Michelangelo
Divine Draftsman and Designer
2017年刊
Carmen C. Bambach他著
著者とミケランジェロの経歴
カルメン・バンバックは1959年生まれの美術史家であり、メトロポリタン美術館においてイタリアおよびスペイン素描部門を担当する主任キュレーターである。とりわけレオナルド・ダ・ヴィンチ研究の第一人者として知られるが、イタリア・ルネサンス全般にも深い知見を持ち、本書の企画・監修を担当した。彼女は素描を単なる準備作業ではなく、芸術家の思考を映し出す媒体として位置づけている。
ミケランジェロ(1475―1564年)は、彫刻家、画家、建築家、詩人として活動したルネサンス最大の芸術家の一人である。若くしてピエタやダヴィデ像を制作し、その後はシスティーナ礼拝堂天井画や最後の審判を描き、晩年にはサン・ピエトロ大聖堂の主任建築家として活躍した。同時代人からは神のごとき人と称され、彫刻・絵画・建築を統合した万能の芸術家として崇敬された。
本書の内容
1.ディセーニョという思想
本書の中心概念はディセーニョ(disegno)である。この言葉は単なる素描ではなく、創造的構想までも含むルネサンス特有の概念を意味している。ミケランジェロにとって、彫刻も絵画も建築も、すべては素描による思考から始まっていた。本書は彼を単なる彫刻家や画家としてではなく、思考する素描家として捉え直している。
2.若き日の修業と素描の形成
本書はまず、ミケランジェロがギルランダイオの工房で学び、その後ジョバンニのもとで古典彫刻研究を行った時代を分析する。ここでは金属尖筆、ペン、黒チョークなど多様な画材による試行錯誤が紹介され、若き芸術家が人体表現を徹底して研究していた過程が示される。
3.彫刻制作のための素描
ダヴィデ像やモーセ像などの制作に際して、ミケランジェロは膨大な解剖学研究と筋肉表現の素描を残していた。本書では完成作品だけでは見えない身体構造の探究やポーズの変遷が追跡され、彫刻作品が数百枚の試行錯誤の末に誕生したことが示される。
4.システィーナ礼拝堂と人体研究
天井画制作においてミケランジェロは無数の裸体習作を描いた。本書ではアダムの創造や預言者像の準備素描を通じて、人体の動きや重力表現がどのように構築されたかを解説している。人体は単なる解剖学的対象ではなく、精神や神性を表現する器として描かれていた。
5.建築家としてのミケランジェロ
晩年のミケランジェロは建築家としても活動し、とりわけサン・ピエトロ大聖堂の設計に大きな足跡を残した。本書は建築図面や構造スケッチを分析し、彼の建築が彫刻的な空間把握と密接に結びついていたことを明らかにしている。建築図面もまた描くことによる思考の産物であった。
6.ミケランジェロの創造過程
本書最大の成果は、完成作品ではなく制作途中の痕跡を通して芸術家の思考過程を再現した点にある。消された線、描き直された輪郭、複数のポーズが重なる試作などが詳細に分析され、天才の創造行為が神秘ではなく不断の修正と探究によって支えられていたことが示される。
本書が言いたかったこと
ミケランジェロの真の天才性は完成作品ではなく、考えるために描くという創造の方法にあった。彫刻、絵画、建築という異なる芸術分野は、彼の中ではすべて素描という共通言語によって結びついていた。ミケランジェロは神がかった才能を持つ超人的存在として語られることが多いが、本書はむしろ、膨大な試行錯誤と観察、修正を積み重ねる極めて人間的な創作者としての姿を浮かび上がらせている。そして、芸術とは完成作品ではなく、創造へ至る思考の過程に宿るというルネサンス芸術の本質を示している。
