パパラギ

Der Papalagi
1920年刊
Tuiavii 酋長著(Erich Scheurmann編)

パパラギの著者について

著者として知られるのは、サモア諸島の酋長ツイアビである。編者はドイツ人作家エーリッヒ・ショイルマンである。彼が南太平洋サモアの酋長ツイアビの語った演説を記録・編集したという形式を取っている。文明論・近代批判の書として長く読み継がれている。現在では、この書物が本当にツイアビ本人の口述を忠実に記録したものなのか、それともショイルマンによる文明批評文学なのかについては議論があるが、重要なのは史実性そのものではなく、文明化された西洋人を、外部文明の視点から相対化するという視点である。パパラギとはサモア語で白人、西洋人を意味するとされる言葉である。本書は、南洋の酋長がヨーロッパ文明を観察し、その奇妙さや狂気を故郷の人々へ語るという形を取っている。そこでは近代文明が当然視している貨幣、時間、機械、都市、労働、服装、所有欲などが、全く別の文明視点から鋭く批判される。

酋長ツイアビの演説内容

本書は、酋長ツイアビがヨーロッパ旅行から帰還した後、サモアの人々に向けて行った演説集という形式で展開する。酋長ツイアビはまず、パパラギという存在そのものへの違和感を語る。白人たちは、自分たちを文明人だと思っている。しかしツイアビの目には、彼らは極めて不自由で、不安に満ち、自然から切り離された奇妙な人々として映る。特に有名なのが、時間に関する演説である。ツイアビは、西洋人たちが常に時間がないと言いながら走り回っている姿を不思議がる。彼らは時計という小さな金属の円盤に支配され、絶えず急ぎ続けている。だが彼には、それがまるで時間という幻に追い立てられているように見える。サモア人にとって時間とは、太陽、海、風、自然の流れと共にあるものだった。しかしパパラギは時間を細かく切り刻み、それを貨幣のように扱い、自らを奴隷化している。ツイアビはそう批判する。

彼は、紙に対する異常な執着も語る。ここでいう紙とは貨幣である。西洋人たちは、この紙のために人生を費やし、争い、苦しみ、働き続けている。しかし紙そのものは食べることもできず、生命を持たない。ただ人々が価値があると信じ込んでいるだけである。ツイアビは、白人たちが紙を得るために自然や人間関係を犠牲にしていることを、極めて滑稽なものとして描く。

彼は、服についても強烈な違和感を示す。ヨーロッパ人は大量の衣服で身体を覆い隠し、それによって身分や富を誇示する。しかしツイアビには、それが人間本来の自由な身体を拘束しているように見える。

都市文明への批判も非常に鋭い。彼は、巨大都市に住む人々が、密集しながら互いに孤独であり、自然から切断され、石の箱の中で生きていることに驚愕する。高層建築や機械文明は、一見壮大に見える。しかしそこには精神的安らぎが存在しない。

ツイアビは、西洋文明の所有欲を批判する。白人たちは、常にもっと多くを求める。しかしどれほど所有しても満足しない。そのため競争、嫉妬、不安が永遠に続いている。

彼にとって最も異様なのは、人々が人生を楽しむことを忘れているという点であった。サモア社会では、人々は歌い、踊り、自然と共に生き、共同体の中で時間を共有していた。しかし西洋人は、仕事と競争のために生き、心を失っているように見える。本書全体を通じて描かれるのは、文明人こそ、本当は不幸なのではないかという逆転視点である。ヨーロッパ人はサモア人を未開と呼ぶ。しかしツイアビから見れば、本当に未開なのは、自然と魂を失った近代文明なのである。

パパラギが言いたかったこと

パパラギが最終的に伝えたかったことは、文明化とは、本当に人間を幸福にしたのかという根源的問いである。近代西洋文明は、科学、産業、貨幣経済、都市、機械を発展させた。しかしその一方で、人間は自然との結びつき、共同体、精神的平安を失っていった。本書は、外部文明の視点を借りることで、西洋近代社会を相対化している。普段当然と思っている時計、貨幣、労働、競争、所有が、実は極めて奇妙で不自然な制度なのではないかと問い直している。特に重要なのは、時間である。近代人は常に急いでいる。しかし急いだ結果、本当に幸福になったのか。効率化の果てに、人間はむしろ人生そのものを味わう能力を失ってしまったのではないか。本書はそう問いかけている。

本書は、本当の豊かさとは何かという問題も提起している。貨幣や所有物が増えても、人間の不安は消えない。むしろ欲望は拡大し続ける。その結果、人間は永遠に満たされない存在となってしまう。それに対してツイアビが示す価値観は、自然と共に生きること、共同体と共に生きること、現在を味わうことである。

本書は、文明批判であると同時に、文明相対化の書でもある。西洋文明は、自らを進歩した文明だと考えていた。しかしパパラギは、文明の尺度は一つではないと語る。物質的発展だけが文明ではなく、精神的充実や自然との調和もまた文明である。

そして最後に本書が語るのは、人間は本来、もっと自由で幸福に生きられる存在なのではないかという静かな問いである。パパラギは単なる南洋エッセイではない。それは現代文明を鏡に映し返し、あなたたちは本当に幸せなのかと問い続ける、鋭い文明批評の書である。

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