開かれた社会とその敵

The Open Society and Its Enemies
1945年刊
Karl Popper著

カール・ポパーの経歴

カール・ライムント・ポパー(1902-1994年)は、オーストリア=ハンガリー帝国のウィーンに生まれた。父は法律家であり、豊富な蔵書を持つ知識人でもあった。両親はユダヤ系の家系からキリスト教へ改宗していたが、ナチスの人種政策上はユダヤ系と見なされた。ポパーの青年期は、第一次世界大戦、ハプスブルク帝国の崩壊、革命、社会主義運動、ファシズムの台頭という政治的大混乱と重なっていた。若い頃にはマルクス主義に接近した時期もあった。しかし1919年、ウィーンで共産主義者による政治運動に参加した若者たちが警察との衝突で死亡した事件を経験し、歴史の必然や革命という抽象的理念のために現実の人間を犠牲にする思想に強い疑問を抱くようになった。その後、数学、物理学、心理学、哲学などを学び、ウィーン大学で博士号を取得した。ポパーを最初に有名にしたのは政治哲学ではなく科学哲学である。1934年に科学的発見の論理を刊行し、反証可能性という考え方を提示した。科学とは、絶対に正しいことが証明された理論ではない。むしろ、間違っている可能性に自らをさらし、観察や実験によって批判され、誤りが発見されれば修正される知識体系であると考えた。この科学哲学は、後の政治思想と深くつながっている。科学が進歩するのは間違わないからではなく、間違いを発見して修正できるからである。社会も同じではないか。これが開かれた社会とその敵の根底にある思想である。1937年、ナチズムの拡大を警戒したポパーはニュージーランドへ移住し、クライストチャーチのカンタベリー・ユニバーシティ・カレッジで哲学を教えた。第二次世界大戦中、ヨーロッパで全体主義が猛威を振るう状況を見ながら本書を執筆した。ポパー自身にとってこれは全体主義に対する知的な戦争への貢献であった。原稿の出版には困難があったが、美術史家ゴンブリッチや経済学者ハイエクらの支援を受け、1945年にRoutledgeから刊行された。1946年にはロンドンへ移り、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)で教鞭を執った。その後歴史主義の貧困推測と反駁客観的知識などを著し、20世紀を代表する科学哲学者・政治哲学者となった。

本書の内容

1.閉ざされた社会と開かれた社会

本書の出発点は、人間社会を閉ざされた社会と開かれた社会という二つの方向から考えることである。閉ざされた社会とは、伝統、宗教、部族、民族、階級などの共同体が個人より優先され、その社会秩序が絶対的なものとして扱われる社会である。そこでは人間は自分で考えて生きる個人というより、共同体の一員として位置づけられる。それに対して開かれた社会では、個人が自分自身の判断について責任を負う。自分たちの制度が間違っている可能性を認め、その間違いを平和的に修正できる社会なのである。

2.歴史には決められた目的があるのか

ポパーが本書で最も激しく批判するのが歴史主義である。歴史主義とは、歴史には一定の法則や方向があり、その法則を発見すれば未来の社会を予測できるという考え方である。ポパーはこれを危険だと考える。なぜなら未来はこうなることが歴史的に決まっていると信じれば、その未来を実現するために現在の人間を犠牲にすることが正当化されやすいからである。未来の理想社会という名目で、現在生きている人間を犠牲にしてはならない。これが本書の根本的な倫理である。

3.プラトン批判

第一巻では、古代ギリシアのプラトンが主要な批判対象となる。ポパーはプラトンの哲学的偉大さを否定している訳ではない。しかし国家に示された理想国家論には、閉ざされた社会へ回帰しようとする思想が含まれていると解釈する。プラトンの理想国家では社会が階層化され、哲人王が統治し、守護者階級が国家を防衛し、生産者が経済活動を担う。ポパーは、このように社会全体を一つの理想的秩序に固定し、変化を抑えようとする思想を危険視する。

4.ソクラテスとプラトンを区別する

興味深いことに、ポパーはソクラテスを高く評価する。ソクラテスの精神とは、自分は間違っているかもしれないと認めながら対話することである。これはポパー自身の批判的合理主義に近い。それに対して、ポパーの解釈では後期プラトンは、真理を知る哲人が社会全体を設計する方向へ進んだ。したがってポパーが批判するのは、自分は真理を知っているから、他人を支配してよいという政治思想である。

5.誰が支配すべきかという問い

これは本書でも特に重要な部分である。古典的政治哲学では、誰が国家を支配すべきかという問いが繰り返されてきた。しかしポパーは、この問いそのものが間違っていると考える。完全に賢い支配者など存在しない。どの支配者も間違える。善人が権力を握る保証もない。そこで問題を、悪い支配者が権力を握っても、大惨事を起こさず平和的に交代させられる制度をどう作るかへ変更する。ここにポパーの民主主義論の核心がある。

6.民主主義とは人民が支配する制度以上のもの

ポパーにとって民主主義の最大の価値は、多数者が正しいことではない。多数者も間違える。選挙で選ばれた政治家も間違える。民主主義の価値は、流血革命や内戦を起こさずに政府を交代させられることにある。民主政治とは、最善の人間を選ぶ制度というより、最悪の支配者を平和的に追放できる制度である。この考え方は非常に現実主義的である。

7.ヘーゲル批判

第二巻ではヘーゲルとマルクスが主要な批判対象となる。ポパーはヘーゲルの歴史哲学を厳しく批判する。ヘーゲルは歴史を精神が自己展開していく合理的過程として理解した。ポパーは、こうした歴史観が現実に成功した国家や権力こそ歴史の必然を体現しているという考えにつながり、国家権力を正当化する危険を持つと考えた。

8.マルクスへの評価は単純な否定ではない

マルクスに対する態度は更に複雑である。ポパーはマルクスを単純な悪人や全体主義者として扱ってはいない。むしろ19世紀資本主義における労働者の貧困、搾取、社会的不平等に対するマルクスの道徳的憤りを高く評価している。マルクスが社会科学に大きな問題を提起したことも認める。しかし問題は、「資本主義は必然的に崩壊する」「階級闘争は必然的に革命へ向かう」「革命後には階級のない社会が成立する」という歴史的予言である。ポパーは、この必然性を否定する。社会は人間の知識、技術、政策、制度、偶然の出来事によって変化する。未来の知識を現在から完全に予測できない以上、歴史の未来を科学的に予言することもできない。

9.予言と科学は違う

ここでポパーの科学哲学と政治哲学が結びつく。科学とは、間違っている可能性を認め、反証されれば理論を修正する営みである。ところが歴史主義的思想は、「予言が外れたのは条件がまだ整っていないからだ」「革命が起きなかったのは敵が妨害したからだ」などと説明し、理論を反証不能にしてしまう危険がある。どのような結果が起きても自分の理論が正しいと言えるなら、それは批判を免れてしまう。ポパーが恐れるのは、間違いを認める仕組を持たない思想である。

10.ユートピア的社会工学の危険

では社会改革をしてはいけないのか。ポパーの答えはまったく逆である。貧困があるなら改善する。失業があるなら政策を考える。差別があるなら法律を変える。教育に問題があるなら制度を改革する。しかし、社会全体を根本から作り直し、完全な理想社会を建設するという発想には反対する。なぜなら巨大な社会改革では、予想外の結果が大量に発生するからである。しかも計画が失敗した場合、指導者は計画そのものではなく、反革命勢力が妨害した、国民の意識が遅れているなどと考え、更に強制力を強める可能性がある。こうしてユートピア建設が独裁へ変わるのである。

11.漸進的社会工学

ポパーが代わりに提唱するのが漸進的社会工学である。社会全体を一度に作り直すのではない。具体的な問題を一つずつ改善する。政策を実施する。結果を見る。失敗したら修正する。うまくいかなければ撤回する。改革→検証→批判→修正を繰り返す。これは科学的方法とよく似ている。社会制度も仮説として扱い、結果を観察し、間違っていれば変更するのである。

12.幸福を最大化するより苦痛を減らす

ユートピア思想は、すべての人を幸福にする社会を目指す。しかし何が幸福なのかについて人間の意見は一致しない。国家がこれが幸福だと決め、それを全国民に強制すれば、かえって専制になる可能性がある。そこでポパーは、壮大な幸福の最大化よりも、明確に確認できる苦痛を減らすことを優先する。貧困を減らす。暴力を減らす。差別を減らす。病気を減らす。失業を減らす。人間が何を幸福と考えるかは本人に任せる。国家は国民を幸福にする人生設計者になるのではなく、不必要な苦痛を減らす制度を作るべきだという考え方である。

13.寛容のパラドックス

本書から生まれた最も有名な概念の一つが寛容のパラドックスである。寛容な社会が、あらゆる思想を無制限に許容したらどうなるのか。無制限の寛容は、最終的には寛容を破壊し得る。ただしポパーは、気に入らない意見を禁止せよと主張したのではない。彼はまず合理的議論や世論によって不寛容な思想に対抗することを重視し、暴力を用いて議論を拒絶する勢力に対して社会が自衛する権利を認めたのである。

14.自由のパラドックス

同じように自由にも逆説がある。自由を完全に無制限にすれば、強者がその自由を利用して弱者を支配する可能性がある。例えば経済的・政治的権力を持つ者が、他人の自由を奪えるほどの力を持てば、自由社会は崩壊する。したがって自由社会には法律が必要である。ポパーの自由主義は、何をしても自由という思想ではない。すべての人間の自由を守るため、自由にも一定の法的限界が必要であるという立場である。

15.批判できる社会こそ開かれた社会

開かれた社会とは、何でも許される社会ではない。完全な社会でもない。むしろ不完全であることを自覚している社会である。政府は間違える。専門家も間違える。多数派も間違える。科学者も間違える。だから批判が必要なのである。誰が正しいかより間違いをどう発見し、どう修正するかが重要である。これがポパーの政治哲学の中心にある。

本書が言いたかったこと

人間は間違える存在である。それなら、間違える人間が権力を持つ社会をどう設計すればよいのか。ここからポパーの思想は始まる。伝統的政治思想は、優れた支配者を探そうとしてきた。しかしポパーは、そこに根本的な危険を見る。正しい人間に絶大な権力を与えることよりも、間違った人間が権力を握っても被害を限定し、平和的に交代させられる制度を作る方が重要である。これが民主主義の本当の価値である。そしてこの考え方は、ポパーの科学哲学と完全につながっている。科学が発展したのは、科学者が絶対的真理を持っていたからではない。仮説を立て、批判し、間違いを発見し、修正してきたからである。社会も同じである。間違いを認めて修正できる制度を持つことである。逆に最も危険なのは、我々だけが歴史の法則を知っている、我々だけが正義を知っている、未来は必ず我々の理想へ向かうと確信する政治思想である。その瞬間、反対者は単なる意見の違う人間ではなく、歴史の進歩を妨害する敵とみなされる。そして理想社会のためなら、その敵を排除することが正当化される。ファシズムや共産主義だけでなく、あらゆる政治思想がこの誘惑を持つ。だからポパーが守ろうとしたのは特定の政党や経済体制ではない。批判する権利そのものである。更に重要なのは、ポパーが保守的な現状維持を説いている訳でもない。社会には改革が必要である。貧困や差別や不正義を放置してはならない。しかし社会全体を一度に理想化しようとしてはいけない。具体的な悪を一つずつ改善し、結果を確認し、失敗すれば修正する。その意味でポパーの政治思想は、革命主義と現状維持主義の中間にある。自由社会を守る最良の方法は、正しい支配者を探すことではなく、あらゆる支配者と思想を批判可能にし、失敗した政策や政府を平和的に交換できる仕組みを維持することである。本書の核心は、何が絶対的に正しい社会かを教えることではない。むしろ、我々は間違っているかもしれないという一見弱く見える認識こそ、自由な文明を守る最も強い原理であると説いたところにある。

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