ピカソ
1964年刊
飯田善國著
飯田善國の経歴
飯田善國(1923–2006年)は、日本を代表する彫刻家である。東京美術学校(現在の東京藝術大学)で彫刻を学び、戦後日本の現代美術界を代表する作家として活躍した。抽象彫刻の分野で国際的評価を受ける一方、美術評論家としても優れた業績を残した。本書も学術的な伝記というより、創作者の視点からピカソの芸術精神を読み解こうとする。作品の技法や様式変遷だけではなく、なぜピカソは創造し続けたのかという根源的な問いに迫ろうとしている。
本書の内容
1.ピカソという前例のない存在
本書はまず、20世紀美術史においてピカソが占める特別な位置を明らかにする。ピカソ以前にも偉大な画家は数多く存在した。しかしピカソほど既存の芸術の枠組みを次々に破壊し、新しい表現を生み出した芸術家はいなかった。彼は単なる画家ではなく、美術の歴史を変えてしまった存在である。
2.少年時代と天才の萌芽
ピカソは幼少期から驚異的な描写力を示した。父親も画家であり、早くから絵画教育を受けた彼は、十代の頃には既に職業画家として通用する技術を身につけていた。しかし、ピカソの本質は技巧の巧みさではなく、既成概念に満足しない精神にあった。若い頃から彼はもっと別の見方はないかと問い続けていた。
3.青の時代と人間への共感
1901年頃から始まる青の時代では、貧困者や孤独な人々が多く描かれる。全体を覆う青色は悲しみや孤独を象徴し、人間存在の苦しみを静かに語っている。著者は、この時期の作品にピカソの人間理解の深さを見る。後年の革新的な実験ばかりが注目されるが、その根底には常に人間への強い関心が存在していた。
4.キュビスム革命
本書の中心部分はキュビスムの成立に割かれている。ピカソとブラックは、それまでの絵画が前提としていた遠近法や単一視点を解体した。対象を複数の方向から同時に捉え、一つの画面に統合することで、新しい空間表現を創造した。飯田はこれを単なる技法革新ではなく、見るという行為の革命と捉える。
5.絶えざる変身
著者が最も重視するのは、ピカソが一つの様式に安住しなかった点である。多くの芸術家は成功した様式を繰り返す。しかしピカソは自ら築いた様式さえ破壊し、新たな表現へ進んでいった。古典主義的作品を描いたかと思えば、シュルレアリスム的表現へ移り、陶芸や彫刻へも挑戦する。その変化の激しさこそがピカソ芸術の本質である。
6.ゲルニカと時代への応答
1937年の代表作ゲルニカは、本書の重要な分析対象である。スペイン内戦中のゲルニカ爆撃を題材としたこの作品は、単なる政治的ポスターではない。そこには戦争によって破壊される人間の苦しみと怒りが普遍的な象徴として描かれている。著者は、ゲルニカを20世紀の悲劇を代表する作品として高く評価する。
7.晩年の創造力
一般に晩年のピカソは若い頃ほど評価されていない。しかし飯田は、晩年作品にこそ驚異的な生命力を見る。九十歳近くになっても新しい表現への意欲を失わず、膨大な作品を制作し続けた。著者は、その姿勢を芸術家としての理想的な生き方の一つとして描いている。
8.創造とは何か
本書は単なる伝記ではなく、創造の本質について考察する書である。ピカソは技術や理論によって偉大になったのではない。未知のものへ向かう勇気と、過去の自分さえ否定する自由な精神によって偉大になった。その意味でピカソは、創造的人間の象徴である。
本書が言いたかったこと
ピカソの偉大さは特定の作品や様式にあるのではなく、生涯を通じて変化し続けた創造精神にある。彼は天才的な技術を持っていたが、それ以上に重要だったのは、常に未知へ挑戦し、自ら築いた成功さえ壊しながら前進した姿勢であった。キュビスムもゲルニカも、その精神が生み出した一つの結果にすぎない。著者はピカソを単なる美術史上の巨匠としてではなく、創造とは何かを体現した存在として捉えている。そして人間が真に創造的であるためには、過去の成功や固定観念に縛られず、新しい可能性へ向かい続けなければならない。
見えない彫刻(1977年)
彫刻とは物体ではなく空間である
飯田善國の彫刻思想を理解するための中心的著作である。通常、彫刻とは石、木、金属などによって作られた立体物だと考えられる。しかし飯田にとって重要なのは物体そのものではなく、それによって周囲の空間がどのように変化するかであった。彫刻の内部と外部、物質と空虚、光と影、見る人間の位置や移動などが相互に作用して、初めて作品が成立する。したがって彫刻には、眼に見える金属や石だけでなく、その周囲に生み出される見えない彫刻が存在する。これは彼自身のステンレス彫刻やモビールとも深く関係している。彫刻を独立した物体から解放し、人間・物質・光・時間・空間の関係によって成立する出来事として捉え直した、飯田の彫刻論の原点ともいえる評論集である。
震える空間(1981年)
彫刻によって空間を動かす
見えない彫刻で提示された問題を更に展開し、彫刻と空間の関係を考察した評論・エッセイ集である。飯田にとって空間は、作品を置くための空っぽの容器ではない。彫刻が置かれれば、周囲の光、建築、風景、人間の身体との間に緊張関係が生じ、それまで静止していた空間が動き始める。特に飯田の金属彫刻では、磨かれた表面に周囲の景色や人間が映り込み、見る者が移動するにつれて作品も異なる姿を現す。作品と鑑賞者を完全に分離することはできない。震えるとは物理的運動だけでなく、知覚によって空間が絶えず変化することを意味する。彫刻とは空間を占有する物体ではなく、周囲の世界を変化させ、鑑賞者自身をその変化へ巻き込む装置であるという飯田の造形思想を示した重要著作である。
ラッセル広場の空(1982年)
都市を歩く彫刻家の眼
ヨーロッパで長く生活した飯田が、都市、建築、彫刻、自然、人間について考えた評論・随筆集である。題名のラッセル広場はロンドンの都市空間を想起させるが、飯田が関心を持つのは建物だけではなく、建物と建物の間に生まれる空、広場、光、人間の動きである。彫刻家の眼から見ると、都市全体が巨大な造形空間となる。ヨーロッパでは彫刻やモニュメントが広場や建築と結びつき、人間の生活空間を形成してきた。飯田はそうした経験を日本の都市環境とも比較しながら、公共空間における彫刻の意味を考える。彫刻を美術館内部の作品としてではなく、都市、建築、自然、人間の生活を結びつける存在として捉え、彫刻家が世界をどのように見るのかを示した思索的エッセイ集である。
飯田善國・ミラーモビール(1987年)
光と風景を彫刻の内部へ取り込む
飯田の代表的なミラー・モビールを中心に、その造形思想を作品と文章によって示した作品集である。鏡面状に磨かれたステンレスは、石やブロンズのように閉じた物質として存在するのではなく、空、雲、建物、樹木、通行する人間など周囲の世界を表面に映し込む。見る人が移動し、太陽の位置や天候が変化すれば、同じ彫刻でもまったく異なる姿を現す。したがって作品は完成した瞬間に固定されるのではなく、環境との関係によって絶えず作り直される。飯田が見えない彫刻、震える空間で論じた思想が、実際の作品として最も明快に理解できる。彫刻とは物質を造形するだけでなく、光、時間、風景、鑑賞者を作品へ取り込み、周囲の世界を変化させる芸術であることを示した作品集である。
彫刻家-創造への出発(1991年)
芸術家はどのように生まれるのか
飯田自身の成長と創作経験を背景に、彫刻家になるとはどういうことかを分かりやすく語った書籍である。慶應義塾大学で美学美術史を学び、更に東京藝術大学で絵画を学び、ヨーロッパへ渡った飯田は、最初から彫刻家になることを決めていた訳ではなかった。ローマ、ウィーン、ベルリンなどで芸術家や作品と出会い、制作を続ける中で、自分自身の表現を発見していく。本書で重要なのは、芸術家を特殊な天才として神秘化しないことである。創造とは、既に答えを持って制作することではなく、素材や他者、異文化との出会いによって自分自身が変化する過程である。芸術とは完成された自己を表現することではなく、制作することによって未知の自己を発見していく行為である。本書は、飯田の創造観を自伝的経験から語った芸術論である。
彫刻の思想-1976〜1995(1995年)
飯田善國の彫刻思想の集大成
約20年間に書かれた彫刻論を集成した、飯田善國の美術思想を理解する上で最も重要な一冊である。飯田は彫刻を立体物を作る技術に限定せず、物質と空間、人間と自然、言葉と事物、都市と芸術などの関係から考察する。特に重要なのは、彫刻と社会との関係である。公共空間に置かれる彫刻は、美術館内部の作品とは異なり、建築、都市計画、通行する人間、自然環境などと関係を結ばなければならない。また飯田は、彫刻における時間性や、言葉と造形の間に存在する隙間にも関心を向ける。彫刻を物体から関係へ、造形から思想へと拡張しようとした飯田の約20年間の思索を集約した、代表的彫刻論集である。
