パンセ

Pensées
1670年初版刊
Blaise Pascal著

パスカルの経歴

パスカルは1623年、フランスのクレルモン=フェランに生まれた。幼少期から驚異的才能を示し、16歳で射影幾何学の論文を書き、後にはパスカルの定理で知られる数学的業績を残した。計算機械の発明、流体力学研究、大気圧実験などにも携わり、近代科学史上の重要人物となった。しかし彼は単なる科学者ではなかった。30代以降、深い宗教的体験を経て、キリスト教思想へ強く傾倒する。特にカトリック内部の厳格派思想であるジャンセニスムに共鳴し、人間存在の悲惨と神の恩寵について深く思索するようになった。

パンセの初版は1670年に刊行されたが、本書は、パスカル自身が完成させた著作ではない。1662年に39歳で死去した後、遺された断片的メモや草稿を友人・関係者が整理編集して出版したものである。そのためパンセは体系的哲学書というより、巨大な精神の断章集という独特な形式を持っている。パンセは、本来キリスト教弁証論(キリスト教の真理を擁護する著作)として構想されていた。しかし未完成のまま死去したため、本書には哲学、宗教、人間論、懐疑論、心理分析などが断片形式で詰め込まれている。それにもかかわらず、あるいはそれゆえに、パンセは近代思想史最大級の精神的書物の一つとなった。

パンセの内容

1.人間は考える葦である

パンセの中心テーマは、人間とは何かという問いである。パスカルはまず、人間存在を極めて矛盾した存在として描く。人間は理性を持ち、宇宙を認識できる偉大な存在である。しかし同時に、欲望、虚栄、不安、死への恐怖に支配される惨めな存在でもある。この有名な思想は、人間は考える葦であるという言葉に象徴される。自然界から見れば、人間は一本の葦のように弱い。風や病によって容易に死ぬ。しかし人間には考える力がある。宇宙は自分を認識できないが、人間だけは宇宙を認識できる。故に人間は、弱さと偉大さを同時に持つ存在である。

2.気晴らし

本書では、気晴らしという概念が極めて重要な位置を占める。パスカルによれば、人間は本来、自分の有限性や死の恐怖に耐えられない。そのため人々は、仕事、恋愛、戦争、賭博、社交、権力争いなど、あらゆる活動へ没頭することで、自分自身から逃避している。人間は、静かに部屋の中に座っていることに耐えられない。静寂の中では、自分の空虚や死を直視せざるを得なくなるからである。ここでパスカルは、人間文明が巨大な気晴らし装置になっていると喝破している。

3.理性批判

本書には、理性批判も強く流れている。パスカル自身は天才科学者であった。しかし彼は、理性だけでは人生の根本問題を解決できないと考えた。神、愛、死、幸福といった問題は、論理だけでは到達できない領域を持っている。そのため彼は有名な言葉を語る。心には、理性の知らない理由がある。これは単なる感情主義ではない。人間存在には、論理を超えた深層が存在するという認識である。

4.パスカルの賭け

パンセでは、パスカルの賭けも有名である。神が存在するか否かは理性では証明できない。しかしもし神を信じて神が存在したなら、人間は永遠の幸福を得る。一方、神を否定して実際に神が存在したなら、永遠の喪失を被る。ならば合理的選択としては、神を信じる方が良い。これが賭けの論理である。ただしこれは単純な損得勘定ではない。パスカルは、人間理性の限界を示しながら、有限な人間は、最終的に超越へ向かわざるを得ないということを語ろうとしている。

5.人間の自己愛

本書全体には、人間の自己愛への鋭い洞察が流れている。人間は常に自分を正当化し、他者から評価されたいと願う。しかしその虚栄心こそ、人間苦悩の根源である。王も貴族も学者も、内面では不安と空虚を抱えている点では同じだとパスカルは見抜いていた。

後半になるにつれ、パンセはより宗教的色彩を強める。人間は原罪によって堕落している。しかし同時に、神への憧れを持つ存在でもある。この矛盾こそ人間本性の核心であり、キリスト教のみがその矛盾を説明できるとパスカルは考えたのである。

パンセが言いたかったこと

1.人間の欠落

パンセでパスカルが最終的に伝えたかったことは、人間は偉大であると同時に、極めて惨めな存在であるということである。人間は科学を発展させ、宇宙を理解しようとする。しかしその一方で、不安、欲望、虚栄、死への恐怖から逃れられない。人間は、自分自身だけでは完成できない存在である。

2.人間の弱さ

本書は、人間は自分自身と向き合うことを恐れているという思想に貫かれている。人々は常に忙しく動き回る。しかしそれは、本当は死や無意味を直視したくないからである。だから文明全体が、巨大な気晴らしへ変わっていく。

3.理性の限界

パスカルは、理性の限界を強調した。理性は重要である。しかし理性だけでは、人間存在の根本問題へ到達できない。愛、神、苦悩、幸福といったものには、論理を超えた次元が存在する。だからこそ人間には、心が必要なのだと彼は考えた。

4.神の必要性

本書は、人間は超越を必要とする存在であるという宗教的人間観を提示している。有限な人間は、自らだけで完全な意味を持つことはできない。そのため人間は、永遠や神への憧れを持たざるを得ない。

5.矛盾を抱えながら考える人間

人間を本当に理解するには、その偉大さと惨めさの両方を見なければならない。人間を過大評価してもならないし、過小評価してもならない。人間は弱い。しかし考える力を持つ。愚かである。しかし真理を求める。有限であるが、無限を夢見る。パスカルは、その矛盾の中に、人間存在の本質を見ていた。だからこそパンセは単なる宗教書ではない。それは、人間とは何かという問いを極限まで掘り下げた、近代最大級の精神の書なのである。

座右の書