光(フォトン)と人間の知覚

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光と宇宙・量子力学・生命・思考

光は人間にとって単に物を見るためのものではない。物理学的には電磁場の量子であるフォトン(光子)であり、宇宙の誕生と進化を伝える情報媒体であり、生命にエネルギーを供給し、人間の網膜では物理世界を神経情報へ変換する最初の入力となる。近年では、脳を含む生体が極微弱な光を放出する超微弱光子放出(いわゆるバイオフォトン)も研究されている。しかし、ここから思考そのものが光である意識は量子光学現象であると結論することは、未だ確定できていないが、魅力的テーマである。

フォトンとは何か

量子力学において、光は電磁場の量子化された励起(すなわちフォトン)として記述される。フォトンは一定量のエネルギーと運動量をもち、そのエネルギーは周波数に比例する。一方、干渉や回折では波としての性質を示す。したがって光は本当は粒なのか、それとも波なのかという問いが古典物理学的であり、量子力学では実験条件に応じて粒子的・波動的性質が現れる量子的存在として理解される。人間が見ている世界も、究極的には物体から反射または放射された膨大なフォトンが眼に入り、その一部が網膜に吸収されることから始まる。しかし私たちはフォトンそのものを見ている訳ではない。脳がフォトンによって生じた神経信号を再構成し、色、形、奥行き、動きという知覚世界を作り出している。

一個のフォトンが見えるまで

人間の視覚で特に驚くべき点は、その感度である。網膜の桿体細胞は単一フォトンの吸収に応答できることが知られており、2016年には量子光源を用いた実験で、人間が角膜に入射した単一フォトンが偶然以上の確率で検出できることが報告された。もっとも、毎回一個のフォトンを確実に見える訳ではない。眼内で失われるフォトンもあり、神経系のノイズや脳による判定も介在する。フォトンが網膜の視物質ロドプシンに吸収されると、その内部にある11-cis-retinalという分子がall-trans-retinalへ異性化する。この微小な量子レベルの出来事が、トランスデューシン、PDE、cGMPなどを介する生化学的増幅反応を引き起こし、最終的に光受容細胞の電気的状態を変化させる。ここには非常に重要な意味がある。人間の見るという経験の入口には、紛れもなく一個のフォトンと一個の分子との量子的相互作用が存在する。量子現象が分子反応となり、それが細胞レベルの電気信号となり、神経回路を経て最終的に主観的な光が見えたという経験へ拡大される。

光は外界から届いた情報

視覚についてもう一つ重要なのは、人間が外界を直接見ている訳ではないという点である。たとえば赤いリンゴを見る場合、脳の中に赤という物理量がそのまま入ってくる訳ではない。特定の波長分布をもつフォトンが網膜の錐体細胞を刺激し、その相対的な応答を脳が処理した結果として赤という主観的経験が成立する。したがって、色とはフォトンが持つ属性と完全に同一ではない。フォトンには波長・周波数・エネルギーなどがあるが、赤さ、青さ、明るさ、美しさは神経系が作り出した知覚である。この意味で、人間が経験している視覚世界とは、宇宙そのものではなく、宇宙から到来した光学情報を脳がリアルタイムに再構成した内部モデルである。

フォトンは宇宙の記憶

宇宙との関係では、フォトンは特別な存在である。我々が太陽を見るとき、約8分前の太陽を見ている。アンドロメダ銀河を見るなら約250万年前、数十億光年離れた銀河を見るなら数十億年前の宇宙を見ている。遠くを見ることと過去を見ることは宇宙では同じことである。更に宇宙には、初期宇宙の状態を現在まで運んできた宇宙マイクロ波背景放射(CMB)が存在する。これは初期宇宙で物質と放射が分離して光が自由に進めるようになった時代の情報を現在まで伝えている。NASAもCMBを宇宙における巨大なフォトンの貯蔵庫として説明している。したがって天文学とは、ある意味では宇宙が送り続けている古いフォトンを解読する学問である。人類は地球に到達したわずかなフォトンから、星の温度、元素組成、速度、銀河の形成、ブラックホール、宇宙初期の状態まで推定している。

人間の眼は量子測定装置

ここから興味深い問題が生じる。フォトンを検出する網膜は、一種の生物学的な量子検出器と考えることができる。単一フォトンがロドプシンに吸収されるという最初の過程は量子力学的現象である。その結果が生化学的反応として増幅され、最終的に脳へ伝わる。したがって、人間の視覚は量子的な微視的事象を、古典的な巨視的情報へ増幅する装置と表現することも可能である。ただし、ここから人間の意識が波動関数を収縮させると結論することはできない。量子力学の測定問題には複数の解釈があり、意識を物理的に特別な測定主体とする考え方は現在の標準的な神経科学によって実証されている訳ではない。量子生物学は実在する研究分野であり、光合成、鳥類の磁気感覚などでは非自明な量子効果の可能性が真剣に研究されているが、生物が量子コヒーレンスをどの程度機能的に利用しているかについては慎重な議論が続いている。

バイオフォトン

更に興味深いのが、生体組織が極めて微弱な光を自然放出している現象である。一般には超微弱光子放出(UPE)と呼ばれ、酸化代謝などに伴って励起状態となった分子が基底状態へ戻る際などに光子が放出される。脳も例外ではない。神経活動は大量のエネルギー代謝を伴うため、脳組織からも微弱なフォトン放出が観測される。このためバイオフォトンが神経情報伝達に何らかの役割を担っているのではないかという仮説が研究されている。脳由来の超微弱光と神経活動との相関を論じる研究も存在する。ただし、脳が光子を放出することと、脳がその光子を情報伝達に積極的に利用していることは全く別の命題である。現在確実に言えるのは脳を含む生体組織は代謝過程に伴う極微弱光を発生させ得るというところまでであり、ニューロン同士がフォトンを使って通常の神経伝達とは別の光通信を行っている思考がフォトンによって成立しているという説は確立されていない。一部には人間の脳におけるバイオフォトンの波長特性と知能を関連づける研究が存在し興味深い。

思考とバイオフォトンの関係

現在の科学から最も慎重に整理すると、以下のようになる。
第一は、確立された関係である。外界のフォトンは視覚系を通じて脳活動を変化させる。文字を読む、絵画を見る、人の顔を見るという行為では、フォトンによる入力が神経活動を生じさせ、それが記憶、感情、判断、思考を引き起こす。この意味ではフォトンは明らかに人間の思考を変える。
第二は、間接的な物理的関係である。脳を構成する原子・分子も究極的には量子力学に従っている。神経伝達物質、タンパク質、電子移動、分子結合などの基礎には量子力学が存在する。したがって脳が量子力学と無関係ということはあり得ない。
第三は思考がフォトンによって統合されているという主張になると、現時点では証明されていない。

光は脳を観察する道具

逆方向の関係も重要である。フォトンは脳から思考を作るだけではなく、人間が脳を研究するための非常に強力な道具になっている。現代のニューロフォトニクスでは、蛍光イメージング、二光子顕微鏡、光遺伝学(オプトジェネティクス)、光ファイバー型神経プローブなどによって、神経細胞の活動を光で観察したり操作したりすることが可能になっている。2024年のレビューでも、光遺伝学、神経インターフェース、脳イメージングなどが急速に発展する主要領域として整理されている。これは将来的に光と脳の関係を更に深める可能性がある。電極によって脳を観測する時代から、フォトンによって極めて微細な神経活動を読み書きする時代へ進みつつある。

宇宙と人間が接触する瞬間

ここまでを統合すると、非常に興味深い構図が浮かび上がる。たとえば人間が夜空の星を見るとする。その星で数百年前あるいは数百万年前に生成されたフォトンが宇宙空間を旅し、地球へ到達する。そのうち極めてわずかなフォトンが瞳孔を通過し、網膜へ到達し、ロドプシン分子に吸収される。そこで量子的な光吸収が起こる。それが分子構造の変化となり、生化学反応となり、電気信号となり、網膜神経節細胞から視神経を通って脳へ送られ、視覚野その他の神経回路で処理される。そして最終的に人間の内部に、星が見えるという主観的経験が生じる。すなわち、宇宙→フォトン→量子相互作用→分子→細胞→神経信号→脳→知覚→思考という連鎖が成立している。

最大の謎

そして現在の科学がまだ解いていない最大の問題がここにある。フォトンがロドプシンを変化させる仕組はかなり詳しく分かっている。そこから電気信号が生じる仕組も分かっている。視覚情報が脳内で処理される過程についても研究は急速に進んでいる。それでもなお、なぜ神経活動から明るい、赤い、美しいという主観的経験が生じるのかについては決定的な説明がない。これは意識研究における根本問題である。物理学はフォトンを説明でき、分子生物学は光受容を説明でき、神経科学は視覚情報処理をかなり説明できる。しかし物理的情報がなぜ経験になるのかという最後の橋は架かっていない。

宇宙・生命・意識を結ぶ光

フォトンは、現代科学の複数の階層を貫いて存在する極めて特異な存在である。宇宙論では初期宇宙の情報を運び、天文学では星や銀河の過去を運び、量子力学では電磁場の量子として振る舞い、生物学では光受容分子を変化させ、神経科学では視覚という巨大な情報処理系への入口となる。更に脳自身も微弱なフォトンを放出していることから、生命と光との関係にはまだ解明されていない領域が残されている。現在最も興味深いのは、宇宙の物理現象である一個のフォトンが、人間の網膜という境界を通過すると、やがて経験や意味に変わるという事実である。宇宙にはフォトンが存在する。しかし宇宙の中に人間という知覚主体が生まれたことで、フォトンは単なるエネルギー量子ではなくなった。その意味で光の研究は、物理学だけの問題ではない。宇宙論、量子力学、生命科学、神経科学、そして最終的には意識とは何かという問題へ連続している。光と人間の知覚を研究することは、物質から生命が生まれ、生命から知覚が生まれ、知覚から意味と意識が生まれる境界を研究することでもある。

産業と投資に関する考察

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