住宅巡礼

住宅巡礼
2000年2月刊
中村好文著

中村好文の経歴

中村好文は1948年千葉県生まれの建築家であり、日本を代表する住宅建築家である。1972年に武蔵野美術大学建築学科を卒業後、設計事務所勤務を経て東京都立品川職業訓練校木工科で家具製作を学び、その後1976年から1980年まで建築家吉村順三の設計事務所に勤務した。1981年に自身の設計事務所レミングハウスを設立し、住宅設計を中心に活躍するようになる。建築家であると同時に優れたエッセイストとしても知られ、住宅巡礼、意中の住宅、住宅読本、普段着の住宅』など、多くの建築エッセイを執筆している。彼の建築思想の根底には、住宅とは人間の生活を優しく包み込む器であるという考えが一貫して存在している。

本書の内容

1.世界の名作住宅を訪ねる旅

住宅巡礼は、中村好文が世界各地の名作住宅を実際に訪問し、その空間体験を写真、スケッチ、文章によって記録した建築紀行である。本書で取り上げられるのは、美術館や公共建築ではなく、人間が実際に生活するためにつくられた住宅である。中村は、住宅こそ建築家の思想と人間観が最も純粋な形で表れる場所であると考え、20世紀を代表する住宅作品を巡礼者のような姿勢で訪ね歩く。

2.巨匠たちの住宅に宿る思想

本書には、ル・コルビュジエ、フランク・ロイド・ライト、アルヴァ・アアルト、ルイス・カーンなど、近代建築を代表する建築家たちの住宅作品が登場する。中村は単に建築様式や構造を解説するのではなく、玄関の取っ手の感触、窓から入る光、椅子に座った時の視線の高さ、床材の足触りといった身体感覚に着目している。建築が図面や写真では伝わらない住まいの経験であることを繰り返し語っている。

3.住み心地という尺度

現代建築の評価は、しばしば造形の斬新さや技術的革新に偏りがちである。しかし中村は、その家に住みたいと思えるかという極めて素朴な基準を重視する。たとえば大きな窓の位置、暖炉の配置、階段の勾配、食卓と庭との関係など、住まい手の日常行動を支える細部こそが住宅の価値を決定すると考える。本書は建築評論であると同時に、住むとは何かという問いへの考察でもある。

4.スケッチと旅の記録

本書の魅力の一つは、中村自身による温かみのあるスケッチや手描きの図面である。建築写真集のような冷たさはなく、まるで読者も一緒に旅をしているかのような臨場感がある。飛行機や列車を乗り継ぎ、住宅を訪ね、周辺の街並みや庭を歩き、人々と会話を交わす。その旅のプロセスが建築理解の重要な一部として描かれている。

5.住宅建築遺産という考え方

中村は本書の中で、これらの住宅を単なる有名建築ではなく、20世紀住宅建築遺産として捉えている。教会や宮殿ではなく、一人の家族のためにつくられた小さな住宅こそ、人類の生活文化の到達点であるという視点が本書全体を貫いている。

本書が言いたかったこと

優れた住宅とは豪華な家でも奇抜な家でもなく、人間が心地よく暮らせる環境を丁寧につくり上げた家である。住宅の本質は外観の美しさではなく、そこに住む人間の日常をどれほど豊かにできるかにある。中村好文は建築を理解するためには図面や写真だけでは不十分であり、実際に歩き、触れ、光や風を感じる身体的な体験が不可欠であることを伝えようとしている。建築とは鑑賞する対象ではなく、生活するための舞台であり、人間の幸福に深く関わる存在である。

未来の輪郭