Picasso-Creator and Destroyer
1988年刊
Arianna Stassinopoulos Huffington著
アリアーナ・S・ハフィントンの経歴
アリアーナ・ハフィントンは、ギリシャ生まれの作家、評論家、ジャーナリストであり、後に世界的ニュースメディアThe Huffington Postの共同創設者として広く知られる。若くしてイギリスへ渡り、ケンブリッジ大学で学んだ後、政治・社会・文化をテーマに多数の著作を発表した。本書執筆当時のハフィントンは、既存のピカソ伝記が芸術的業績ばかりを称賛し、人間としての側面を十分に検証していないことに疑問を抱いていた。そこで膨大な証言や手紙、関係者の回想を調査し、芸術家としての偉大さと、一人の人間としての問題点の両面を描き出そうと試みた。本書は刊行当時、大きな反響と論争を呼んだ。
本書の内容
1.創造者であり破壊者であったピカソ
原題の創造者と破壊者が示すように、本書はピカソを単なる芸術の英雄としてではなく、創造と破壊という二つの側面を持つ人物として描いている。著者は、20世紀美術を変革した天才としてのピカソの功績を認めながらも、その周囲にいた人々の人生を深く傷つけた事実にも目を向けるべきだと主張する。本書全体は、芸術家としての偉大さと人間としての責任の間に存在する緊張関係を追究する構成になっている。
2.若きピカソと天才の形成
著者はまず、スペインの少年ピカソがいかにして芸術界の中心人物へと成長したかを描く。幼少期から並外れた才能を示したピカソは、父親から絵画教育を受け、若くしてバルセロナやパリの前衛芸術家たちと交流する。青の時代、バラ色の時代を経て、既存の絵画概念を根本から覆すキュビスムへと到達する過程が詳細に説明される。著者はこの部分ではピカソの才能を高く評価し、近代芸術史における革命的意義を認めている。
3.女性たちとの関係
本書で最も大きな比重を占めるのは、ピカソと女性たちとの関係である。ピカソの人生には多くの女性が登場する。フェルナンド・オリヴィエ、オルガ・コクロヴァ、マリー=テレーズ・ワルテル、ドラ・マール、フランソワーズ・ジロー、ジャクリーヌ・ロックなどである。著者は、それぞれの女性がピカソの創作活動に重要な役割を果たした一方で、多くが精神的苦痛や孤独を味わったと指摘する。ピカソは新しい恋愛対象を得るたびに以前の女性への関心を失い、その結果、多くの女性が深い傷を負った。
4.支配と依存の構造
著者によれば、ピカソは周囲の人間との関係において強い支配欲を持っていた。恋人や家族は彼の圧倒的な魅力に引き寄せられるが、次第に彼の世界の一部となり、自立性を失っていく。ピカソ自身は創作のために他者のエネルギーを吸収し続ける存在であり、その結果として周囲の人々は疲弊していった。著者はこれを単なる恋愛問題ではなく、天才の持つ特異な人格構造として考察している。
5.家族の悲劇
本書では子どもたちや孫たちの人生にも多くのページが割かれている。長男パウロの破滅的な人生、孫パブリートの自殺、複雑な家族関係などを通じて、ピカソの成功が必ずしも家族の幸福につながらなかったことが描かれる。著者は、世界中の人々から愛された芸術家が、最も身近な人々との関係において大きな問題を抱えていたという皮肉を浮かび上がらせる。
6.芸術と人格をどう評価するか
本書後半では、偉大な芸術作品を生み出した人物の人格は、どのように評価されるべきかという問題が論じられる。著者はピカソの芸術的功績を否定しない。しかしその偉業を理由に、人間的な欠点や他者への加害性を無視することにも反対する。芸術史が作り上げたピカソ神話を解体し、より複雑で現実的な人物像を提示しようとする。
7.神話の解体
最終的に本書は、20世紀最大の芸術家という偶像を壊し、その背後にいた一人の人間を描き出そうとする。そこに現れるのは、並外れた創造力を持ちながらも、自己中心的で、支配的で、多くの人々を苦しめた人物である。著者は、この二つの側面を切り離さずに理解することこそが、真のピカソ理解であると考えている。
本書が言いたかったこと
天才への崇拝が行き過ぎると、その人物の現実の姿を見失ってしまう。ピカソは間違いなく20世紀最高の芸術家の一人であり、その創造力は美術史を根本から変えた。しかし同時に彼は、多くの女性や家族を傷つけ、周囲の人々を消耗させた人物でもあった。著者は、その不都合な事実を無視してはならないと主張する。本書はピカソを否定するための本ではない。むしろ、偉大な芸術と人間的欠陥が同じ人物の中に共存しうるという複雑な真実を示そうとしている。
