集権的な行政制度、地方に対する中央政府の支配、官僚制度、国家による社会管理など、新しいフランスを特徴づける制度の多くは、実は革命以前の絶対王政時代から存在していた。本書の最も有名な主張の一つが、フランスの行政的中央集権は革命やナポレオンが作ったものではなく、旧体制が既に作り上げていた。
2.絶対王政が地方社会を解体した
中世ヨーロッパでは、地方貴族、都市、教会、職業団体など、多数の中間団体が存在していた。国王の権力は必ずしも絶対的ではなく、地方社会にはかなりの自治が残されていた。しかしフランス王政は近世になると、地方貴族から政治権力を奪い、行政権を中央政府へ集中させていった。国王から派遣された官僚が地方行政を管理し、税、公共事業、治安、経済政策などに中央政府が介入する。その結果、表面上は貴族制度が残っていても、貴族の実際の政治的役割は低下した。革命以前から、フランス社会は既に国家対個人という構造へ近づいていた。
3.貴族は権力を失ったが特権を残した
ここでトクヴィルは、革命を理解する上で極めて重要な逆説を指摘する。フランス貴族は政治的権力を失っていた。しかし免税などの社会的・経済的特権は残していた。これは非常に危険な状態であった。人々は、実際に地域社会を統治し責任を負っている支配者の特権であれば、ある程度受け入れる場合がある。しかし政治的役割を果たさず、特権だけを享受する階級に対しては、強い反感を抱く。したがってフランス革命以前の貴族制度の問題は、単純に貴族が強すぎたことではない。むしろ、貴族が政治的には弱くなったにもかかわらず、社会的特権だけが残ったことにあった。このため封建的負担は、他の欧州地域以上にフランス農民から憎まれたとトクヴィルは分析する。
4.なぜ革命が起きたのか
本書のもう一つの重要な洞察は、革命が必ずしも最も貧しく、最も悲惨な時代に起こる訳ではないということである。18世紀後半のフランスでは、経済や社会の一部には改善が見られ、人々の教育水準も上昇し、商業も発展していた。ところが社会が改善すると、人々はそれまで当然だと思っていた不平等や不合理を、逆に耐え難いものと感じ始める。長期間苦しんでいる社会では、人々は現状を運命として受け入れる場合がある。しかし生活が改善し、もっと良くなることができると認識した瞬間、残された不公正が以前より強く意識される(後にトクヴィルの逆説と呼ばれる発想)。革命は絶望だけから生まれるのではない。期待が急速に高まり、それに制度改革が追いつかない時にも革命は起こり得るのである。
5.身分間の分断
旧体制下のフランスでは、貴族、ブルジョワ、市民、農民などがそれぞれ別々の世界を形成するようになっていた。中央政府が社会のさまざまな仕事を引き受けたため、異なる階級の人々が地方政治や共同体の運営を通じて協力する機会が減少した。その結果、フランス人は同じ国家に住みながら、互いを理解しない集団へ分裂していった。貴族はブルジョワを軽蔑し、ブルジョワは貴族の特権を憎み、農民は地主や税制度に不満を持つ。中央集権化は国家を行政的には統一したが、社会を心理的には分断した。
6.知識人が政治思想を支配した
トクヴィルは18世紀フランスの知識人にも注目する。ヴォルテール、ルソーをはじめとする啓蒙思想家は、自由、平等、理性、人民主権などを論じた。しかしフランスでは地方自治や実際の政治参加が弱かったため、知識人自身も現実政治を運営する経験を持つ機会が少なかった。そのため政治は、現実的な利害調整や妥協の技術ではなく、理性に基づいて社会全体を一から設計し直すという抽象的思想へ向かいやすくなった。政治経験の乏しい社会ほど、政治を理念によって全面的に作り替えようとする誘惑が強くなる。
7.革命は宗教革命に似ていた
トクヴィルはフランス革命を政治革命でありながら、ある意味では宗教革命に似たものとして分析している。フランス革命が掲げた自由、平等、人権、人民主権といった理念は、フランス人だけを対象としたものではなかった。全ての人間に適用される普遍的原理として提示された。そのためフランス革命はフランス国内だけの政治変動ではなく、国境を越えてヨーロッパ全体へ広がる思想運動となった。この意味で革命思想は、普遍的真理を世界へ広めようとする宗教に似た性格を持っていた。
8.革命は中央集権を破壊しなかった
そして本書の核心へ到達する。革命家たちは旧体制を破壊したと考えた。確かに王政、身分制度、封建的特権などは大きく破壊された。しかし行政的中央集権は破壊されなかった。むしろ革命政府、更にナポレオン政権は、旧王政が築いた中央集権制度を利用して、更に強力な国家を作り上げた。ブルボン絶対王政→フランス革命→ナポレオン帝政という三つの政治体制は、表面的には互いに敵対しているが、国家と地方社会の関係という観点から見ると、中央集権化という一本の歴史的流れでつながっている。トクヴィルはこの点によって、革命史の見方を根本的に変えた。革命とは必ずしも過去との完全な断絶ではない。革命によって最も激しく否定された旧体制の制度が、別の名称と理念の下で革命後にも生き残ることがある。
本書が言いたかったこと
革命によって本当に社会は変わるのか。人々は革命を、古い世界を破壊して新しい世界を作る出来事として理解しがちである。しかし、歴史にはそれほど簡単に切断できない連続性が存在する。制度、官僚組織、行政慣行、人々の政治意識、国家と社会の関係などは、政権が交代しても容易には消滅しない。フランス革命は王政と身分制度を破壊した。しかし中央政府が地方社会を管理する構造は旧体制から受け継ぎ、むしろ強化した。ここから導かれる重要な問題が自由と平等の違いである。フランス革命は身分的特権を破壊し、人々を法的に平等にした。しかし、平等になった個人が地方自治や政治参加を失い、巨大な中央政府の下に置かれるならば、平等は実現しても自由が実現するとは限らない。これはアメリカのデモクラシーから旧体制と大革命まで一貫するトクヴィルの中心問題でもある。更に本書は、革命がなぜ起こるのかについても重要な洞察を残した。社会が最悪の状態になったから革命が起きるとは限らない。むしろ社会が改善し、人々の期待が高まり、もっと良い社会が可能だと考えるようになった時、残存する不平等や特権への不満が急速に強まる。したがって改革には逆説がある。改革が成功し始めると、人々は改革以前より多くを要求するようになり、改革の速度が期待に追いつかなければ、かえって体制が不安定になる。政治体制の名称が変わったことと、国家の本質的構造が変わったことを混同してはならない。王政が共和国になり、共和国が帝国になっても、行政機構、中央と地方の関係、官僚制、国民の国家への依存が同じなら、歴史の深層では同じ構造が続いている。トクヴィルは革命の華々しい出来事より、その地下を流れ続ける長期的な制度と社会の変化を見ようとした。この意味で本書はフランス革命史である以上に、歴史において本当に変わるものと、革命を越えて残り続けるものは何かを考察した歴史思想の名著である。
