彫刻の呼び声
1986年刊
峰村敏明著
峰村敏明の経歴
峰村敏明は1936年に東京都に生まれる。東京大学文学部美術史学科を卒業した後、美術評論家として活動した。西洋近代美術から日本現代美術まで幅広い分野を論じ、とりわけ戦後日本美術の理論的基盤を築いた評論家として知られている。東京国立近代美術館主任研究官、多摩美術大学教授などを歴任し、美術館活動や教育にも深く関わった。難解な理論を単なる観念に終わらせず、作品の存在感や身体性に結びつけて語る評論姿勢に特徴があり、日本の戦後美術批評を代表する存在であった。本書は、峰村の評論活動の中でも特に彫刻というジャンルに集中した著作であり、ロダン以後の近代彫刻から、日本の戦後彫刻までを横断的に論じている。そこでは、彫刻を単なる立体物ではなく、空間と身体を媒介する存在として捉える視点が一貫している。
本書の内容
1.彫刻とは何か
本書の出発点にあるのは、彫刻とは何かという問いである。峰村は、絵画が平面上に視覚像を構成する芸術であるのに対し、彫刻は現実空間を扱う芸術であると考える。彫刻は単に見る対象ではなく、人間が身体をもって向き合う存在であり、その周囲を歩き、距離を測り、重さや気配を感じ取ることによって成立する。そのため彫刻は、視覚だけでは完結しない。人間の身体感覚を刺激し、空間の中で存在することの意味を問い返してくる。峰村は、彫刻の本質を物体性と空間性の緊張関係の中に見出している。
2.ロダン以後の近代彫刻
本書では近代彫刻の歴史も重要なテーマとなっている。峰村は特にロダン以後の彫刻史を重視し、近代彫刻がどのように伝統的造形観を解体していったかを分析する。ロダン以前の彫刻は、完成された理想的人体を表現する傾向が強かった。しかしロダンは、人体を固定的形態としてではなく、内部から湧き上がる運動や感情の表現として捉えた。彫刻は単なる形態再現ではなく、生命の痕跡を刻み込むものへと変化した。ブランクーシやジャコメッティに至ると、彫刻は人体再現から離れ、存在の本質や空間との関係を追究する方向へ進む。ブランクーシは形態を極限まで単純化し、ジャコメッティは細長い人体像によって孤独な存在感を表現した。峰村はこうした流れを通して、近代彫刻とは見える形以上に、存在を問う芸術であったと論じている。
3.日本の戦後彫刻
本書の大きな特徴は、日本の戦後彫刻に深く踏み込んでいる点である。峰村は、戦後日本の彫刻家たちが西洋近代彫刻を受容しながらも、日本独自の空間感覚を形成していった過程を丁寧に分析している。高村光太郎や荻原守衛以来、日本彫刻は西洋近代の影響を強く受けてきた。しかし戦後になると、イサム・ノグチや若林奮、関根伸夫らの登場によって、彫刻は単なる像ではなく、空間や素材を扱う芸術へ変化していく。特に若林奮に対する峰村の評価は高い。若林の作品では、鉄や木材といった素材が単なる材料ではなく、空間と緊張関係を生み出す存在として扱われる。彫刻は物体でありながら、同時に空間を変容させる力を持つ。また、もの派にも言及され、自然物や工業素材をそのまま提示する表現が、近代的主体中心主義を超えた新しい感覚を生み出したと分析される。ここでは作るという行為よりも、存在させるという感覚が重要視されている。
4.空間と身体
峰村は、本書全体を通して空間と身体の問題を繰り返し論じている。彫刻は単独で成立するのではなく、人間がそこに立ち会うことで初めて意味を持つ。彫刻とは、物体と身体との対話によって成立する芸術である。そのため現代彫刻では、台座から解放され、床や壁、屋外空間を巻き込む作品が増えていく。彫刻はもはや置かれるものではなく、空間全体を経験させる環境へ変化していった。峰村は、こうした変化を単なる形式変化としてではなく、人間存在の変化と結びつけて考えている。現代人は巨大都市や情報空間の中で身体感覚を失いつつあるが、彫刻はその失われた身体感覚を回復させる力を持っている。
本書が言いたかったこと
彫刻とは単なる立体造形ではなく、人間存在を問い返す芸術である。彫刻は物体としてそこに存在しながら、人間の身体感覚や空間感覚を呼び覚まし、存在するとはどういうことかを静かに問いかけてくる。近代以降、人間社会は合理化と情報化によって視覚中心の世界へ傾いていった。しかしその中で、人間は身体的実感や空間との直接的関係を失いつつある。峰村は、彫刻こそがその失われた感覚を回復する可能性を持つと考えている。本書における呼び声とは、単に彫刻作品への関心を意味しているのではない。それは、物質や空間、そして存在が人間に向かって発している根源的な声を意味している。彫刻は言葉を持たないが、その沈黙の中で人間に深い感覚的思索を促している。峰村は本書を通じて、彫刻を見る芸術から存在する芸術として再定義した。現代社会において失われつつある身体感覚や空間意識を、彫刻によって再び取り戻すことの重要性を訴えている。
