風景画とは何か

風景画とは何か
1981年刊
高階秀爾著

目次

著者の経歴

高階秀爾は1932年東京生まれの美術史家であり、東京大学教養学部を卒業後、フランス政府給費留学生としてパリ大学に学び、西洋美術史、とりわけフランス近代美術研究を専門として活動した。東京大学教授、国立西洋美術館館長、大原美術館館長などを歴任し、日本における西洋美術研究の第一人者として知られる。専門はルネサンスから近代に至るヨーロッパ美術であるが、とりわけ印象派や象徴主義、美術思想史への深い洞察に定評がある。高階の著作の特徴は、単なる作品解説にとどまらず、美術作品の背後にある時代精神や人間観、文明史的背景を平易な文章で読み解く点にある。本書もまた、風景画を単なる自然描写としてではなく、人間が自然をどのように見てきたかという精神史として考察した重要な著作である。

本書の内容

1.風景という概念の誕生

本書はまず、風景という概念が普遍的なものではなかったことから論を始める。古代や中世ヨーロッパでは、自然は人間を取り巻く神の創造物であり、独立した鑑賞対象ではなかった。そのため絵画においても、自然は宗教画や歴史画の背景として描かれることはあっても、それ自体が主題となることはほとんどなかった。高階はここで、風景画とは自然そのものではなく、人間が自然をどう認識したかによって成立する文化的産物であると指摘する。

2.ルネサンスと自然観の変化

ルネサンス期になると、人間中心主義の広がりと遠近法の発達によって、自然は秩序ある空間として再発見される。レオナルド・ダ・ヴィンチや北方ルネサンスの画家たちは、自然を観察対象として捉え始め、風景描写は次第に重要性を増していった。本書では、透視図法の成立が単なる技法上の進歩ではなく、世界を合理的に見る視線の誕生であったことが強調される。風景画は、この近代的視覚の成立と深く結びついていた。

3.17世紀オランダ絵画と風景画の独立

高階は特に17世紀オランダ絵画を、風景画が独立したジャンルとして確立された重要な時代として位置づける。宗教改革後のオランダでは、教会美術の需要が減少し、市民社会が発展したことで、日常風景や自然そのものが絵画の主題となった。ここではロイスダールやホッベマなどの作品を通じて、平凡な農村や空、森が芸術の対象へと転化していく過程が論じられる。自然は神話的象徴から解放され、人間が現実に生きる世界として描かれるようになった。

4.ロマン主義と崇高なる自然

19世紀になると風景画は精神的意味を帯びる。ロマン主義の時代、自然は人間を超えた壮大な力として認識されるようになった。本書ではフリードリヒやターナーが取り上げられ、人間の孤独、不安、宗教的感情が風景の中に投影される様子が分析される。嵐や霧、海や山岳は単なる自然描写ではなく、人間存在を象徴する場となった。高階はこの時代の風景画に、自然を見るのではなく、自然を通して精神を見るという近代的感性を見出している。

5.印象派と光の風景

本書は、モネら印象派によって、風景画が光と色彩の研究へと変化した過程を論じる。印象派にとって自然は固定的な存在ではなく、一瞬ごとに変化する光の現象であった。ここでは自然の客観的再現よりも、見る瞬間の感覚が重視される。風景画は、自然を描くのではなく、人間の知覚や感受性を表現する媒体へと変貌した。

6.日本人と風景観

本書の後半では、日本人の風景観にも話が及ぶ。西洋では風景画が比較的新しいジャンルであったのに対し、日本や中国では古くから山水画が発展していた。しかし高階は、東洋の山水画と西洋風景画は本質的に異なると指摘する。東洋では自然の中に精神的理想世界を見出す傾向が強く、西洋では視覚的現実としての自然観察が重視された。この比較によって、本書は風景画を単なる美術史ではなく、文明比較論へと広げている。

本書が言いたかったこと

風景画とは人間が自然をどう見たかを映し出す精神史である。人間は時代によって自然への感じ方を変化させ、その変化が絵画に反映されてきた。宗教的世界観の時代には自然は神の背景であり、近代になると観察対象となり、ロマン主義では精神の象徴となり、印象派では知覚へと変化した。風景画の歴史とは、人間の自然観・世界観・自己認識の歴史である。風景画を見ることは単に美しい景色を見ることではなく、人類が自然とどう向き合ってきたかを知ることである。

ルネッサンスの光と闇(1971年)

理性の時代に潜む闇を読み解く
ルネサンスを古代文化の復興、人間性の解放、合理主義の誕生という明るい進歩史だけで捉えず、その背後に存在した魔術、占星術、錬金術、異端思想、死への恐怖などを含めて理解しようとした高階の代表作である。レオナルド、ミケランジェロ、ボッティチェリなどの作品を、単なる様式変化としてではなく、当時の人間が宇宙、自然、身体、神をどのように理解していたかという精神史の中に位置づける。合理的な遠近法が発達した一方、人々は占星術や神秘思想を真剣に信じていた。つまり近代的理性は中世的世界観を一挙に消滅させたのではなく、その闇と共存しながら成立していた。美術作品を時代精神の結晶として読み解く、高階美術史の方法を最も鮮明に示した力作である。

芸術空間の系譜(1967年)

人間は空間をどのように発見してきたのか
ラスコーの洞窟壁画からギリシア、ゴシック、ルネサンスを経て近現代の抽象芸術までを、空間認識という一本の軸によって貫いた壮大な美術史論である。高階は芸術を眼前の自然の単純な再現とは考えない。人間が世界をどう理解しているかによって、描かれる空間が変化すると考える。ルネサンスの遠近法は単なる描画技術ではなく、人間を世界を見る主体として中心に据えた新しい世界観の表現であった。同様に、建築、彫刻、都市、抽象絵画にも、それぞれの時代固有の空間認識が表れる。したがって美術史とは様式が交代する歴史である以上に、人間が世界をどのように認識してきたかという精神史である。美術・建築・都市を横断して西洋文明そのものを論じた、高階初期の最重要著作の一つである。

日本近代美術史論(1972年)

日本美術は西洋との衝突をどう乗り越えたか
高階の日本美術研究を代表する大著である。高橋由一、黒田清輝、青木繁、狩野芳崖、岡倉天心、横山大観、菱田春草、富岡鉄斎、藤島武二、山本芳翠らを取り上げ、幕末から近代にかけて日本美術が西洋美術との遭遇によって経験した巨大な変化を追う。単純な西洋化の歴史として説明しない。洋画家は西洋技法を学びながら日本人として何を描くべきか苦悩し、日本画家も伝統を守るだけでなく、西洋美術から刺激を受けながら新しい日本画を創造した。近代日本美術とは、西洋と日本、革新と伝統の激しい葛藤から生まれた。個々の芸術家の内面にまで踏み込みながら、日本にとって近代美術とは何だったのかを問う、高階の日本美術論の力作である。

世紀末芸術(1981年)

退廃から20世紀芸術が生まれた
19世紀末ヨーロッパの芸術を、単なる退廃趣味としてではなく、20世紀芸術を準備した巨大な転換期として捉えた著作である。象徴主義、アール・ヌーヴォー、世紀末文学などを横断しながら、合理主義と産業文明が急速に進展する一方で、人々が夢、神秘、エロティシズム、死、無意識、人工的な美へ強く惹かれていった状況を読み解く。そこでは健全な近代社会の裏側から、近代への不安や反抗が噴き出していた。高階は絵画だけでなく文学、建築、装飾などを関連づけ、世紀末を総合的文化現象として描く。その精神はやがて表現主義、シュルレアリスム、抽象芸術などへつながっていく。19世紀から20世紀への境界に生じた精神的危機を美術によって解読し、退廃の中に次代の創造力を発見した文化史的美術論である。

20世紀美術(1993年)

何でもありになった現代美術をどう理解するか
フォーヴィスム、キュビスム、未来派、抽象芸術、ダダ、シュルレアリスムなど、急激に多様化した20世紀美術を大きな歴史的流れの中に位置づけた著作である。写真や映画の登場によって、絵画は現実を正確に再現するという従来の役割から解放された。その結果、画家たちは色彩、形態、無意識、運動、物質を表現の対象とするようになる。しかし自由の拡大は同時に、そもそも芸術とは何かという根本問題を生み出した。高階は前衛芸術を奇抜な様式の連続として扱わず、近代社会における人間の感覚と世界認識の変化として説明する。そして感覚だけが人間性全体から切り離される危険にも目を向ける。複雑な20世紀美術を思想史・社会史・感覚の歴史として整理し、現代美術の自由と危機を同時に論じた重要な通史である。

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