Paradise
1994年刊
Abdulrazak Gurnah著
著者の経歴
アブドゥルラザク・グルナは1948年、当時英国の保護領であったザンジバルに生まれた。アラブ系住民への迫害が強まったザンジバル革命後、1968年に英国へ渡り、難民として生活を始めた。英国の大学で学び、ケント大学では英文学とポストコロニアル文学の研究に従事した。1987年にMemory of Departureで小説家としてデビューし、1994年の本書で国際的評価を得た。2021年には、植民地主義の影響と、文化や大陸の間で生きる難民の運命を描いた文学的功績により、ノーベル文学賞を受賞した。
本書の内容
1.少年の旅立ち
物語は20世紀初頭、現在のタンザニアにあたる東アフリカで始まる。主人公ユスフは12歳の少年で、両親とともに暮らしていたが、ある日、裕福な商人アジズに連れられて家を離れることになる。ユスフはアジズを親戚のおじだと思い込み、旅に出ることを楽しみにしていたが、実際には父親がアジズに負った借金の担保として差し出されたのである。少年は事情を十分に知らされないまま、海岸沿いの町にあるアジズの商店で働くことになる。そこには年上の青年ハリルがおり、ユスフに商売の仕事や生活の規則を教える。ハリルもまた父親の借金によって自由を奪われた身であり、ユスフは次第に自分が置かれた境遇を理解していく。作者は、少年が家庭という安全な世界から引き離され、本人の意思とは無関係に他人の所有物のように扱われる過程を描き、当時の東アフリカ社会に根づいていた債務隷属の現実を浮かび上がらせる。
2.商人と支配
アジズは裕福で社会的な影響力を持つ商人であり、広い地域に商業上の関係を築いている。彼は周囲から尊敬され、礼儀正しく振る舞うこともあるが、その経済的な力は、借金を抱えた人々を自分に従属させる仕組に支えられている。ユスフは商店で働きながら、商人たちの取引や交渉を観察し、富を持つ者と持たない者の間に存在する大きな権力の差を知る。アジズにとって借金の担保として預かった少年を働かせることは、特別に残酷な行為というより、当時の商業慣行の一部であった。しかし作者は、社会的に当然とされている制度が、弱い立場の人間の自由や尊厳を奪っていることを示す。ユスフは主人から食事や住居を与えられ、表面的には保護されているように見えるが、自分の意思で仕事を辞めることも、家族のもとへ帰ることもできない。ここには、支配が必ずしも暴力だけによって成立するのではなく、経済的依存や恩義という形を通して維持されるという問題が描かれている。
3.隊商の大旅行
成長したユスフは、アジズが率いる大規模な隊商に加わり、東アフリカの内陸部へ向かうことになる。当時の東アフリカでは、インド洋沿岸の商人たちが布地や日用品などを内陸へ運び、象牙などと交換する長距離交易が行われていた。隊商は森林、草原、湖沼地帯を越えて進むが、その旅は決して平穏なものではない。厳しい自然環境、病気、食糧不足、現地の支配者との交渉、武力衝突など、様々な危険が待ち受けている。ユスフはこの旅を通して、それまで知らなかった民族や宗教、生活習慣に触れ、東アフリカが多様な文化の交流する世界であることを知る。しかし、交易は必ずしも平和な交流を意味しない。商人たちは利益を求め、現地の支配者たちは通行料や贈り物を要求し、隊商の人足たちは過酷な労働を強いられる。作者は、この旅を少年の冒険物語として描く一方、富の獲得を目的とする人間の活動が、暴力や搾取と深く結びついている現実を明らかにしていく。
4.多民族の世界
ユスフが旅する東アフリカには、スワヒリ語を話す沿岸の人々、アラブ系商人、インド系商人、内陸部の様々な民族が暮らし、イスラム教、キリスト教、在来の信仰が複雑に共存している。沿岸地域では長年にわたってインド洋交易が発達し、アフリカ、アラビア半島、インドを結ぶ商業と文化の交流が行われてきた。作者は、ヨーロッパ人が到来する以前から、東アフリカが独自の経済圏と高度な文化を持っていたことを描く。同時に、民族や宗教の違いが相互理解だけでなく、偏見や差別、対立を生み出していたことも隠さない。商人たちは異なる民族と取引しながら、その相手を軽蔑したり、野蛮な存在と決めつけたりする。作者は、アフリカ社会を単純に平和で調和した世界として理想化することを避け、ヨーロッパの植民地支配が本格化する以前から、社会内部には支配と被支配の関係が存在していたことを示している。
5.植民地支配
物語が進むにつれ、ドイツ帝国による東アフリカの植民地支配が次第に強まっていく。当時、現在のタンザニア本土を中心とする地域はドイツ領東アフリカとして支配され、ヨーロッパ人は軍事力と行政制度を用いて土地や資源、労働力を掌握しようとしていた。隊商の旅の途中でも、ドイツ軍の存在や現地住民に対する強圧的な政策が語られ、従来の商業秩序が変化しつつあることが明らかになる。ドイツ人は自分たちの支配を文明や秩序の導入として正当化するが、その実態は土地の収奪、強制労働、課税、軍事的威圧を伴うものであった。作者は、植民地支配をヨーロッパ人とアフリカ人の単純な対立として描くのではなく、既に存在していた商業的搾取や民族間の権力関係の上に、新たな帝国主義的支配が重なっていく過程として描く。アジズのような有力商人も、ヨーロッパの軍事力の前では次第に影響力を失い、東アフリカ全体が外部の権力によって再編されていく。
6.楽園の庭
アジズの屋敷には美しい庭園があり、ユスフはその静かで豊かな空間に強く魅了される。庭には水や緑があり、外の世界の暴力や貧困とは切り離された楽園のような雰囲気が漂っている。しかし、その庭は高い壁に囲まれ、誰もが自由に出入りできる場所ではない。庭園の美しさは、富を持つ者が所有し、他者の労働によって維持しているものであり、その内部にも支配と従属の関係が存在している。庭を手入れする老人ハムダニもまた自由を奪われた経験を持つ人物である。作者は、この庭園を通して、美しさや豊かさが必ずしも幸福や自由を意味しないことを描く。外から見れば理想的な場所であっても、そこに暮らす人々が自分の人生を自由に選べないのであれば、それは真の楽園とはいえない。庭園は、少年が憧れる美しい世界であると同時に、人間が他者を所有し、閉じ込める社会の象徴となっている。
7.愛と束縛
青年へと成長したユスフは、アジズの屋敷で暮らす若い女性アミナに恋心を抱くようになる。アミナもまた自分の意思で自由に生きることが難しい立場にあり、二人は互いに惹かれ合いながらも、主人の支配する屋敷の中で自由に愛し合うことができない。更に、アジズの年長の妻ズレイハは、美しい青年となったユスフに執着し、彼を自分の孤独や苦しみから救ってくれる存在として求めるようになる。ユスフはこうした複雑な人間関係の中で、愛情や欲望が人間を幸福にするだけでなく、相手を所有しようとする衝動や権力関係と結びつくことを知る。作者は、少年の性的な目覚めと恋愛を通して、他者を愛することと、他者を支配することの違いを問いかける。ユスフが求めるのはアミナと自由に生きることであるが、彼らの置かれた社会では、恋愛も結婚も個人の意思だけで決定できるものではない。
8.自由への選択
物語の終盤、ユスフはアジズのもとで生き続けることに強い疑問を抱くようになる。彼は長年にわたって衣食住を与えられ、一定の安全を保障されてきたが、その代償として自分の人生を選ぶ自由を失っていた。やがてドイツ軍の兵士たちが町に現れ、アフリカ人を兵士として徴用しながら進軍していく。ユスフは当初、ドイツ軍に捕らえられることを恐れて身を隠すが、最後には自ら兵士たちの後を追いかける。この行動は、単純な自由の獲得として描かれている訳ではない。アジズの支配から離れたとしても、ドイツ軍に加われば、今度は植民地支配者の命令に従うことになる。作者は、主人公が一つの束縛から逃れようとして、別の束縛へ向かうという皮肉な結末を用意する。ユスフの選択には、自分の運命を変えたいという強い意思が表れているが、彼の前には自由で安全な未来が開かれている訳ではない。ここには、植民地支配下の人間が置かれた厳しい歴史的現実が凝縮されている。
9.失われる世界
本書の背景には、第一次世界大戦へと向かう東アフリカの大きな歴史的変化が存在している。ユスフが生まれ育った世界では、アラブ系商人やスワヒリ沿岸社会を中心とする交易秩序が長く続いていたが、ヨーロッパ列強の進出によって、その仕組は急速に変化しつつあった。作者は、この古い世界を失われた理想郷として描いている訳ではない。そこには奴隷制や債務隷属、民族間の対立が存在し、多くの人々が自由を奪われていた。しかし、新たに到来したヨーロッパの支配も、自由や平等をもたらすものではなかった。むしろ、従来の支配関係の上に、更に巨大な軍事的・政治的権力が加わった。作者は、一人の少年の成長と東アフリカ社会の変化を重ね合わせることで、歴史の進歩が必ずしも人間の解放を意味しないことを示す。ユスフが少年時代に抱いていた無邪気な世界への信頼が失われていく過程は、東アフリカが植民地支配によって独自の歴史的発展の可能性を奪われていく過程とも重なっている。
本書が言いたかったこと
人間の自由を奪うものは植民地主義だけではなく、富、権力、宗教、社会慣習など、様々な形の支配関係である。グルナは、植民地支配以前のアフリカを理想化せず、そこにも奴隷制や搾取が存在したことを描く一方、ヨーロッパによる支配が文明や進歩をもたらしたという考えも退ける。豊かさや安全を与えられていても、自分の人生を選べなければ人間は自由ではない。また、支配から逃れることが必ずしも解放につながるとは限らない。作者が問いかけるのは、誰が支配するかではなく、人間が他者を所有し、その運命を決定すること自体の不当性である。題名の楽園は、豊かで美しい場所への憧れであると同時に、その美しさの背後に隠された不自由を象徴している。真の楽園とは、他者に保護される場所ではなく、人間が自らの意思で生きられる世界である。
