リンドン・ジョンソンの時代

The Years of Lyndon Johnson
1982年初版
Robert A. Caro著

ロバート・A・カロの経歴

ロバート・アラン・カロは1935年、ニューヨークに生まれた。プリンストン大学を卒業した後、ジャーナリストとなり、ニューヨークの新聞で約6年間、調査報道記者として働いた。その後ハーバード大学のニーマン・フェローとなった。記者時代のカロは、政治の表面的な発言や選挙よりも、実際に誰が決定権を持っているのかに関心を持つようになった。この問題意識から、ニューヨークの都市開発を長年支配したロバート・モーゼスを研究し、7年間の調査を経て1974年に大著ロバート・モーゼス伝を刊行し、年ピュリッツァー賞を受賞した。カロの研究方法は徹底している。本書の執筆では、ニューヨークからテキサス・ヒル・カントリーへ移住し、ジョンソンの故郷の生活を体験した。更にジョンソン大統領図書館の膨大な文書を調査し、それまで取材されたことのない人々を含む多数の関係者にインタビューしている。その成果が本書である。

本書の内容

1.権力への道

1982年刊行の第1巻は、ジョンソンの誕生から1941年の上院選挙での敗北までを描く。ジョンソンは1908年、テキサス・ヒル・カントリーに生まれた。この地域は貧しく、電気も十分に普及せず、農民たちは過酷な生活を送っていた。父サム・ジョンソンは州議会議員を務めたが、投機に失敗して家族を経済的困窮へ追い込んだ。少年ジョンソンはこの貧困と父親の失敗を間近で経験する。カロはここに、後のジョンソンを動かす巨大な権力への欲望の原点を見る。貧困から逃れたい。人から見下されたくない。誰よりも上に立ちたい。その欲望は学生時代から現れる。ジョンソンは組織を作り、人間関係を操り、自分に有利な政治的集団を形成する能力を早くから示した。

2.貧困を知った政治家

しかしジョンソンには、単なる権力欲だけでは説明できない側面があった。若い頃、メキシコ系住民の多い貧しい学校で教師を務めた経験から、社会的弱者が置かれた状況を実際に知った。更に議員となってからは、ニューディール政策を利用してテキサス農村部への電力供給などを推進する。電気のない農家の女性たちが、重労働に追われて早く老いていく。その生活が電化によって劇的に変わる。カロはこうした場面を詳細に描くことによって、政治権力は抽象的な制度ではなく、人間の生活を現実に変える力であることを示す。ここにシリーズ全体の重要な二面性が生まれる。ジョンソンは自分自身のために権力を求めた。しかし同時に、その権力によって弱者の生活を改善することもできた。

3.権力を得るための手段

1990年刊行の第2巻は、1941年の上院選挙敗北から1948年の上院議員選挙までを描く。この巻ではジョンソンの野心の暗い側面が前面に出る。

第二次世界大戦中の軍歴を政治的に利用し、経済的基盤を築き、政治資金とメディアを巧みに活用する。そして1948年、元テキサス州知事コーク・スティーヴンソンと民主党上院予備選挙で激突する。選挙は極めて僅差となり、最終的にジョンソンはわずか87票差で勝利した。しかし、この選挙では有名なBox 13をめぐる投票不正疑惑が生じた。カロは膨大な調査によってこの選挙の実態を追究する。ここでカロが提示するのは、目的のためなら手段はどこまで許されるのかという問題である。ジョンソンの政治的才能は驚異的である。しかしその才能は、必ずしも高潔な方法だけに使われた訳ではなかった。

4.議会権力を支配する

2002年刊行の第3巻は、ジョンソンが1949年に上院議員となってから1960年までを描く。シリーズの中でも特に評価が高く、2003年ピュリッツァー賞を受賞した。ジョンソンは上院という組織を徹底的に研究する。誰が実際に力を持っているのか。委員会はどう動くのか。議員は何を望み、何を恐れているのか。誰を説得し、誰に利益を与え、誰に圧力をかければ法案を通せるのか。そして史上最年少級で上院多数党院内総務となり、上院を動かす巨大な権力を手にする。ジョンソンの政治技術の核心は、人間を読む能力だった。相手が欲しいものを見抜く。名誉を欲しがる者には名誉を与える。再選を心配する者には選挙支援を示す。そして必要なら巨大な身体を相手に近づけ、顔を目前まで寄せて説得する。しかしその核心は、単なる政治技術ではない。ジョンソンは1957年、公民権法成立に重要な役割を果たした。これは再建期以来初めて成立した連邦公民権法であった。内容には限界があったが、長年公民権法案を阻止してきた上院を動かしたこと自体が重要だった。ここでジョンソンの権力は別の意味を持ち始める。それまで自分が権力を得るために使ってきた政治技術を、今度は法制度を変えるために使う。カロがジョンソンに強く惹かれた理由もここにある。権力とは腐敗させるだけのものではない。正しく使われれば、それまで政治から排除されてきた人々の人生を変えることもできる。

5.権力の空白

2012年刊行の第4巻は1958年から1964年を扱い、ジョンソンの副大統領時代、ケネディ暗殺、大統領就任直後を描く。1960年、ジョンソンは民主党大統領候補指名をジョン・F・ケネディと争って敗れ、副大統領候補となる。副大統領になると、それまで上院を自在に動かしていたジョンソンは急速に権力を失う。肩書は高いが、実際には決定権がない。カロはここで、権力を持つジョンソンと権力を失ったジョンソンを対比する。そして1963年11月22日、ケネディがダラスで暗殺され、ジョンソンは突然大統領となる。

6.ケネディ暗殺後の驚異的な政治力

大統領に就任すると、ジョンソンは直ちに政治的能力を発揮する。暗殺によって混乱した政府を安定させ、ケネディ政権の閣僚を留任させ、議会指導者と交渉し、それまで停滞していた重要法案を動かし始める。第4巻は特に、権力が一人の人物から別の人物へ移る瞬間を克明に描く。副大統領としてほとんど無力だった人物が、大統領就任と同時に、それまで数十年間蓄積してきた政治技術を一気に使用する。カロにとって重要なのは肩書ではない。制度上与えられた権限を、実際の政治的結果へ変換できるかどうかこそ権力である。

7.ジョンソンという巨大な矛盾

4巻を通じて描かれるジョンソンは、単純に善人とも悪人とも分類できない。極端な野心家であり、嘘をつき、人間を操り、政治的目的のためなら強引な方法も使う。しかし同じ人物が貧しい農民の生活を理解し、人種差別によって権利を奪われた人々のために政治権力を行使する。カロはこの矛盾を消そうとしない。むしろそこに政治権力の本質を見る。権力を欲する人物は必ずしも善人ではない。しかし社会を大きく変えるには権力が必要である。そして権力を最も巧みに獲得できる人物が、それを最も高潔に使う人物であるとも限らない。この矛盾こそ本書全体を貫く最大の問題である。(尚シリーズはまだ完結していない。)

本書が言いたかったこと

本書はリンドン・ジョンソンという一人の大統領の人生だけではない。本書の真の主人公は権力そのものである。カロが問い続けるのは、権力はどこから生まれるのか、誰がそれを握るのか、どうすれば人間や組織を動かせるのか、そして権力を手にした人物がそれを何のために使うのか、という問題である。カロ自身も、自らの著作は政治権力と、それが権力を持たない人々に及ぼす影響を描く試みだと説明している。ジョンソンはその研究対象として理想的な人物だった。彼には猛烈な権力欲があった。人間の弱点を見抜き、金、人脈、情報、議会手続、説得、威圧を組み合わせて権力を獲得した。その過程には欺瞞や強引な手段もあった。しかし、その同じ能力によって、それまで不可能と思われていた政治的変化を実現することもできた。ここにカロの権力観の重要な点がある。権力は腐敗するというだけでは政治の半分しか説明できない。権力は人間を傷つけることもできるが、権力なしには社会的不正を是正することもできない。だから問題は権力そのものが善か悪かではない。誰が、どのように権力を獲得し、誰のために、どのような目的で使うのか。そしてその結果、権力を持たない普通の人々の生活がどう変わったのか。それこそが政治を評価する上で重要である。その意味で本書は大統領伝という枠を超えている。民主主義社会の表面に見える選挙や制度の背後で、現実の権力がどのように形成され、行使され、歴史を動かしているのかを、一人の政治家の生涯を通じて解剖した権力の伝記である。

未来の輪郭