Raffaello segreto
Dal mistero della Fornarina alle Stanze Vaticane
2015年(日本語版2019年)刊
Costantino D’Orazio著
著者とラファエッロの経歴
コスタンティーノ・ドラッツィオは1974年ローマ生まれのイタリアの美術史家、作家である。現代美術のインスタレーションにも携わり、イタリア国営放送をはじめテレビ、ラジオ、新聞、雑誌などを通じて一般の人々に美術史を伝える活動を続けてきた。カラヴァッジョの秘密、レオナルド・ダ・ヴィンチの秘密、ラファエッロの秘密など、巨匠の人生と作品を秘密という視点から読み解く著作で広く知られている。ドラッツィオの特徴は、作品の様式や技法だけを専門的に論じるのではなく、画家の性格、人間関係、恋愛、競争、政治、注文主との関係などを作品と結びつける点にある。
ラファエッロ・サンツィオ(Raffaello Sanzio)は1483年、イタリア中部のウルビーノに生まれた。父ジョヴァンニ・サンティも画家であり、幼いラファエッロは宮廷文化と芸術に囲まれて育った。早くに両親を失ったが、画家として急速に頭角を現し、ペルジーノの芸術から多くを学んだ。その後フィレンツェに進出し、レオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロの作品から人体表現、構図、動勢などを吸収した。しかしラファエッロは単なる模倣者にはならず、レオナルドの柔らかな人物表現とミケランジェロの力強い人体表現を自らの均衡感覚の中に統合していった。1508年頃にローマへ招かれると、教皇ユリウス2世、続いてレオ10世の庇護を受け、ヴァチカン宮殿のラファエッロの間の装飾という巨大事業を任された。アテネの学堂をはじめとする作品によって名声を確立し、画家だけでなく建築家、古代遺跡の研究・保存に関わる文化人としても活躍した。1520年、わずか37歳でローマに没した。その短い生涯にもかかわらず、ラファエッロはレオナルド、ミケランジェロと並ぶ盛期ルネサンス最大の巨匠となった。
本書の内容
1.神童はどのように誕生したのか
本書の出発点は、なぜラファエッロがわずか37年間の人生で西洋美術史を代表する存在になれたのかという疑問である。ドラッツィオは、その理由を単純に天才だったからとは説明しない。ラファエッロには優れた観察力、他者から学ぶ柔軟性、人間関係を築く能力、時代の流れを読む感覚があったと考える。父が画家であったこと、ウルビーノという洗練された宮廷都市に生まれたことも重要である。幼い時代から芸術が単なる職人仕事ではなく、権力者や知識人と結びついた高度な文化活動であることを理解できる環境にいたのである。
2.他人から学ぶことを恐れなかった天才
ラファエッロの最大の特徴の一つとして本書が強調するのが、模倣する能力である。彼はペルジーノから学び、フィレンツェではレオナルドを研究し、更にミケランジェロの人体表現を貪欲に吸収した。普通の画家であれば、偉大な先人の影響を受けることは個性を失う危険を意味する。しかしラファエッロの場合、他人の優れた要素を吸収するほど自らの芸術が豊かになった。レオナルドの人物配置、柔らかな表情、自然な身体の関係を学びながら、それをより明晰で調和の取れた画面へと変えていく。ここにドラッツィオが見るラファエッロの本質がある。天才とは無から独創的なものを作る人間だけではない。過去と現在の優れたものを見抜き、それらを自分自身の言語へと変換できる人間もまた天才なのである。
3.レオナルドとミケランジェロ
ラファエッロが活動した時代には、すでにレオナルドとミケランジェロという巨大な才能が存在していた。普通なら若い画家にとって圧倒的な障壁となる。しかしラファエッロは彼らを恐れるのではなく、研究対象として利用した。特にミケランジェロとの関係は本書の重要な軸である。二人の性格は対照的であった。ミケランジェロが孤独で激しく、他者との衝突を繰り返す芸術家であったのに対し、ラファエッロは社交的で、人々との関係を巧みに築いた。しかし芸術上では激しい競争関係にあった。ヴァチカンでラファエッロが署名の間を制作する一方、近くのシスティーナ礼拝堂ではミケランジェロが天井画を描いていた。二人の巨匠が同じ場所でほぼ同時に制作していたことは、盛期ルネサンスを象徴する出来事であった。
4.アテネの学堂に隠された人物たち
本書で特に興味深く扱われる作品がアテネの学堂である。一見すれば古代ギリシアの哲学者たちを描いた壮大な歴史画である。しかしドラッツィオは、そこにラファエッロ自身が生きたルネサンス社会の人間関係が投影されていることに注目する。中央のプラトンは一般にレオナルド・ダ・ヴィンチを思わせる姿で描かれ、孤独に座るヘラクレイトスにはミケランジェロの面影が認められる。またラファエッロ自身も画面の一角からこちらを見る人物として登場する。したがってアテネの学堂は古代哲学の賛美であると同時に、古代ギリシアとルネサンスの天才たちを重ね合わせた巨大な知的肖像画でもある。ラファエッロは古代を再現したのではなく、古代の理想が自分たちの時代に復活したことを表現したのである。
5.教皇庁という巨大な舞台
ローマに移ったラファエッロにとって最大の転機は、ヴァチカンでの仕事であった。教皇ユリウス2世は美術を宗教的装飾だけでなく、教皇権とローマの威信を示す政治的手段として利用していた。ラファエッロはこの巨大なプロジェクトの中で才能を発揮する。ここで必要とされたのは、一枚の美しい絵を描く能力だけではない。神学、哲学、古代史、政治思想を理解し、多数の助手を組織し、大規模な壁面を統一的な思想によって構成する能力であった。この経験によってラファエッロは一人の若い画家から、巨大な工房を率いる総合芸術家へと変貌していった。
6.成功する芸術家の姿
本書が描くラファエッロは、貧困や孤独に苦しむ芸術家ではない。彼は成功し、富を得て、社会的地位を高め、教皇や枢機卿、知識人、貴族と交流した。ここはミケランジェロとの重要な違いである。ラファエッロは芸術家が社会の中で成功することを肯定していた。優れた作品を作るだけでなく、注文主の要求を理解し、助手を組織し、仕事を獲得し、自分自身の名声を高めていった。この意味でラファエッロは、近代的な意味での成功した芸術家の先駆者でもあった。
7.フォルナリーナと愛の謎
本書の題名にある秘密を象徴する存在がフォルナリーナである。半裸の若い女性を描いたこの肖像は、ラファエッロの私生活をめぐる最大の謎の一つとなっている。伝説では、この女性はパン職人の娘マルゲリータ・ルーティで、ラファエッロが熱烈に愛した女性だったとされる。しかし史料によって完全に証明できるわけではない。ドラッツィオは史実と後世に形成された伝説を交差させながら、なぜフォルナリーナがこれほど強烈にラファエッロの恋愛と結びつけられてきたのかを探っていく。女性の腕にはウルビーノのラファエッロを意味する署名が記された腕輪がある。作品が画家と女性との特別な関係を暗示している。
8.ヴィラ・ファルネジーナと愛の館
ラファエッロの官能性と古典世界への憧れが融合した場所として、本書ではローマのヴィラ・ファルネジーナが重要な意味を持つ。ここで描かれたガラテアの勝利やクピドとプシュケの物語には、キリスト教世界の宗教画とは異なる、肉体、恋愛、神話、快楽の世界が広がっている。ドラッツィオはこうした作品を通して、ラファエッロを単に調和と優美の画家として理解することの限界を示す。彼の作品には、知性だけでなく官能性があり、宗教だけでなく愛と欲望があり、古典的秩序の背後には非常に人間的な情熱が存在していた。
9.画家から総合的文化人へ
晩年のラファエッロは絵画だけにとどまらず、建築、都市計画、古代ローマの遺跡研究へと活動を広げた。ブラマンテの死後にはサン・ピエトロ大聖堂の建築にも関与し、古代ローマの建造物を調査・保存する構想にも携わった。この点で本書が描く晩年のラファエッロは、もはや単なる画家ではない。古代文明を研究し、それをルネサンスの新しい文化へと再生させようとする総合的な知識人である。ラファエッロにとって古代とは模倣する対象ではなかった。古代を理解し、その原理を自らの時代に蘇らせることこそ、ルネサンス芸術の使命だった。
10.死と完成された伝説
1520年、ラファエッロは37歳という若さで急死した。死因についてはさまざまな説があり、ヴァザーリによって伝えられた過度な性愛に原因を求める逸話も有名であるが、確実な事実として扱うことには慎重でなければならない。しかしドラッツィオが重視するのは、死因そのものよりも、その死によってラファエッロという伝説が完成したことである。若く、美しく、社交的で、女性に愛され、教皇に重用され、巨万の成功を収めながら、芸術家として絶頂期に突然死亡する。更に彼はローマ古代建築の象徴であるパンテオンに葬られた。こうしてラファエッロは一人の歴史的人物から、ルネサンスを象徴する存在へと変わっていった。
本書が言いたかったこと
ラファエッロの偉大さを生まれつきの天才という一語だけで説明してはならない。彼の真の才能は、他者から学ぶことを恐れなかった点にあった。ペルジーノから学び、レオナルドを研究し、ミケランジェロを観察し、古代ローマを吸収した。しかし、そのだれにも支配されなかった。異なる才能や伝統を自分の内部で統合し、より調和した新しい芸術へ変換した。更にラファエッロは、人間関係や社会を芸術活動の一部として理解していた。注文主と良好な関係を築き、巨大な工房を運営し、政治と宗教の中心である教皇庁の要求を理解しながら、自らの芸術的理想を実現していった。その意味でラファエッロは、孤独の中から作品を生み出す天才ではない。人間、社会、歴史、古代文化、同時代のライバルから絶えず何かを吸収し、それらを結び合わせることによって創造する天才であった。そして本書が秘密と呼ぶものは、単なる暗号や逸話ではない。フォルナリーナの女性は誰なのか、アテネの学堂になぜ同時代人が描かれているのか、なぜミケランジェロとの競争が作品に反映されているのかを追究していくと、作品の背後に一人の生身の人間が浮かび上がってくる。ラファエッロの絵画が500年を経ても魅力を失わない理由は、完璧な美しさだけにあるのではない。その美の背後に、競争心、好奇心、野心、愛情、性愛、名誉への欲望、他者への尊敬という極めて人間的な感情が存在しているからである。ドラッツィオは、完成された古典美の巨匠という像からラファエッロを解放し、成功を求め、恋をし、競争し、学び続けた一人の人間として蘇らせようとした。
