Philip Guston
Collected Writings, Lectures, and Conversations
2010年刊
Philip Guston著
Clark Coolidge編
画家フィリップ・ガストンの経歴
フィリップ・ガストン(1913-1980年)は、20世紀アメリカ絵画を代表する画家である。カナダのモントリオールに、ウクライナから移住したユダヤ系家庭の子として生まれ、幼少期に一家でロサンゼルスへ移った。若くして絵画に関心を持ち、ロサンゼルスではジャクソン・ポロックと知り合った。その後ニューヨークを中心に活動し、ポロック、ウィレム・デ・クーニング、マーク・ロスコらとともに、戦後アメリカの抽象表現主義を形成した。しかしガストンの画業は、一つの様式を完成させて終わるものではなかった。初期には社会的・政治的主題を持つ壁画や具象絵画を制作し、1950年代には筆触と色彩が画面を覆う抽象絵画へ進んだ。ところが1960年代後半になると、自ら成功を収めていた抽象表現主義に疑問を抱き始める。そして1960年代末から70年代初頭にかけて、突然具象へ回帰した。靴、煙草、時計、電球、本、頭部、手足、画材、そしてクー・クラックス・クランを思わせるフード姿の人物など、漫画的でありながら不穏な物体を描き始めた。この転換は当時の美術界に大きな衝撃を与えた。しかし後世から見ると、この後退に見えた転換こそ、ガストンの最も独創的な仕事の一つとなった。本書が興味深いのは、この転換を後世の評論家が説明するのではなく、ガストン自身が制作とは何か、絵を見るとは何か、過去の巨匠から何を学ぶのかを語っている点にある。本書にはピエロ・デラ・フランチェスカ、デ・キリコ、ピカソから、カフカ、ベケット、ゴーゴリまで幅広い芸術家・文学者についての発言が収録されており、ガストンの絵画が文学と思想を含む広い知的世界から形成されたことが分かる。


本書の内容
1.絵画は分かっているものを描くことではない
本書を通じて繰り返し現れる重要な問題は、画家は何を知った上で絵を描くのかという問いである。通常、画家は頭の中にイメージを持ち、それをキャンバス上に実現すると考えられがちである。しかしガストンにとって制作はその逆に近い。描き始めた時点では、完成した絵がどうなるのか画家自身にも分からない。描くことによって次に何を描くべきかが現れ、その結果として絵が徐々に画家自身の予想から離れていく。したがって制作とは、既知のイメージを再現する行為ではなく、未知のものを発見する行為である。この考え方はガストンの独創性を理解する上で決定的に重要である。独創的な絵を描こうと意識的に計画した瞬間、その独創性自体が既成概念になってしまう。むしろ画家は、自分が何を描こうとしているのかさえ完全には分からない場所まで進まなければならない。
2.抽象絵画への疑問
1950年代のガストンは抽象表現主義を代表する画家の一人であった。しかし彼は次第に、抽象絵画が一つの完成された様式になってしまったことに違和感を覚える。前衛であったはずの表現方法が認知され、美術館に収蔵され、市場で評価されれば、やがてそれ自体が制度となる。画家がその様式を繰り返せば、かつて革新的だったものが自己模倣へ変わる危険が生じる。1965年のハロルド・ローゼンバーグとの対話や1968年の作曲家モートン・フェルドマンとの長い対話などからは、絵画の物体性、抽象、形、空間、制作行為をめぐってガストンが絶えず思考していたことが読み取れる。ここには独創性についての重要な逆説がある。自分自身が作り上げた独自様式さえ、独創性を失わせる原因になり得る。
3.成功した自分を捨てる
この問題が実際の制作として現れたのが、1960年代末からの具象絵画への転換である。ガストンは抽象画家として既に評価を確立していた。それにもかかわらず、その成功を保証していた様式を捨てた。ここに彼の創造観が最も鮮明に表れている。独創的な画家にとって最大の敵は、他人の模倣だけではない。むしろ自分自身の模倣である。一度成功した画家には、市場も批評家も観客もその画家らしい作品を期待する。しかし、それに応え続ければ画家は自ら作った様式の囚人になる。ガストンはそこから脱出しようとした。その結果生まれた晩年の具象作品は、当初は批判を浴びながら、後に彼の芸術の重要な到達点として評価されるようになった。
4.絵を描くことの不可能性
ガストンはルネサンス絵画を深く研究していた。この絵画の不可能性という感覚はガストンを理解する重要な鍵である。優れた画家は、絵を描く方法を完全に習得した人ではない。むしろ描けば描くほど、絵画がいかに困難なものであるかを知る。何を描くべきか、どこで終えるべきか、何が本物で何が虚偽なのかという問題に最終回答はない。そのため制作は、技術的問題を解決する作業ではなく、描けないものを何とか描こうとする行為になる。この感覚こそ、ガストンを過去の巨匠へ向かわせた理由でもある。ピエロ・デラ・フランチェスカ、ウッチェロ、マサッチオ、レンブラント、ゴヤ、セザンヌ、ピカソ、デ・キリコなどは、模倣する対象ではない。彼らがそれぞれ絵画という解決不能な問題にどのように立ち向かったのかを学ぶ対象である。
5.過去の巨匠を学ぶことと独創性
ガストンは過去の美術を拒絶して新しくなろうとはしなかった。むしろ過去の巨匠を猛烈に研究した。これは独創とは過去から自由になることだという単純な前衛思想とは異なる。優れた画家は過去を知らないから独創的なのではない。過去を深く知りながら、それをそのまま反復することができなくなったところから、自分の絵を作り始める。したがって伝統と独創は対立しない。重要なのは、過去から何を借りたかではなく、それを自分自身の切実な問題へ変換できたかどうかである。
6.文学から絵画へ
ガストンの創造性を特徴づけるもう一つの重要な要素が文学である。彼はカフカ、ベケット、ゴーゴリなどを読み続けた。本書でもこれらの作家について繰り返し語っている。これは単なる教養ではない。カフカやベケットの世界に存在する不条理、孤独、不安、滑稽さと悲惨さの共存は、晩年のガストン絵画とも深く共鳴する。彼の靴、煙草、電球、巨大な頭、足、フード姿の人物は、一見漫画のように滑稽である。しかし同時に暴力、死、不安、孤独を感じさせる。ここでは文学を絵にするのではなく、文学から受けた精神的経験が、まったく別の視覚言語へ変換されている。
7.スタジオでは最後に画家自身も消える
ガストンの制作観には、更に興味深い思想がある。制作を始める時にはスタジオの中に、教師、批評家、友人、過去の巨匠など無数の他者が心理的に存在している。しかし制作が深まるにつれて、そうした他者が一人ずつ消えていかなければならない。そして最終的には画家自身の意識さえ後退し、絵だけが残る状態へ近づく。これは独創性について極めて深い考え方である。自分らしい絵を描こうとすることさえ、最終的には捨てなければならない。独創性とは自己主張の強さではない。むしろ自分が既に知っている自分らしさを捨て、作品が要求してくる方向へ従うことである。
8.晩年、生き残るために描く
晩年になると、制作は単なる美術上の革新ではなく、画家が精神的に生き延びるための行為として語られるようになる。画家は流行に適応するために描くのでも、美術史に名前を残すために描くのでもない。描かなければ自分自身でいられないから描く。ここまで来ると独創性とは目的ですらない。自分自身にとって避けることのできない問題を徹底的に追究した結果、他人とは違うものが生まれる。独創性を目標として追いかけるのではなく、自分にとって切実なものを追究した結果として独創性が生まれる。これがガストンの芸術観から導き出される重要な結論である。
本書が言いたかったこと
本書には独創的絵画とはこういうものであるという体系的理論が提示されている訳ではない。むしろ40年近い発言を通して、一人の画家がどうすれば本当に自分の絵を描けるのかと格闘した記録である。文章、講義、授業、対談という異なる形式が集められた本であること自体が、その性格をよく示している。そこから浮かび上がる最も重要な思想は、画家は自分が既に知っているものを描いている限り、本当の創造には到達できないということである。これは他人を模倣してはいけないというだけではない。更に厳しく、昨日の自分自身を模倣してもいけないということである。成功した様式ほど危険である。それを繰り返せば完成度は上がる。しかし、作品から未知のものが消えてしまう。ガストン自身が抽象表現主義から具象へ大転換したことは、この思想を言葉ではなく自らの画業によって実践した例である。したがってガストンにとって、独創的絵画とは誰も見たことのない奇抜な絵ではない。画家自身さえ描き始める前には見たことがなかったものが、制作の過程から現れてくる絵である。ここには独創性について非常に重要な逆説がある。独創的になろうとするほど独創性から遠ざかり、自分が何を描くことになるのか分からない場所まで進んだ時、初めて本当に独創的なものが現れる。だからこそガストンにとって絵画とは、自己表現以上に「自己発見」である。画家が作品を作るのではなく、作品を作る過程によって、画家自身もそれまで知らなかった自己と世界が発見される。この点に、本書を独創的絵画とは何かという問題から読む最大の価値がある。
