The Order of Time
2017年(日本語版2019年)刊
Carlo Rovelli著
著者の経歴
カルロ・ロヴェッリは1956年、イタリア・ヴェローナ生まれの理論物理学者であり、現代物理学を代表する研究者である。特に一般相対性理論と量子力学を統合するループ量子重力理論(Loop Quantum Gravity)の創始者として世界的に知られている。イタリア、フランス、アメリカなどの研究機関で長年研究を続け、現在も量子重力、時間、空間、宇宙論の研究を第一線で進めている。ロヴェッリは高度な理論物理学を一般読者にも理解できる平易な言葉で解説する才能でも高く評価されている。すごい物理学講義は世界的ベストセラーとなり、その後も時間は存在しない、世界は関係でできているなどを刊行し、科学と哲学を融合した独自の世界観を提示している。彼の著作は、単なる科学解説ではなく、人間の世界観を問い直す思想書としても広く読まれている。
本書の内容
1.時間は崩れ始めている
本書は、時間という、人間にとって最も身近で当然と思われている概念を根本から問い直すことから始まる。ニュートン以来、人々は時間を宇宙全体に共通して流れる絶対的なものと考えてきた。しかしアインシュタインの相対性理論は、この考えを覆した。重力が強い場所では時間は遅く流れ、高速で運動する物体でも時間の進み方は変化する。つまり宇宙には誰にとっても共通の現在は存在せず、それぞれの場所、それぞれの観測者ごとに異なる時間が存在している。私たちが日常生活で感じている均一な時間は、人間の生活規模で近似的に成立しているだけであり、宇宙全体では成り立たない。
2.物理法則から時間は消えてしまう
量子重力理論の世界では、時間という変数が基本方程式から姿を消してしまう。私たちは物事が時間の中で変化すると考えているが、最も基本的な自然法則は時間を必要としていない。宇宙は時間という舞台の上で出来事が起こるのではなく、出来事同士の関係から構成されている。ロヴェッリは、宇宙の最も深いレベルでは時間が流れるという考え方自体が成立しない可能性を示す。
3.現在・過去・未来という区別は幻想なのか
人間は現在から未来へ時間が流れているように感じる。しかし宇宙全体を見渡せば、今という絶対的瞬間は存在しない。ある観測者にとって同時に起こった出来事が、別の観測者には同時ではないこともあり得る。そのため、現在という概念は宇宙全体では意味を持たず、局所的な現象にすぎない。時間の流れとは宇宙の客観的性質ではなく、人間が世界を理解するために用いている認識の枠組である。
4.時間の向きはエントロピーが生み出す
では、なぜ私たちは時間が未来へ流れると感じるのだろうか。ロヴェッリは熱力学第二法則に着目する。宇宙ではエントロピー、すなわち無秩序さが増大する方向へ変化する。この不可逆な変化が時間の矢を生み出している。つまり未来へ流れる時間が存在するのではなく、エントロピーが増える方向を人間が時間として認識している。過去を記憶し未来を予測する能力も、この熱力学的な非対称性から生まれている。
5.世界は物ではなく出来事
ロヴェッリは、宇宙は固定された物体から構成されるのではなく、互いに作用し合う出来事のネットワークであると考える。粒子も空間も時間も独立した実体ではなく、相互作用の結果として現れる現象である。これはループ量子重力理論の考え方とも一致しており、世界の本質は関係であって、絶対的な存在ではないという哲学的結論へと導かれる。
6.科学は世界観を書き換える
本書の終盤では、科学が単に新しい知識を与えるだけではなく、人類が世界をどのように理解するかという世界観を変えてきた歴史が語られる。地球中心説から宇宙観が変わったように、時間についての理解もまた根本から変化しつつある。時間は絶対的な背景ではなく、人間の知覚と宇宙の統計的性質から生じる現象であり、この理解は哲学や存在論にも大きな影響を与える。
本書が言いたかったこと
人間が当然のように信じてきた時間は宇宙の基本的な実在ではなく、人間が世界を理解するために生み出した近似的な概念にすぎない。宇宙の根源には絶対的な現在も一様な時間の流れも存在せず、存在しているのは出来事同士の関係と相互作用である。私たちが感じる時間の流れは、エントロピーの増大や人間の認識の仕組みから生じる現象であり、科学が進歩するほど、世界は私たちの直感とはまったく異なる姿を見せることになる。その未知を受け入れる姿勢こそが科学の醍醐味であり、人間の知性を豊かにする道である。
