Atelier Morandi
1992年刊
Luigi Ghirri著
ルイジ・ギッリとモランディの生涯
ルイジ・ギッリ(Luigi Ghirri)は、イタリア現代写真を代表する写真家であり、風景や日常空間に潜む知覚の構造を探求した。彼の写真は一見すると平凡な郊外風景や建築、標識などを対象とするが、そこには現実とイメージの関係を問い直す哲学的視点が貫かれている。色彩は抑制され、構図は静謐であり、見る者に世界の見え方そのものを意識させる。それはどこかモランディの絵画に共通する写真である。

アトリエの主であるジョルジョ・モランディ(1890–1964)は、イタリア・ボローニャを拠点に活動した画家であり、主として静物画と風景画を制作した。瓶や壺、箱といった日常的な器物を繰り返し描き続け、その配置と微妙な色調の差異によって、極度に静謐で内省的な絵画世界を築いた。彼は外界の変化や時代の潮流から距離を置き、同一のアトリエ空間の中で制作を続けた孤高の存在である。

本書の内容
本書は、モランディの死後も保存されていたボローニャのアトリエを、ギッリが撮影した写真群によって構成されている。そこには、モランディが用いた瓶、壺、箱、机、棚、壁などがそのままの状態で写し出されている。作品は単なる記録写真ではなく、光と空間、物の配置が織りなす静けさの構造を可視化する試みである。ギッリはモランディの絵画世界を直接引用するのではなく、その生成の場であるアトリエそのものを一つの完成された作品として提示している。
ルイジ・ギッリの写真
ギッリの写真は、見ることの条件を問う。彼は対象を劇的に変形するのではなく、むしろそのままの姿で提示する。配置、フレーミング、色彩の選択によって、日常的対象は異様な静けさと象徴性を帯びる。モランディのアトリエを撮影した本作においても、彼は過剰な演出を排し、自然光のもとで対象を淡々と捉える。瓶や箱は単なる物体ではなく、時間の堆積や視覚の記憶を宿した存在として立ち現れる。ギッリはイメージの中のイメージという問題に関心を持っており、写真という媒体そのものが現実をどのように再構成するかを探求した。本作では、モランディの絵画と現実の物体との関係が、写真を介して三重化される構造が生まれている。

ギッリ撮影
モランディのアトリエという空間
モランディのアトリエは、極めて簡素でありながら、緻密に構成された空間である。棚には同じ形の瓶や壺が並び、それらは長年の使用によって埃をまとい、独特の質感を帯びている。それらは偶然に置かれているのではなく、画家の視覚的判断によって厳密に配置されている。モランディは対象の形態そのものよりも、相互の関係や距離、重なりを重視した。そのためアトリエは単なる作業場ではなく、視覚的実験の場であり、絵画の生成装置そのものであった。この空間は時間の蓄積を強く感じさせる。動かされない物体、変化しない配置、繰り返される制作行為によって、アトリエは一種の閉じた宇宙として成立している。

ギッリ撮影
画家の作品と家
モランディがもたらした芸術上の価値は、対象の単純化と反復を通じて、視覚の本質を極限まで純化した点にある。彼は外界の多様性を排し、最小限のモチーフによって無限の差異を生み出した。その結果、静物画は単なる再現を超え、存在そのものを問う場へと昇華された。モランディのアトリエは彼の絵画と不可分であり、住まいと制作が完全に一致した稀有な例である。画家ジョージア・オキーフにとっての家もまた、単なる居住空間ではなく、創造の源泉であった。ニューメキシコの荒野に建てられた彼女の住まいは、自然との直接的な関係を確立する場であり、その空間体験が作品に直結している。モランディが内向的な空間の中で宇宙を凝縮したのに対し、オキーフは外界の広がりを住まいに取り込み、それを絵画へと変換した。両者に共通するのは、家が単なる背景ではなく、芸術そのものを生成する装置であったという点である。真に重要なのは作品単体ではなく、それを生み出す空間と時間の総体である。ギッリの写真はまさにその不可視の構造を静かに可視化している。
私のモランディ(付記)
モランディの作品を思いながら、ギッリのアトリエ写真を元にモランディ絵画そのもののようなアトリエを描くことに。


