宗教と争い

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エルサレム

エルサレムがユダヤ教・キリスト教・イスラム教という三つの宗教の聖地になった最大の理由は、三宗教がまったく別々に生まれたのではなく、同じアブラハムの神をめぐる宗教的伝統を歴史的に継承しているからである。後から成立した宗教が、先行する宗教の聖なる歴史を受け継いだ結果、同じ都市に聖地が重層的に形成された。

1.最初に聖地としたユダヤ教

出発点はユダヤ教である。紀元前1000年頃、イスラエル王国のダビデ王がエルサレムを政治的中心とし、その子ソロモンがここに神殿を建設したと聖書は伝える。このエルサレム神殿こそが決定的である。ユダヤ教において神殿は単なる礼拝施設ではなく、イスラエルの神への祭儀の中心であった。紀元前586年に第一神殿がバビロニアによって破壊され、その後第二神殿が建設されたが、紀元70年にはローマ軍によってこれも破壊された。現在の嘆きの壁(西の壁)は第二神殿の壁ではなく、神殿の丘を支えた擁壁の一部であるが、神殿に最も近づける場所の一つとしてユダヤ教徒にとって極めて重要な祈りの場所となっている。エルサレムは、まず神とイスラエル民族との契約の歴史が凝縮された都市として聖地になった。

2.キリスト教はユダヤ教の聖地を引き継いだ

次にキリスト教が加わる。イエス自身がユダヤ人であり、初期キリスト教もユダヤ教の世界から誕生した。そのためエルサレムは最初からキリスト教の物語の中心にあった。更に決定的なのが、イエスの生涯の最後である。福音書によれば、イエスはエルサレムに入り、最後の晩餐を行い、逮捕され、裁判を受け、十字架刑に処され、埋葬され、そして復活した。したがってキリスト教にとってエルサレムは、単に旧約聖書以来の聖地ではない。キリストの死と復活、すなわちキリスト教の核心が起こった都市である。その中心的聖地が聖墳墓教会である。

3.イスラム教もエルサレムを継承した

更に7世紀にイスラム教が成立すると、エルサレムはイスラム教の聖地にもなる。ここで重要なのは、イスラム教がユダヤ教やキリスト教を完全に無関係な宗教とは考えていないことである。イスラム教では、アブラハム、モーセ、ダビデ、ソロモン、そしてイエスも神から遣わされた重要な預言者とされる。その預言者の系譜の最後にムハンマドが位置づけられる。したがって、ユダヤ教・キリスト教の聖なる歴史の舞台であるエルサレムは、イスラム教にとっても宗教史的意味を持った。更にイスラム教の伝統では、ムハンマドが夜の旅によって聖なる礼拝所へ運ばれ、そこから天界へ昇ったとされ、この出来事がエルサレムの神殿の丘と結び付けられた。そのため、ここに岩のドームやアル=アクサー・モスクが築かれ、メッカ、メディナに次ぐ重要な聖地となった。

4.なぜ同じ場所がこれほど重要なのか

ここがエルサレムを理解する核心である。三宗教が偶然同じ都市を聖地に選んだ訳ではない。ユダヤ教→キリスト教→イスラム教という歴史的継承関係があるからである。ユダヤ教がアブラハム、モーセ、ダビデ、ソロモンと神との歴史を語り、キリスト教はその歴史を引き継いでイエスをメシアと位置づけ、イスラム教は更にその双方の預言者伝統を引き継いでムハンマドを最後の預言者と位置づけた。したがって三宗教は、同じ古代の物語を異なる仕方で解釈している宗教ともいえる。しかも非常に象徴的なのは、三宗教の重要な聖地がエルサレム旧市街の極めて狭い範囲に集中していることである。

5.聖地であることが対立を生む逆説

この重なりこそが、エルサレムを世界でも類例の少ない都市にした。普通なら、異なる宗教には異なる聖地がある。しかしエルサレムでは、一つの場所に複数の宗教が、それぞれ自分たちの最も重要な歴史を語る。とり訳神殿の丘は、ユダヤ教では古代神殿の場所であり、イスラム教ではアル=アクサー・モスクと岩のドームが存在する聖域である。この宗教的記憶の重なりが、現代の政治問題とも結びついている。したがってエルサレム問題を単なるユダヤ人とパレスチナ人の土地争いとして理解すると、本質をかなり見落としてしまう。その背後には、巨大な歴史(三千年近い歴史、民族の記憶、聖書とクルアーンの物語、神との契約、帝国による征服、追放と帰還)の積層が存在する。エルサレムが三大宗教の聖地になったのは、三宗教が同じ神と預言者の歴史を共有し、後発の宗教が先行する宗教の聖なる歴史を継承した結果である。そして、この聖地の継承という視点から見ると、なぜ現在のイスラエル・パレスチナ問題でエルサレムだけは妥協が極端に難しいのかも非常に分かりやすくなる。

アブラハムの神

アブラハムの神がユダヤ教・キリスト教・イスラム教という巨大な宗教伝統の源流になった理由は、単にアブラハムという人物が偉大だったからではない。より本質的には、古代オリエントに多数存在した神々の中から、特定の土地を支配する神ではなく、世界を支配し、人間一人一人に倫理を要求する唯一神へと神の概念が発展したことにある。

1.アブラハムとは何者か

聖書によれば、アブラハムは紀元前2千年紀頃の人物として描かれ、メソポタミア方面からカナンへ移住したとされる。ただし、歴史上の人物としてのアブラハムを直接証明する考古学的証拠はなく、その実在や年代を確定することはできない。重要なのは、アブラハムにまつわる契約の物語である。神はアブラハムに対して、自分を信頼して故郷を離れるよう求め、子孫を増やし、その子孫を通じて諸民族が祝福されるという約束をする。ここに後世の一神教を特徴づける重要な構造が現れる。神→人間への呼びかけ→人間の信仰→神との契約という関係である。

2.神と個人が直接結ばれる発想

古代メソポタミア、エジプト、ギリシアなどでは、多くの場合、神々は都市、国家、自然現象などと深く結びついていた。都市には都市の守護神があり、豊穣、戦争、太陽、海など、それぞれを司る神々がいた。これに対して聖書のアブラハム物語では、神は一つの都市の神殿だけに閉じ込められていない。アブラハムが故郷を離れても神は同行する。これは非常に重要である。神は場所にいるのではなく、人間がどこへ行っても神との関係が続くという宗教観が成立するからである。この考え方は、後の世界宗教にとって極めて強力であった。

3.民族の神から宇宙の神へ

この変化を決定的にした一つの契機が、紀元前6世紀のバビロン捕囚であった。ユダ王国は新バビロニアによって滅ぼされ、エルサレム神殿も破壊され、多くの人々がバビロンへ連行された。普通の古代宗教の論理なら、神殿が破壊され国家が滅亡したのだから、我々の神は敵の神に負けたと考えても不思議ではない。ところがユダヤ人の宗教思想は逆方向へ進んだ。我々の神が負けたのではない。唯一の神自身が、我々を罰するためにバビロニアを利用したのだと解釈した。これは宗教史上きわめて大きな転換である。なぜならヤハウェはイスラエルだけを守る地方神ではなく、バビロニアさえ動かす世界史の神になったからである。国家を失い、領土を失い、神殿さえ失っても、神を失わない宗教が成立したのである。

4.更に重要だった倫理化

もう一つ重要なのが、神と倫理が強力に結びついたことである。単に神に供物を捧げればよいのではない。殺人、盗み、偽証、不正、弱者への抑圧など、人間の行動そのものが神によって裁かれる。預言者たちは更に、形式的な祭儀を行っていても、貧者を虐げ、不正を行っている社会は神に認められないと主張した。ここで宗教は、神々に何を捧げるかから、人間はいかに生きるべきかという問題へ大きく踏み込んでいく。この唯一神+普遍的倫理という組み合わせが、後の世界宗教に非常に大きな力を与えた。

5.キリスト教が民族宗教の壁を突破した

しかしユダヤ教だけで終わっていたなら、アブラハムの神が現在ほど世界規模に広がらなかった。決定的だったのがキリスト教である。イエス自身はユダヤ人であり、アブラハム、モーセ、預言者たちの宗教世界の中で活動した。ところが初期キリスト教、とり訳パウロの活動によって、神との関係に入るためにはユダヤ民族に属する必要はないという方向が明確になる。民族・血統を越えて、信仰によって誰でも参加できる宗教へと変化した。ここでアブラハムの神は、イスラエル民族の歴史を超えて、本格的な世界の神へと展開していく。

6.イスラム教が更にアブラハムへ回帰した

7世紀に成立したイスラム教も、アブラハムを非常に重要な人物と位置づけた。イスラム教においてアブラハム(イブラーヒーム)は、ユダヤ人やキリスト教徒という区分が成立する以前から唯一の神に従った人物、すなわち純粋な一神教信仰の模範として理解される。ムハンマドは新しい神を提示したのではなく、アブラハム以来の唯一神信仰を回復するという立場をとった。こうして、アブラハム→イスラエルの宗教→ユダヤ教→キリスト教という流れと、アブラハム→イシュマエル(アブラハムの長男)→イスラム教という巨大な宗教的系譜が形成された。

7.なぜこれほど強い宗教システムになったのか

ここまでを見ると、アブラハムの神が世界史的に強力だった理由が見えてくる。それは、神を土地から切り離し、民族から次第に切り離し、自然現象からも切り離して、宇宙全体を支配する唯一の存在へと抽象化したことにある。その神はどこにでも存在するため、信者が移住しても信仰できる。国家が滅亡しても存続できる。神像を持ち運ぶ必要もない。そして最終的には民族が違っても信仰できる。極端にいえば、持ち運ぶことのできる普遍的宗教になった。そして更に、唯一神、普遍的倫理、聖典、歴史観、救済、死後の世界、共同体という要素が組み合わされた。これがキリスト教とイスラム教を通じて世界規模に拡大したのである。

8.アブラハムという原点

したがって、なぜアブラハムの神が世界宗教の元になったのかという問いへの答えは、アブラハム個人に秘密があったというより、彼を原点とする宗教伝統が数千年をかけて民族の神を全人類の唯一神へ変化させたからである。そして興味深いのは、世界人口の過半が現在、何らかの形でこのアブラハム的宗教伝統に属していることである。これは人類史的に見ると驚くべき現象である。古代西アジアの比較的小さな民族集団の宗教的伝統が、キリスト教とイスラム教という二つの普遍宗教を生み、結果として神とは何かという一つの系譜が世界史を大きく規定するに至った。

なぜ同じ神を信じながら争うのか

ユダヤ教・キリスト教・イスラム教が激しく対立してきた理由は、三宗教がまったく異なる神を信じているからではない。むしろ逆である。同じアブラハム、同じ預言者の系譜、同じ聖地、同じ唯一神という遺産を共有しながら、その正しい継承者は誰なのかについて異なる答えを出したからこそ、対立が深くなった。

1.誰がアブラハムを正しく継承したのか

三宗教の関係を非常に単純化すると、次のようになる。ユダヤ教は、神がアブラハムと契約し、その契約がイサク、ヤコブ、イスラエルの民へと継承されたと考える。キリスト教は、そのユダヤ教の歴史を認めながら、イエスこそ旧約聖書で約束されたメシアであり、イエスによって神との新しい契約が成立したと考える。イスラム教は、アブラハム、モーセ、イエスをすべて神の預言者として認める一方、人間によって本来の啓示が十分に保持されなかったと考え、ムハンマドに与えられた啓示によって本来の唯一神信仰が最終的に確認されたとする。三者とも、アブラハムは正しい。しかし、その後の歴史をどう理解するかで分かれているのである。これは完全に無関係な宗教同士の対立よりも、むしろ深刻になり得る。同じ家の相続人同士が自分こそ正統な継承者だと主張しているような構造だからである。

2.キリスト教はユダヤ教を必要とした

キリスト教とユダヤ教の関係には、特有の難しさがある。キリスト教は旧約聖書を自らの聖典として受け継いだ。したがってアブラハム、モーセ、ダビデ、預言者たちを否定できない。しかしユダヤ教はイエスをメシアとは認めない。そこで歴史的なキリスト教社会では、ユダヤ人は自分たちの聖書が予告したメシアを認めなかったという考えが広がった。更にイエスの死をめぐる責任をユダヤ人一般に負わせる反ユダヤ的思想も長く存在した。こうして、キリスト教はユダヤ教から生まれたにもかかわらず、その母体であるユダヤ教との間に激しい緊張を抱えるという逆説が生まれた。

3.イスラム教と最終啓示

イスラム教の構造は更に興味深い。イスラム教はモーセもイエスも否定しない。むしろ重要な預言者として尊敬する。マリアもクルアーンに登場する。しかしイエスを神の子とは認めず、三位一体も認めない。そしてムハンマドを預言者の封印、すなわち預言者の系譜を完成させる存在と位置づける。したがってイスラム教から見ると、アブラハム→モーセ→イエス→ムハンマドという一本の啓示の歴史になる。ところが当然ながら、ユダヤ教はこの理解を受け入れないし、キリスト教もイエスの後にイエスを相対化する最終的預言者が現れたとは考えない。同じ登場人物を共有するからこそ、その人物の意味をめぐって衝突するのである。

4.同じ聖地

宗教思想だけなら、これほど深刻な政治問題にはならなかった可能性がある。問題を巨大化させたのが土地である。特にエルサレムでは、ユダヤ教の神殿の丘と西の壁、キリスト教の聖墳墓教会、イスラム教のハラム・アッシャリーフ(アル=アクサー・モスク、岩のドーム)が極めて狭い地域に集中している。更に神殿の丘では、ほぼ同じ空間が二つの宗教にとって決定的に重要である。ここでは宗教問題が、領土問題、民族問題、国家主権、安全保障問題と完全に重なってしまう。そのため双方がそれぞれの宗教を信じればよいというだけでは解決しない。

5.宗教戦争

ユダヤ教・キリスト教・イスラム教は常に戦争していた訳ではない。長期間にわたって共存した時代もある。中世イスラム世界ではユダヤ教徒・キリスト教徒が一定の制約を受けながらも啓典の民として共同体を維持した時代があった。イスラム統治下のイベリア半島などでは、時期や地域による大きな差はあるものの、三宗教間の知的交流も生まれた。逆に十字軍、レコンキスタ、宗教迫害、反ユダヤ主義、植民地主義、民族主義などが宗教的差異を政治的敵対へ変えていった。したがって、宗教があるから戦争が起きると単純化するのも、戦争はすべて政治であり宗教は関係ないとするのも、どちらも不十分である。宗教的正統性と政治権力が結びついた時に、対立が非常に激しくなる。

6.近現代と民族国家

現在のイスラエル・パレスチナ問題も、本来は三宗教間の神学論争だけでは説明できない。19世紀以降の民族主義、シオニズム、オスマン帝国解体、英国委任統治、ホロコースト、イスラエル建国、パレスチナ難民問題、占領、入植地、安全保障問題などが積み重なっている。現代の対立には、宗教+民族+領土+国家+歴史的記憶+安全保障が重なっている。宗教はこの対立を生み出した唯一の原因ではない。しかし宗教がこの土地は神聖であり、譲ることができないという絶対的意味を土地に与えると、通常の領土交渉以上に妥協が難しくなる。

7.近い宗教だから争う

三宗教の対立を理解する上で、これはかなり重要な視点である。仏教とユダヤ教は神学的には非常に違う。しかし両者の間では、アブラハムの正統な後継者は誰かイエスはメシアかムハンマドは最後の預言者かといった争いは起こらない。そもそも同じ宗教的遺産の所有権を争っていないからである。ところがユダヤ教、キリスト教、イスラム教は、同じアブラハム、同じモーセ、同じ聖書的人物、同じ唯一神、そして同じエルサレムをめぐって、それぞれ異なる物語を語っている。だからこそ違いが重要になる。これは宗教学でしばしば指摘される近接性が対立を強めるという現象である。

8.アブラハムは和解の象徴にもなり得る

しかし、ここには逆の可能性もある。三宗教が同じアブラハムを祖として認めるなら、我々は三つの完全に別々の文明ではなく、同じ宗教文明から枝分かれした親族なのではないかという考え方も可能だからである。実際、アブラハム系宗教(Abrahamic religions)という表現には、この共通性を強調する意味がある。したがって三宗教の歴史を一本の大きな流れとして見ると、興味深い逆説が見えてくる。アブラハムという共通の父を持つから平和になったのではなく、同じ父の遺産を誰が正しく継承したかを争ったため、かえって激しく対立した。しかし、その共通の父を再発見することが、逆に和解の思想的基盤にもなり得る。これはエルサレムという都市にも当てはまる。エルサレムは三宗教が奪い合う一つの聖地と見ることもできるが、反対に、三宗教が同じ宗教的祖先を持っていることを世界で最も鮮明に示している場所と見ることもできる。

宗教の争いを超えて

宗教は人類により大きな争いをもたらすための発明なのだろうか。歴史的には、宗教は争いを起こすために発明されたとまでは言えないが、人間が争う際、それを通常の利害対立から絶対に譲れない争いへ変えてしまう強力な装置になり得るのではないだろうか。

1.宗教は何のために生まれたのか

宗教は誰かが一度に発明したものではない。人類学的に見れば、死者の埋葬、祖先崇拝、自然への畏怖、精霊信仰、儀礼などが非常に古い時代から存在した。おそらく宗教には、死への恐怖を処理すること、自然災害や病気など理解できない現象を説明すること、共同体を結束させること、善悪の規範を共有することなど、複数の起源があった。したがって宗教の原点を戦争を起こすための発明と見る根拠は乏しい。しかし、ここから重要な逆説が始まる。

2.統合と排除

宗教の非常に強力な機能は、血縁を超えて多数の人間を一つの共同体にまとめることである。見知らぬ人同士でも、我々は同じ神を信じる、同じ聖典を信じる、同じ儀礼を行うという理由によって仲間になれる。これは巨大社会を形成する上で大きな力を持った。ところが、我々を強力に作る仕組は、同時に我々ではない人々を作る仕組にもなる。信者と異教徒、正統と異端、救われる者と救われない者という境界が生まれるからである。宗教の統合能力と排除能力は、いわば表裏一体なのである。

3.最大の危険は絶対化

領土争いなら妥協できる。半分ずつ分けようという解決があり得る。経済紛争なら、価格をこの水準にしようという交渉ができる。しかし、神がこの土地を我々に与えたとなると事情が変わる。相手に半分譲ることが単なる政治的妥協ではなく、神への裏切りになる。ここに宗教紛争の危険な特徴がある。人間同士の相対的な利害対立を、善と悪、真理と虚偽、神聖と冒瀆という絶対的対立へ変換できてしまう。エルサレムがその典型である。

4.死を超える報酬

普通、人間にとって最大の抑止力の一つは死である。しかし宗教によっては、現世より死後の世界を上位に置く思想を持つ場合がある。それ自体は死への恐怖を和らげる思想でもあるが、政治権力や過激な運動がこれを利用すると危険な方向にも作用する。現世で死んでも、より高次の価値が実現されるという確信を与えれば、通常の損得計算では説明できない自己犠牲を動員できるからである。ただしこれは特定宗教だけの問題ではない。近代の民族主義や革命思想も、祖国のために死ぬ、革命のために死ぬという同様の構造を作り出した。ここに非常に重要な手掛かりがある。

5.実は問題は宗教だけではない

20世紀を見ると、宗教を否定した国家や思想も巨大な暴力を生み出した。ナチズム、スターリン主義、毛沢東時代の政治運動などを考えれば、宗教をなくせば人類から大規模な暴力がなくなるとは到底いえない。民族、人種、階級、国家、革命、指導者、更には政治思想が神の代用品になり得るからである。人間には、自分たちは絶対に正しい、我々には特別な使命がある、敵は悪である、より大きな目的のためなら犠牲は許されるという物語を作る能力がある。宗教はその最古かつ最も強力な形態の一つなのであって、唯一の形態ではない。

6.宗教は人類にとって害か

宗教は戦争を正当化してきた一方で、暴力を抑制する倫理も生み出してきた。殺すな、隣人を愛せ、敵を赦せ、慈悲を示せ、貧者を救えといった規範もまた宗教から強力に発信されてきた。病院、救貧、教育、慈善活動などにも宗教共同体は歴史的に大きな役割を果たした。ガンディー、マーティン・ルーサー・キング・ジュニアなどの非暴力思想にも宗教的確信が深く関係している。したがって宗教には、人間に他者を殺させる力と、他者のために自分を犠牲にさせる力の両方がある。同じ自分を超えたものを信じる能力から、その両方が生まれ得る。

7.宗教より根源的な問題

したがって問いをもう一段深くすると、問題は、なぜ宗教は争いを生むのかではなく、なぜ人間は、自分たちの集団や価値を絶対化し、そのためなら他者を排除してよいと考えるのかとなる。宗教を廃止しても、人間が国家、民族、人種、階級、政治思想を絶対化すれば同じ構造は再現される。逆に宗教が存在していても、自分の信仰は絶対的に大切である。しかし、他者が別の信仰を持つ権利も認めるという社会制度を作れば、共存は可能になる。近代社会が政教分離、信教の自由、法の支配などを発達させてきた重要な理由もここにある。

8.宗教は人間を巨大集団にする発明

宗教を人類史という非常に長い時間軸から見るなら、宗教は人類に争いをもたらすための発明ではなく、血縁を超えて見知らぬ多数の人間を同じ物語のもとに結びつける仕組として発達した。しかし、人間を強力に結束させる能力が、別の物語を信じる人間を敵として排除する能力にも転化した。だから宗教の最大の功績と最大の危険は、実は同じところにある。何百万人もの見知らぬ人間に、我々は同じ仲間である、と信じさせる力である。そしてこれは宗教だけの問題ではない。国家も民族も政治思想も同じ力を持つ。人類にとって本当に危険なのは神を信じることそのものではなく、自分たちの物語だけを絶対化し、それを共有しない人間の生命や尊厳より上位に置いてしまうことである。

産業と投資に関する考察

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