人口動向が国家動向を左右する
出生率と人口統計は、景気や政権交代よりも遅く、しかし確実に国家の選択肢を絞り込む地殻変動の原動力である。人口は単なる数ではなく、教育・家族構造・世代構成がつくる社会の深層である。そこから国家の統治様式、対外姿勢、同盟運用の癖が立ち上がる。しかも今日、世界の過半の国が置換水準(概ね2.1)を下回り、少子高齢化が例外から標準に変わりつつある。世界の多数の国が置換水準を下回る中、地政学の争点は、領土や通商だけでなく、労働力・扶養負担・国家維持のコストをめぐる国家の持久力へ移る。次の10年、勝つ国は人口が増える国ではなく、人口が減っても国家能力を落とさず、同盟と技術と政策で不足分を埋める国である。
国別人口動向と国家動向
1.日本
日本は人口縮小が国家運用の細部を決める国になる。日本は、人口そのものが減るだけでなく、労働・税・社会保障・地方維持のすべてが同時に細る局面を生きる。社会保障・人口の推計でも、人口は2030年に1億1,600万人へ低下していく見通しである。次の10年の地政学上の要点は、外で勝つ前に、内の持久力を確保することである。防衛・製造・インフラの維持に必要な人員と技能をどう繋ぐか、同盟運用(対米・対欧)を人手不足前提でどこまで継続できるかが勝負となる。移民・高度人材の取り込みは、経済政策である以上に安全保障の基盤整備となり、地方の縮退は国土の空白を生むため、港湾・空港・通信・電力の要所だけは国家として守る選別を進める必要がある。
2.ドイツ
ドイツは労働力の穴を移民と産業転換で埋めるが、政治は割れ続ける。欧州最大の工業国であるドイツは、人口動態そのものは伸びにくい一方、移民と就業率で産業基盤を維持してきた。次の10年は、対ロ抑止と対中デリスキング進行が、国内の分配と統合の摩擦を増幅しやすい。EU全体で見ても人口は2026年頃にピークを迎え、その後は漸減へ向かう。結果としてドイツは、防衛の再構築を進めながらも、国民的同意の形成が最も難しい国家のひとつとなり、欧州のエンジンであると同時に政治の弱点にもなり得る。
3.フランス
フランスは相対的に若いが、統合の摩擦が地政学の機動性を縛る。フランスは欧州の中では相対的に出生が底堅いと見られてきたが、欧州全体の少子化・高齢化の潮流からは逃れられない。次の10年、フランスは対外的には欧州の戦略自律(防衛・原子力・アフリカ関与)を語り続ける一方、国内では移民・治安・宗教的緊張が動員力を内側から削る。地政学の射程は長いが、国内統合のコストがその射程の実効性を左右する国になる。
4.イタリア
イタリアは高齢化が国家財政と政治の不安定さを増幅させる。イタリアは欧州の中でも高齢化圧力が重く、年金・医療・地方維持の負担が財政を縛る。EUは人口が中長期で減り、扶養負担が増す構造を前提に議論している。次の10年、イタリアは財政の制約・成長の鈍化・政治の流動化が循環しやすく、対外的には地中海(移民・エネルギー・北アフリカ)での火消し役が増える。国力の劇的低下というより、余力の不足が慢性化する。
5.ロシア
ロシアは人口の弱さを国家動員で相殺しようとするが、持久戦に限界が出る。ロシアは出生減と死亡増の組み合わせで人口の自然減が続き、近年の出生の落ち込みは新たな局面をもたらしている。次の10年のロシア地政学は、人口動態の弱さを、資源輸出・軍事・国内統制で埋め合わせる路線を続けようとしている。しかし若年層の細りは、兵員・技能労働・技術者の供給を同時に削るため、長期の動員はコスト高になる。周辺国にとっては、ロシアが強い大国より不安定で粘る大国として現れ、局地的エスカレーションのリスクが消えにくい。
6.米国
米国は出生率低下を移民で補えるかが、覇権のエンジンを決める。米国も出生率低下から自由ではなく、移民政策が人口・労働力の見通しを直接左右する。米議会予算局見通しとして、移民がなければ2030年ごろから自然減になり得ると報じられている。次の10年の地政学的帰結は二つである。第一に、移民が維持されれば、主要先進国の中で相対的に若さを保ち、軍事・技術・市場規模の厚みを維持しやすい。第二に、移民が政治争点化し続ければ、国内分断が外交の一貫性を削り、同盟国は米国の継続性より、米国の振れ幅に備える必要が増す。米国は外に強いが、内の合意形成が地政学の速度制限になる。
7.中国
中国は人口減少が規模の成長モデルを終わらせ、対外姿勢を硬くする。中国は人口減少局面に入り、人口が3年連続で減ったことが報じられている。 また国連の出生動向では、中国は極端に低い出生水準の国の一つとして挙げられる。次の10年、中国は内政的には不動産・地方財政・年金の再設計に追われ、外政的には技術・資源・海上交通路をめぐる競争で譲歩しにくくなる。若年層の比率低下は、冒険主義を抑える面と、体制の正統性維持のため外部に緊張を求める面の両方を持つ。結果として中国は、経済の柔軟性が落ちるほど、地政学の確保(周辺海域・供給網・対米競争)へ比重が移りやすい。
8.サウジアラビア
サウジアラビアは若さの余熱を改革に変えられるかが地域覇権を決める。中東は一枚岩ではない。湾岸は急速な近代化と都市化の中で出生が低下し、世界的な少子化トレンドの一部として扱われる。次の10年、サウジは脱石油と若年雇用創出を同時に進め、成功すれば投資・エネルギー・宗教権威を束ねた地域の中核として立つ。失速すれば、若年層の不満と財政負担が安全保障コストを押し上げる。人口動態は、地域覇権の燃料にも火種にもなる。
9.UAE(湾岸の典型)
UAEは出生低下と外国人労働力が国家の形を二重化する。UAEの出生率は低い水準にある。次の10年、湾岸の地政学は国民人口は小さく、経済人口は大きいという二重構造が更に進む。安全保障は米欧との連携と高度装備に依存し、国内の社会統合は国民と在留外国人の分離が前提になる。この構造は平時には強いが、地域危機が高まるほど脆さも増す。
10.イラン
イランは出生低下の後に来る社会の締め付けと、地域競争が同居する。中東全体で出生率は長期的に低下してきている。次の10年のイランは、若年人口の厚みが徐々に薄れ、経済制裁・通貨不安・社会統制のコストが相対的に重くなる。他方で、地域の安全保障競争(湾岸、イスラエル、代理勢力)では譲歩しにくく、内政の圧力が外政の硬直を促す形になりやすい。
11.イスラエル
イスラエルは人口の相対的厚みが国家の持久力を支えるが、摩擦も増幅する。イスラエルは先進国の中では相対的に出生が高い側にあり、地域での動員力・社会の回復力を支えやすい。次の10年、人口の厚みは安全保障面での持久力になる一方、国内の多様な共同体(世代間、宗教、ユダヤ系内の差異等)の摩擦も政治課題として残る。地政学的には、人口動態の強さが長期競争の耐久性を生むタイプの国家である。
12.トルコ
トルコは少子化で若さの外交が鈍り、経済の質が地政学を決める。トルコは地政学上の要衝だが、出生低下は例外ではない。次の10年、黒海・中東・欧州の結節点としての価値は高いままでも、内政の分断、インフレ、難民統合の負担が機動性を削る。人口の勢いで押す時代から、産業・通貨・制度の信認で押す時代へ移る。
13.インド
インドは人口ボーナスの後半戦で、勝敗は雇用創出と国家能力にかかる。世界的に出生が落ちる中で、インドも出生率が置換水準を下回る方向が示されている。次の10年のインド地政学は、人口規模そのものより若年層を技能化し、都市インフラと製造・サービス雇用に接続できるかにかかる。成功すれば米中間の戦略空間で存在感を増し、失敗すれば若さが社会不安の種となる。人口が資産になるか負債になるかを分ける10年である。
14.韓国
韓国は出生率の極端な低さが、国力の時間割を早める。国連の報告では韓国は極端に低い出生水準の国として明示され、OECDも低出生の構造問題を詳細に扱っている。次の10年、韓国は技術・防衛・文化の強さを持ちながら、兵役・労働・社会保障の同時制約が強まる。対北抑止と対中経済の綱引きは続くが、人口動態は長期の持久戦より高密度な技術優位で勝ち筋を作る方向へ国家を押す。
15.ベトナム
ベトナムは少子化への転換が早く、製造拠点の伸びと同時に高齢化の影が忍び寄る。ベトナムは出生低下への危機感から政策を転換しており、出生率低下が報じられている。次の10年、地政学上は中国+1の製造拠点として存在感を増す一方、都市部の低出生と高齢化が早くも政策課題になる。国力の上昇局面にありながら、同時に老いの準備も迫られるという二重課題を抱える。
16.インドネシア
インドネシアは人口規模の強みを、海洋国家の統治能力へ変換できるかが鍵となる。東南アジアは国により差はあるが、世界的な出生低下の流れに組み込まれている。次の10年、インドネシアは人口規模と海上交通路の要衝性で地政学価値を高めうるが、課題は統治の質である。首都移転、電力・港湾・教育・治安を整え、人口を国家能力へ変換できれば強い。できなければ、人口は分散国家の運営コストとして重くのしかかる。
