国際決済システムの新潮流

目次

国際決済システム三つの潮流

1.ドル決済圏・BIS・人民元決済圏の競争と共存

世界の国際決済システムは現在、大きな転換期を迎えている。20世紀後半から現在に至るまで、国際金融は米ドルを中心とする決済システムによって支えられてきた。しかし近年は、中国による人民元国際化の推進、デジタル技術や分散台帳技術(DLT)の発展、更には中央銀行デジタル通貨(CBDC)の研究が進展したことにより、従来とは異なる新たな決済基盤の構築が世界各地で進められている。その結果、現在の世界は一つの決済システムへ収斂する方向ではなく、三つの異なる潮流が並行して発展している。

第一は、米国を中心とするドル決済圏である。SWIFTとCHIPSを中核とした既存の国際金融インフラである(Aシステム)。

第二は、国際決済銀行(BIS)が推進するアゴラ・プロジェクトを中心とした次世代決済システムである。既存の銀行制度を維持しながらトークン化技術によって決済の高度化を図ろうとする構想である(Bシステム)。

第三は、中国が推進する人民元決済圏である。現在のCIPSから将来のmBridgeへと発展する独自の国際決済ネットワークである(Cシステム)。

2.技術競争から金融秩序の競争へ

これら三つの潮流は、単なる決済技術の競争ではない。それぞれが異なる国際金融秩序を志向しており、経済安全保障や通貨覇権、国際政治とも密接に結び付いている。したがって、国際決済システムの将来は、金融技術のみならず、国家戦略や地政学を理解する上でも極めて重要なテーマとなっている。

米国を中心とするドル決済圏

1.ドル基軸体制を支える世界最大の決済ネットワーク

現在の国際金融の中心には米ドルが存在する。世界貿易、資源取引、国際金融取引の多くはドル建てで行われ、その決済を支えるのがSWIFTとCHIPSである。SWIFT(Society for Worldwide Interbank Financial Telecommunication)は、世界中の金融機関を結ぶ国際金融メッセージネットワークであり、送金指図や決済情報を標準化された形式で安全に伝達する通信インフラである。SWIFT自体は資金を送金する訳ではなく、誰が誰へどれだけ送金するかという情報を金融機関相互に伝える役割を担っている。

一方、CHIPS(Clearing House Interbank Payments System)は、ニューヨークを拠点とする米ドル建て大口決済システムであり、SWIFTから送られてきた決済指図に基づいて実際の資金決済を行う。現在、世界のドル建て決済の多くはCHIPSを経由しており、米ドルが国際基軸通貨として機能する基盤となっている。

2.ドル決済圏の強みと課題

ドル決済圏は、高い信頼性、巨大な市場規模、豊富な流動性を背景として世界経済を支えてきた。しかし、SWIFT、コルレス銀行、CHIPSという複数段階を経由するため、決済に時間がかかり、中継銀行手数料も発生する。また、米国の金融制裁がSWIFTやドル決済網を通じて強い影響力を持つことから、各国はドル依存のリスクについても意識するようになっている。

BISが主導する次世代決済システム

1.BISが描く新たな国際金融インフラ

国際決済銀行(BIS)は、各国中央銀行の協力機関として世界の金融安定を支える国際機関である。近年では、デジタル技術やトークン化技術を活用した次世代決済システムの研究を積極的に進めている。その中核となる構想が統合台帳(Unified Ledger)である。統合台帳(Unified Ledger)は、中央銀行準備預金、商業銀行預金、証券などを一つの共通台帳上で管理し、プログラムによって自動的かつ同時に決済する構想である。その実証プロジェクトとして進められているのがアゴラ・プロジェクトである。

2.アゴラ・プロジェクトの特徴

アゴラ・プロジェクトは、主要中央銀行と世界の大手商業銀行が共同で参加する国際共同プロジェクトである。その最大の特徴は、CBDCを全面的に採用するのではなく、中央銀行準備預金と商業銀行預金をトークン化し、既存の二層銀行制度を維持しながら決済を高度化する点にある。現在の国際送金では、送金指図、為替交換、資金移動、決済確認が個別に行われるが、アゴラではこれらを一つの共通プラットフォーム上で同時に実行することが可能となる。スマートコントラクトを利用することにより、契約条件を満たした瞬間に多通貨決済を自動実行できるため、決済時間の短縮、コスト削減、透明性向上が期待されている。

3.BISが目指す中立的な国際決済基盤

BISは当初mBridgeにも参加していたが、その後離脱し、現在はアゴラ・プロジェクトを中心に研究を進めている。これは、中国型のCBDC中心モデルではなく、既存の銀行制度を維持しながら世界共通で利用可能な中立的決済基盤を構築するという考え方に基づくものである。アゴラはSWIFTやCHIPSを直ちに置き換えることを目的とするものではなく、それらを高度化しながら次世代へ移行するための橋渡しとして位置付けられている。

中国を中心とする人民元決済圏

1.CIPSによる人民元国際化

中国は人民元を国際通貨へ成長させるため、2015年にCIPS(Cross-Border Interbank Payment System)を稼働させた。CIPSは人民元建て国際決済システムであり、CHIPSがドル決済を担うのに対し、人民元決済を担う基盤である。現在のCIPSは、多くの参加銀行がSWIFTの通信規格を利用しながら運用されているため、実務上はSWIFTとの互換性を維持している。しかし、中国の長期戦略はSWIFTへの依存を徐々に低減し、中国独自の国際決済ネットワークを確立することにある。

2.mBridgeが目指すデジタル人民元経済圏

CIPSの次の段階として中国が推進しているのがmBridgeである。mBridgeはCBDCを利用した国際決済ネットワークであり、中国人民銀行、香港金融管理局、タイ中央銀行、アラブ首長国連邦中央銀行、サウジアラビア中央銀行が共同で開発している。mBridgeでは分散台帳技術を利用し、各国中央銀行デジタル通貨を直接交換するため、SWIFTやコルレス銀行、CHIPSなどを経由する必要がない。送金メッセージと決済が一体化されており、より迅速で低コストな国際決済を実現できることが最大の特徴である。

3.CIPSとmBridgeは相互補完関係にある

CIPSとmBridgeは競合するシステムではない。CIPSは現在の人民元決済を支える実用システムであり、mBridgeはその将来形として構想されている。中国はまずCIPSによって人民元建て決済を世界へ拡大し、その後CBDCを利用したmBridgeへ段階的に移行することを目指している。CIPSが現行システムであり、mBridgeが次世代システムという相互補完的な関係にある。中国の国際決済戦略は二段階で理解できる。

第一段階では、CIPSを拡大して人民元建て決済を増やし、ドル決済への依存を徐々に低下させる。この段階では実務上、SWIFTとの互換性を維持しながら参加銀行を増やすことが重視される。

第二段階では、mBridgeを利用してCBDCによる直接決済へ移行し、SWIFTやコルレス銀行網を経由しない国際決済ネットワークを構築する。これが実現すれば、中国を中心とするデジタル決済圏が形成される可能性がある。

今後の展望と日本への示唆

1.三つの決済圏は競争と協調を繰り返す

今後の世界では、ドル決済圏、BISが構想する中立的決済基盤、中国が推進する人民元決済圏という三つのシステムが併存し、それぞれが競争と協調を繰り返しながら発展すると考えられる。短期的にはドル決済圏の優位性は維持される可能性が高いものの、中国の人民元国際化やデジタル通貨の普及によって、国際決済システムは次第に多極化していくであろう。また、アゴラ・プロジェクトが実用化されれば、既存の金融システムを維持しながらトークン化技術を活用した新しい国際決済基盤が形成される可能性も高い。

2.日本が取るべき戦略

日本は、米ドル決済圏との強固な関係を維持しつつ、BISが推進するアゴラ・プロジェクトへの積極的な参画を通じて、次世代国際金融インフラの標準化に貢献すべきである。同時に、中国が構築を進めるCIPSやmBridgeの動向についても継続的に分析し、アジアにおける金融環境の変化に柔軟に対応する必要がある。特定の決済圏に過度に依存することなく、多極化する国際金融システムとの相互運用性を確保し、円の国際的な利用促進やデジタル円の研究を進めることが、日本の金融安全保障と国際競争力の維持につながるであろう。

産業と投資に関する考察

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