マチスについての手紙
1999年刊
遠山一行著
遠山一行の経歴
遠山一行は、日本を代表する音楽評論家・芸術評論家の一人であり、クラシック音楽、美術、文学など広範な芸術領域に深い洞察を持つことで知られている。1922年東京生まれ。東京大学文学部卒業後、音楽評論を中心に活動し、日本の戦後芸術文化を支えた知識人として高く評価された。特に西洋芸術を単なる知識としてではなく、人間精神の営みとして捉える姿勢に特徴がある。また、東京文化会館館長なども務め、日本の文化行政にも関わった。彼の文章は、難解な理論ではなく、静かな感受性と深い教養によって芸術の本質へ迫る。本書は、美術史的研究書というよりも、一人の芸術愛好家・思想家としてマティスと向き合った精神的対話の書である。
本書の内容
1.幸福の画家という通俗像への疑問
アンリ・マティスは一般に、鮮やかな色彩と明るい画面によって、幸福や悦びを描いた画家として理解されている。しかし遠山一行は、本書の冒頭から、その単純なマティス像に疑問を投げかける。確かにマティスの絵には軽やかさや開放感がある。しかし著者は、その背後には深い緊張感、孤独、厳しい精神的格闘が存在すると考える。マティスの明るさは、単純な楽観ではなく、苦悩を超えて獲得された明るさである。遠山は、マティスの作品を見つめながら、その画面の奥にある静かな不安や緊張を読み解いていく。本書は、そうした絵の奥側に耳を澄ませる試みである。
2.豪奢・平安・悦楽に潜む緊張
著者は、マティスの代表作豪奢・平安・悦楽を詳しく論じる。この作品は、穏やかな自然と人間たちが調和した理想郷のように見える。しかし、その構図や色彩には、単なる快楽主義では説明できない緊迫感がある。人物たちは自由でありながら、どこか静止し、均衡を保とうとしている。色彩も奔放でありながら、極めて慎重に制御されている。そこには、混沌を秩序へ変える意志が存在している。遠山は、マティスを感覚的な色彩画家ではなく、秩序を求め続けた精神の画家として捉えている。
3.生きる喜びと楽園への希求
生きる喜びについての考察では、著者はこの作品を単なる快楽的絵画とは見ていない。むしろ、人間が失われた調和を求め続ける願望の表現である。20世紀初頭のヨーロッパは、不安定な近代化と精神的不安の時代であった。その中でマティスは、暴力的な現代文明に対抗するように、静かな楽園を絵画の中に作り出そうとした。しかしその楽園は、決して安易な逃避ではない。遠山は、マティスが苦悩を知っていたからこそ、平安を描こうとしたのだと考える。彼の芸術は現実否定ではなく、現実を超えようとする精神の表現である。
4.ダンス、音楽に見る原始性と宇宙性
本書で特に重要なのが、ダンスと音楽についての考察である。ダンスにおいて、円環をなして踊る裸体の人々は、人類の原初的エネルギーを象徴している。遠山は、この作品に文明以前の根源的生命力を見る。同時に、その単純化された形態と強烈な色彩は、極度に洗練された知性の産物でもある。また音楽では、人物たちは静止しているようでありながら、画面全体に見えないリズムが流れている。音そのものは描かれていないが、色彩と配置によって音楽的空間が成立している。音楽評論家でもあった遠山は、ここでマティス絵画と音楽との深い関係を論じる。彼によれば、マティスの絵は見る音楽であり、色彩は旋律のように働いている。
5.窓と空間
本書で繰り返し扱われる主題の一つが窓である。マティスは窓辺を描くことを好んだ。遠山は、この窓を単なる室内風景の要素ではなく、内と外、現実と理想、有限と無限をつなぐ象徴として読む。窓の向こうには海や空が広がり、画面は閉じた室内から無限の空間へ開かれていく。マティスは、平面絵画の中に広がりを作ろうとしていた。遠山は、この空間感覚にマティス芸術の本質を見る。彼の絵は単なる装飾ではなく、人間精神を閉塞から解放する働きを持っている。
6.ヴァンス礼拝堂と晩年の到達点
晩年のヴァンス礼拝堂について、著者はマティス芸術の総決算として論じている。病と老いに苦しみながら制作されたこの礼拝堂では、装飾、光、色彩、宗教性が一体化している。ここでマティスが絵画を超え、空間そのものを芸術化する境地へ達した。特に白い壁と光の関係は重要であり、色彩の画家として知られるマティスが、最終的には光そのものに到達したことを著者は強調する。
7.ピカソとの対比
遠山は、しばしばマティスをピカソと比較する。ピカソが破壊と変革の画家であるのに対し、マティスは調和と静寂の画家である。しかし両者を単純に対立させない。むしろ20世紀芸術は、この二人の巨大な才能によって支えられていた。ピカソが世界の裂け目を描いたとすれば、マティスは世界を癒す可能性を描こうとした。
本書が言いたかったこと
マティスの芸術とは、単なる美しい色彩の世界ではなく、人間が混乱と不安の時代の中で、なお平安と調和を求め続けた精神の営みである。遠山は、マティスを軽やかな装飾画家としてではなく、極めて深い精神性を持った芸術家として描いている。彼の絵が明るいのは、現実が明るかったからではない。むしろ不安や苦悩を深く知っていたからこそ、その対極として静けさや調和を求めた。本書は、芸術とは何かという問いにも静かに答えている。芸術とは現実から逃避するためのものではなく、人間の内面を整え、世界との関係を回復するための行為である。マティスの絵は、人間の魂がなお安らぎを必要としていることを示している。本書は、マティス論であると同時に、人はなぜ美を必要とするのかを問い続けた精神的エッセイでもある。
