財政再建から成長政策投資へ

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日本財政の新たな道筋

会田卓司氏(クレディ・アグリコル証券東京支店チーフエコノミスト)は、2026年3月24日の参議院予算委員会公聴会に公述人として出席し、日本財政について一般的な巨額債務を抱え、財政再建が急務という理解とはかなり異なる見方を提示した。参議院の公式記録でも、会田氏に対して金利上昇、政府支出、民間投資、ネットの資金需要、社会保障などをめぐる質疑が行われている。会田氏の議論を一言で表現すれば、日本の問題は政府債務が大きすぎることではなく、政府と企業を合わせた国内投資・支出が不足していることであり、財政再建より成長投資を優先すべきであるという主張である。以下、その論理を整理する。

1.日本財政は危機的ではない

会田氏が最初に問題にしたのは、日本の一般会計における国債費の見せ方である。日本の歳出では国債費が約26%を占め、一見すると借金返済が国家財政を圧迫しているように見える。しかし、この中には国債の60年償還ルールに基づく債務償還費が含まれている。会田氏によれば、国債は実際には満期のたびに借り換えられており、60年間で税金によって国債残高を消滅させている訳ではない。米国などと同様の考え方で比較するなら、この債務償還費を通常の歳出として扱うこと自体を再検討すべきである。更に、日本では利払い費をグロスで計上するのに対し、米国では政府が受け取る利子等を差し引いた純利払い費を用いるなど、表示方法にも違いがあると指摘する。こうした違いを調整してグローバルスタンダードに近い形に組み替えると、会田氏の計算では日本の国債費は歳出の約26%ではなく約6%になる。したがって、国債費によって日本財政は身動きが取れないという説明は実態を誇張しており、政府には戦略的投資を拡大する余地がある、というのが第一の主張である。

2.政府債務は政府資産を差し引いて見る

第二の重要な論点が、政府債務の評価方法である。日本は一般政府の総負債を見るとGDP比約213%と非常に大きく、米国やユーロ圏を大幅に上回る。しかし日本政府は同時に巨額の金融資産を保有している。そこで金融資産を負債から差し引いた純負債を見ると、会田氏が国会で示した数字ではGDP比約75%となり、米国の約105%を下回る。更に名目GDPの拡大によって、日本の純負債GDP比は直近では約67%まで改善している。したがって、政府債務GDP比200%超=日本は財政危機という単純な議論は適切ではない、という立場である。ただし、ここは会田氏の議論の中でも議論の余地がある部分である。政府保有金融資産のすべてを債務返済に自由に充当できる訳ではなく、総債務、純債務、中央銀行保有国債、政府資産の性格を分けて考える必要がある。

3.日本企業は貯蓄超過である

会田氏の議論で最も特徴的なのが、政府だけではなく企業と政府を一体として資金循環を見る点である。本来、企業は銀行や市場から資金を調達し、設備、人材、研究開発などに投資する主体である。したがって企業部門は資金不足、つまり純債務を抱えるのが通常である。ところが日本企業はバブル崩壊以降、借金返済とコスト削減を優先し、賃金や設備投資を抑えてきた。その結果、企業部門が巨大な貯蓄主体になってしまった。会田氏はこれを日本経済の異常な状態と捉える。企業が貯蓄し、政府まで財政黒字化を目指して支出を抑えれば、国内経済から需要が失われる。その結果、GDPが伸びず、家計所得も増えない。企業が貯蓄するなら、政府まで同時に貯蓄してはいけないというのが会田氏の基本的なマクロ経済観である。

4.重要なのはネットの資金需要

ここから会田氏独自のネットの資金需要という考え方につながる。会田氏は、企業貯蓄率+政府財政収支=ネットの資金需要という指標を重視する。企業が積極的に資金を調達して投資し、政府も必要な支出を行えば、ネットの資金需要はマイナスとなる。それによって経済に十分な需要が生まれ、GDPや家計所得の拡大につながる。ところが日本では、企業が投資を抑えて巨額の貯蓄超過となっている。このため、政府が財政赤字であっても、その赤字の規模が企業の貯蓄超過より小さければ、企業と政府を合わせた経済全体では十分な資金需要が生まれない。コロナ前の日本では、実際にネットの資金需要がほぼゼロまで縮小していた。したがって会田氏は、日本は財政赤字を続けてきたから積極財政だったのではなく、企業の貯蓄超過まで含めて考えれば、経済成長に必要な需要を生み出すには政府支出が十分ではなかったと評価する。重要なのは財政赤字そのものの大小ではなく、企業と政府を合わせた日本経済全体で、成長に必要な資金が投資や支出に向かっているかどうかである。

5.年間30兆円官民投資を拡大する

では具体的にどの程度の投資が必要なのか。会田氏は、名目GDPを3%台で持続的に成長させ、家計所得を増加させるためには、ネットの資金需要をGDP比でおおむねマイナス5%程度にする必要があると考えている。現在これがほぼゼロであるから、年間約30兆円規模の官民投資拡大が必要になるという計算である。重要なのは、政府が単純に30兆円を消費するという話ではない。政府支出によって民間投資を誘発し、企業自身にも資金を貯蓄から投資へ移動させる官民連携型投資を想定している。したがって政策目的は政府を大きくすることではなく、企業の貯蓄超過を投資超過へ転換させることにある。

6.プライマリーバランス黒字化目標を改める

会田氏が財政制度改革として特に重視しているのが、プライマリーバランス黒字化を中心とする現在の財政規律の見直しである。PB黒字化を絶対的な目標とすると、将来の成長を生み出す政府投資まで現在の税収の範囲内で行わなければならなくなる。会田氏はこれを問題視し、経常的支出と投資的支出を明確に分けることを提案している。社会保障や行政サービスなどの経常的支出については、長期的には税収・税外収入の範囲に収める。一方、インフラ、科学技術、産業政策、経済安全保障など将来の生産力を高める投資については、現在の税収だけで賄う必要はなく、国債によって調達してよいという考え方である。したがって会田氏が考える望ましい財政は、経常収支は長期的に均衡させるが、財政全体では投資額に相当する赤字を許容するという姿になる。これは単純な財政赤字容認論ではなく、財政を消費と投資に分離するゴールデンルールに近い発想と理解すると分かりやすい。

7.社会保障問題を成長で解決する

社会保障についても同じ思想が貫かれている。高齢化が進むから財政再建・増税・社会保険料引上げが必要だという議論に対し、会田氏は経済成長率の前提を問題にする。国会では、年金制度の将来計算が極めて低い成長率を前提とするため、社会保険料負担が重くなり、現役世代を疲弊させていると主張した。仮に実質成長率を1%程度確保できれば、社会保障基金の状況は大きく改善し、社会保険料や消費税を引き下げる余地さえ生じる。したがって、高齢化→財政悪化→増税ではなく、投資拡大→成長率上昇→所得・税収増加→社会保障安定という順序で考えるべきである。

8.会田財政論の核心

以上をまとめると、会田卓司氏の国会での主張は、従来の財政論の問いを変えようとするものである。従来型の議論は、これ以上国債を増やして大丈夫なのかから出発する。これに対して会田氏は、政府と企業を合わせて、日本経済全体として十分な投資が行われているのかを出発点とする。日本では企業が過剰貯蓄状態にあり、政府までPB黒字化を目指して支出を抑制した結果、経済全体の資金需要が消滅し、30年間にわたり名目GDP、賃金、家計所得が伸びにくくなった。したがって政府の役割は、債務削減を最優先することではなく、国債を活用した戦略投資によって民間投資を誘発し、日本経済を再び投資する経済に変えることである。その意味で、会田氏の財政論は単なる積極財政論よりも、国家財政の健全化から、国家経済全体のバランスシートと投資能力の健全化へ財政政策の目的を転換せよという主張として捉えるのが適切である。尚、これは2026年3月24日の参議院予算委員会公聴会における会田氏自身の主張を整理したものであり、純負債による財政評価、年間30兆円の投資規模、ネットの資金需要と名目成長率の関係などについては、他の経済学者・財政当局から異論があり得る点は区別しておく必要がある。

会田氏の財政論をどう評価するか

会田卓司氏が2026年3月24日の参議院予算委員会公聴会で示した議論は、日本の財政を政府単体ではなく、企業・家計を含めた国民経済全体の資金循環から考える点に大きな特徴がある。実際、企業部門が1990年代末以降、恒常的な貯蓄超過に転じたこと自体は内閣府も繰り返し確認しており、会田氏だけの特殊な事実認識ではない。その意味で会田氏の問題提起には相当の説得力がある。しかし、政策論として全面的に採用するためには、いくつか慎重に検討すべき点も存在する。また興味深いのは、企業の貯蓄超過という現象自体は政府も以前から把握していたにもかかわらず、なぜそれが政府はもっと支出すべきだという財政政策の中心思想にならなかったのか、という問題である。

1ネットの資金需要と経済成長

会田氏の議論で最も重要であり、同時に最も検証を要するのは、ネットの資金需要を十分なマイナスにすれば、名目GDPや家計所得の持続的成長につながるという部分である。企業と政府が資金を使わなければ需要不足になるというマクロ経済的な論理は理解できる。しかし、資金需要を増やせば必ず生産性の上昇や実質成長につながる訳ではない。例えば政府が30兆円を追加支出しても、それが生産性の低い公共事業や既存産業への補助金に向かえば、短期的にはGDPを押し上げても、長期的な潜在成長率を高めない。したがって本当の問題はいくら使うかだけではなく、何に使い、どれだけ将来の生産力を増加させるかである。

2.政府純債務と財政リスク

会田氏が政府の総債務だけでなく金融資産を差し引いた純債務を見るべきだと主張することには合理性がある。しかし、政府資産のすべてが国債償還に直ちに利用できる訳ではない。外貨準備、政府保有株式、貸付金などにはそれぞれ政策目的があり、容易に換金できないものもある。一方、国債の元利払いは期限が到来すれば現金で行わなければならない。したがって、日本には資産があるから債務は問題ないとまで論理を進めることはできない。総債務、純債務、資産の流動性、利払い負担を併せて見る必要がある。

3.金利上昇とインフレ制約

低金利・デフレの時代には積極財政の余地は大きかった。しかし、金利と物価が上昇する局面では事情が異なる。国債残高が巨大である以上、金利上昇が続けば時間差を伴って政府の利払い費は増加する。また需要を追加し過ぎれば、供給能力が追いつかず、成長ではなくインフレとして現れる可能性もある。IMFも日本に限らず、高債務国について金利や不確実性を考慮した中期的な財政枠組の必要性を指摘している。積極財政には、財政赤字はいくらまでという単純な上限ではなく、インフレ率、金利、為替、労働力、設備稼働率などによって決まる動的な限界が存在する。

4.企業の貯蓄超過と政府行動

更に根本的な問題がある。企業が投資をしないので政府が代わりに支出するという政策を長期間続ければ、企業が投資しない原因が温存される可能性がある。日本企業が国内投資を抑えてきた背景には、人口減少、国内市場の低成長、規制、企業統治、リスク回避、海外投資へのシフトなど複数の要因がある。内閣府自身も、企業が財務体質強化や海外需要の取り込みを優先する一方、国内設備投資や人件費を抑制してきたことを指摘している。したがって最終目標は政府支出の恒久的拡大ではなく、企業自身が国内で投資したくなる経済構造を作ることでなければならない。

5.政府の賢明な投資判断への疑問

会田氏の議論の最大の実務的弱点は、財政余力の問題以上にここにある。政府がAI、半導体、エネルギー、防衛、量子、バイオ、インフラ、人材など将来性のある分野へ投資し、それによって民間投資を誘発できれば非常に強力な政策になる。しかし現実の予算編成では、政治的利益配分、既得権益、業界団体、省庁間調整、地方への配分などが入り込む。30兆円の投資余力を作っても、それが30兆円の成長投資になる保証はない。したがって会田論を実際の政策にするなら、積極財政論と同時に、投資先を選別し、失敗した政策を廃止し、投資効果を検証する制度改革が不可欠である。

これまでの財政政策の問題

1.企業の貯蓄超過は以前から知られていた

会田氏が突然、誰も知らなかった事実を発見した訳ではない。内閣府は2009年の段階ですでに、1990年代後半以降、企業が資金不足主体から資金余剰主体へ転換し、その企業貯蓄が政府の財政赤字をファイナンスしている構造を明確に指摘していた。2025年の分析でも、企業部門の貯蓄超過が約四半世紀続いていることを政府自身が確認している。したがって本当の疑問は、なぜ誰も気づかなかったのかではなく、なぜ気づいていたのに財政政策の中心思想にならなかったのかである。

2.政府財政と国民経済全体を別々に

一つの理由は、財政政策が政府の家計簿を中心に議論されてきたことである。財務省から見れば、税収、歳出、国債発行額、利払い費、PB、債務残高が主要な管理対象となる。一方、会田氏は政府の収支だけではなく、企業の貯蓄超過と政府赤字を一つの体系として見る。両者は、同じ数字を見ながら問題設定が異なる。財務省は現在も、国・地方の債務残高がGDPの約2倍に達していることなどを理由として、財政規律とPB黒字化の重要性を主張しているが、自分のテリトリーに固執し、日本全体のことを考えていないのが真の問題である。

3.財政赤字=将来世代へのツケ

政治的にも、財政問題は長年国の借金国民一人当たりの借金将来世代への負担という言葉で説明されてきた。これは非常に分かりやすいが、国家財政は家計財政とは根本的に異なる。一方、企業部門の貯蓄超過を政府部門の資金不足によって相殺し、ネットの資金需要を適切なマイナスに維持するという説明は、正否以前に極めて分かりにくい。民主政治では、単純で理解しやすい財政規律論の方が政策目標として定着しやすかったという面は否定できない。財務官僚は国民に分かりやすい説明を優先し、国家全体を真に発展させる思考が欠落しているのが真の問題である。

4.バブル崩壊の記憶

更に日本特有の歴史的経験がある。1990年代の日本では、企業の過剰債務、不良債権、土地価格崩壊が経済危機を引き起こした。その結果、企業も銀行も政府も借金を減らすことを健全化と考えるようになった。しかし企業が一斉に債務を減らして貯蓄主体になれば、誰かが反対側で資金を使わなければ経済全体の所得は縮小する。ここに会田氏の議論の核心がある。個々の企業にとって正しい借金を減らすという行動が、企業全体で同時に行われると、経済全体では需要不足を生む。日本はこの合成の誤謬から十分に抜け出せなかった。国家は企業や家計ではないことを財務官僚は理解しているがあえてそれを実行しないことに真の官僚制の問題がある。

5.日本独自の財政慣行

国債についても、日本には60年償還ルールが存在し、一般会計から国債整理基金特別会計へ毎年おおむね国債残高の60分の1を繰り入れる制度となっている。財務省自身、この制度と借換債によって国債償還を行っていることを説明している。こうした制度の下では、一般会計上の国債費が非常に大きく見える。この表示が、国債残高への強い警戒感を生みやすかったという会田氏の指摘には検討に値する部分がある。官僚の慣行重視の習性の弊害が集約されて現れた結果である。

財政規律と資金循環

会田氏の議論が重要なのは、積極財政を主張していること以上に、財政を見る単位を変えたことにある。従来は政府はいくら借金しているかが中心だった。会田氏は政府、企業、家計を合わせ、日本全体で誰が貯蓄し、誰が投資しているかを見る。企業が投資主体であった高度成長期なら、政府が財政均衡を重視しても経済全体には旺盛な資金需要が存在した。しかし企業自身が巨大な貯蓄主体へ変化した後も、政府が同じ財政思想を維持すれば、日本全体から資金需要が失われる。ここに、会田氏の問題提起の最も重要な意味があると思われる。したがって今後必要なのは積極財政か緊縮財政かという二者択一ではない。企業の貯蓄超過が大きい時には政府が投資を拡大し、企業投資が回復すれば政府が後退するという、民間の資金循環に応じた可変的な財政政策である。その上で財政規律についても、単純なPB黒字化だけではなく、政府債務、政府資産、金利、インフレ、名目GDP成長率、そして官民を合わせたネットの資金需要を同時に監視する仕組に転換する。これが会田氏の議論をその弱点まで補正した場合に導かれる、より現実的な財政政策ではないかと考えられる。

産業と投資に関する考察

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