ピカソ 70年にわたる素描の軌跡


Picasso Seven Decades of Drawing

2022年刊
Olivier Berggruen、Christine Pogg他編著

著者とピカソの経歴

本書の中心的編者であるオリヴィエ・ベルグリューンは、ドイツ系アメリカ人の美術史家・キュレーターであり、20世紀美術、とりわけ近代ヨーロッパ美術の研究者として知られている。彼はニューヨークを拠点に活動し、多くの展覧会企画に携わってきた。本書のもととなった展覧会の企画監修を務め、ピカソの素描を独立した芸術として再評価する役割を果たした。共同執筆者のクリスティーヌ・ポッジは、ニューヨーク大学美術研究所教授であり、キュビスムや未来派研究の第一人者として国際的評価を受けている。

ピカソは1881年にスペインのマラガに生まれた。幼少期から卓越した描写能力を示し、美術教師であった父親の指導のもとで古典的なデッサン技術を身につけた。その後、青の時代、バラ色の時代、キュビスム、新古典主義、シュルレアリスム的実験など次々と作風を変化させながら20世紀美術を牽引した。絵画、版画、彫刻、陶芸など多分野で活動したが、その創作活動の根底には常に描くことが存在していた。ピカソにとって素描とは単なる下絵ではなく、思考を可視化する創造の中心的行為であった。

本書の内容

1.素描はすべての創作の出発点

本書が最初に示すのは、ピカソにとって素描が芸術活動の基盤であったという事実である。彼は少年時代から紙と鉛筆を手放さず、生涯を通じてあらゆる発想をまず線によって試みた。油彩や彫刻の制作に先立って描かれた無数のスケッチは、完成作品に劣る準備作業ではなく、創造の最前線であった。

2.青の時代からキュビスムへの変貌

20世紀初頭の作品では、貧困や孤独を主題とした青の時代の繊細な線描が紹介される。その後、1907年前後になると人体表現は急速に単純化・幾何学化し、アヴィニョンの娘たちへ至る造形的革命の過程が素描を通じて追跡される。本書は、キュビスムの誕生が突然の発明ではなく、膨大な試行錯誤の積み重ねによって成立したことを明らかにしている。

3.女性像を通じて辿る様式の変遷

本書の重要なテーマの一つが女性像である。フェルナンド・オリヴィエ、オルガ・ホフロワ、ドラ・マール、フランソワーズ・ジローなど、人生の各時期の伴侶や恋人たちは、同時に彼の芸術様式の変化を映し出す存在でもあった。古典的な女性像、キュビスム的分解、シュルレアリスム的変形、晩年の官能的な描写へと変化していく過程が、一本の線の変化として読み取れる。

4.素材と技法の無限の実験

ピカソは鉛筆だけにとどまらず、木炭、色鉛筆、パステル、水彩、インク、コラージュなどあらゆる素材を用いた。本書には、それら異なる技法によって生み出された作品が時系列に配置されており、素材が表現の一部として機能していたことが示される。彼は線を描くという単純な行為を、絶えず新しい視覚言語へと変換し続けた。

5.完成作品を超える独立した芸術

本書に収録された多くの作品は、油彩作品のための習作ではなく、素描が完成作品として成立している。わずかな線だけで人物の性格や空間の緊張感を表現する能力は、ピカソの最も驚異的な才能の一つとして紹介されている。

本書が言いたかったこと

ピカソの革新性は奇抜な様式変化にあったのではなく、それを可能にした描く力にあった。彼の芸術はしばしばキュビスムや前衛芸術という言葉で語られるが、その根底には古典的訓練によって培われた卓越したデッサン能力が存在していた。ピカソは線を使って世界を観察し、理解し、再構成し続けたのであり、素描とは彼にとって思考し創造するための最も根源的な言語だった。本書は、20世紀最大の革新者の本質が、実は最も基本的な線を引く行為の中に存在していたことを示している。

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