生きがいの創造
生まれ変わりの科学が人生を変える
1996年刊
飯田史彦著
飯田史彦の経歴
飯田史彦は1962年、広島県に生まれた経営学者、経営心理学者、著述家、カウンセラーである。学習院大学大学院で経営学を学び、博士課程を経て、1990年から福島大学経済学部で人事管理論を担当した。後に同大学経済経営学類教授となり、組織、人事、働く人間の価値観、生きがいなどを研究した。飯田は、大学での研究と並行して、心の健康、自殺防止、終末期医療などに関する活動にも取り組んだ。病気、死別、挫折、家庭問題などに苦しむ人々と接するなかで、単なる成功法則や前向きな思考だけでは、人間の深い苦悩を支えることは難しいと考えるようになった。そこで飯田は、臨死体験、過去生の記憶とされる事例、退行催眠、死後生存研究などを調べ、それらを人生の意味や生きがいの問題と結び付けた。こうして生まれたのが、生きがいの創造を中心とする一連の生きがい論である。
本書の内容
1.人生に意味を与える生きがい論
本書の出発点は、人間はなぜ生まれ、なぜ苦しみ、なぜ死ななければならないのかという根源的な問いである。人は順調なときには、人生の意味を深く考えなくても生活できる。しかし、病気、事故、失業、離婚、裏切り、愛する人との死別などに直面すると、なぜ自分だけがこのような目に遭うのか、これほど苦しい人生に意味があるのかという疑問を抱く。飯田は、この問いに対して、人生を一度限りの偶然として見るのではなく、人間が成長するために与えられた学びの過程として捉える考え方を提示する。人生に起こる出来事には、本人にはすぐ理解できなくても、何らかの意味や課題が含まれている可能性がある。この考え方によれば、生きがいとは、楽しいことや成功を手に入れることだけではない。困難に直面したとき、それをどのように受け止め、何を学び、どのような人間へ成長するかを考えることも、生きがいの重要な一部となる。
2.生まれ変わりに関する研究
本書の大きな特徴は、死後の生命や生まれ変わりを単なる宗教的信仰としてではなく、研究対象として取り上げている点にある。飯田は、前世の記憶を語る子どもたちの事例、催眠状態で過去の人生を語ったとされる事例、臨死体験者の証言など、欧米を中心に報告された研究を紹介する。そして、これらをすべて錯覚や作り話として排除するのではなく、人間の意識が肉体の死後も存続する可能性を示す資料として検討する。ただし、これらの研究については、その方法や解釈をめぐって科学者の間に議論があり、生まれ変わりや死後生存が科学的に証明されたと一般に認められている訳ではない。本書の中心は、それらを絶対的事実として強制することではなく、その可能性を人生観の仮説として受け入れた時、人間の苦悩や死への恐怖がどのように変化するかを考えることにある。著者によれば、人間が一度限りの存在ではなく、複数の人生を通じて学び続ける存在であるならば、現在の人生における成功や失敗だけで自分の価値を判断する必要はなくなる。目の前の人生は、より長い成長過程の一部として捉え直すことができる。
3.人生は自ら計画した学びの場
本書では、人間は生まれる前に、自分が成長するための人生計画をある程度立ててくるという仮説が紹介される。その計画には、両親、家族、才能、性格、生活環境だけでなく、病気、障害、挫折、人間関係の対立なども含まれる可能性がある。人生で出会う困難は、単なる不運や罰ではなく、自分の魂が成長するために選んだ課題かもしれないという考え方である。この見方に立てば、なぜこのような苦しみが自分に起きたのかという問いは、この経験から何を学ぶことができるのかという問いへ変わる。苦難が善であるという意味ではないが、それに対する姿勢を変えることで、絶望の中にも意味を見いだす余地が生まれる。飯田が重視するのは、運命に黙って従うことではない。むしろ、与えられた条件の中で、自分がどのような選択をし、どのような態度を取るかという主体性である。人生には計画があるとしても、その計画をどのように生きるかについては、人間に自由意思が与えられていると説く。
4.苦難は魂を成長させる課題
本書では、苦難を人生の失敗とみなすのではなく、成長のための教材として捉えることが勧められる。人間は苦しみのない状況では、自分の弱さや執着に気づきにくい。しかし、思いどおりにならない経験をすると、自分が何を恐れ、何に依存し、何を本当に大切にしているのかが明らかになる。たとえば、仕事上の失敗は、地位や評価だけに自分の価値を置いていたことに気づく契機になり得る。病気は、健康や家族との時間が当然ではなかったことを教えることがある。人間関係の対立は、相手を変える前に、自分の考え方や態度を見直す機会となる。もちろん、現実の苦痛は簡単な解釈だけで消えるものではない。それでも、苦しみに意味があるかもしれないと考えることで、人は被害者意識だけにとらわれず、自分の人生を再び主体的に生き始めることができる。著者は、その意識の転換こそが生きがいの創造につながると考える。
5.人間関係は互いに学び合うためにある
飯田の生きがい論では、人間関係にも重要な意味が与えられる。家族、夫婦、友人、職場の同僚など、人生で深く関わる人々は、偶然に出会っただけではなく、互いに学び合うために出会った存在かもしれないと考える。自分を愛し支えてくれる人だけでなく、自分を傷つけたり、怒らせたりする人も、何らかの課題を気づかせる役割を担っている可能性がある。この考え方は、相手の不正や暴力を無条件に受け入れることを意味しない。必要であれば距離を置き、関係を断ち、自分を守らなければならない場合もある。しかし、その経験を単なる憎しみとして残すのではなく、自分に何を教えたのかを考えることで、人は苦い経験を成長へと変えることができる。人間関係の目的は、相手に勝つことでも、相手を自分の思いどおりにすることでもない。相手との関係を通じて、自分の愛情、忍耐、勇気、寛容さ、誠実さを育てることにあると本書は説く。
6.愛する人の死をどう受け止めるか
本書が多くの読者に影響を与えた理由の一つは、死別の悲しみに対して、一つの希望ある見方を示したことである。愛する人が亡くなると、残された人は、二度と会えないという喪失感に苦しむ。しかし、意識や魂が肉体の死後も存続し、再び出会うことができると考えるならば、死は関係の完全な消滅ではなく、存在の形が変わることだと捉えられる。飯田は、死者を忘れる必要はなく、心の中で語りかけ、感謝や愛情を伝え続けてもよいと述べる。悲しみを急いで克服するのではなく、故人との関係を新しい形で保ちながら、自分自身の人生を生き続けることが大切である。この考え方は、死の悲しみを完全に消すものではない。しかし、死ですべてが終わるとは限らないという可能性が、深い喪失の中にいる人に、生き続けるための支えを与えることがある。
7.ブレイクスルー思考による人生の転換
飯田は、人生で起きる出来事の意味を積極的に捉え直す考え方をブレイクスルー思考と呼ぶ。通常、人は困難に直面すると、こんなことは起きるべきではなかったと考える。しかしブレイクスルー思考では、この出来事が起きた以上、ここから何を学び、どのように生かすことができるかと問い直す。重要なのは、苦しみを無理に喜ぶことでも、悲しみを否定することでもない。苦痛を十分に認めたうえで、その経験を自分の成長へ結び付ける道を探すことである。この発想によれば、過去を変えることはできなくても、過去の意味は変えることができる。かつては不幸としか思えなかった出来事も、それをきっかけに人間的な深さや他者への思いやりを得たならば、人生全体の中で別の意味を持ち始める。
8.生きがいは創造するものである
生きがいはどこかに完成した形で存在し、それを探し当てるだけのものではない。人間は、与えられた環境、過去の経験、現在の苦悩を材料にしながら、自分なりの意味を作り出すことができる。仕事、家族、社会貢献、芸術、学問、信仰など、生きがいの形は人によって異なるが、その根底には、自分の人生を価値あるものとして受け止めようとする意志がある。飯田は、幸福な人生とは、苦しみのない人生ではなく、苦しみを含むすべての経験から意味を学び取ることのできる人生であると考える。人生の意味は外部から与えられるものではなく、自分の解釈と行動によって創造されるのである。
本書が言いたかったこと
人生の価値は成功の大きさや幸福の多さによって決まるのではなく、与えられた経験をどのように受け止め、何を学び、どれだけ成長するかによって決まる。人は思いがけない病気、挫折、裏切り、死別などに直面すると、自分の人生には意味がないと感じることがある。しかし、その出来事を長い成長過程の一部として捉えることができれば、絶望の中にも次の一歩を踏み出す理由が生まれる。死後の生命や生まれ変わりを信じるかどうかは、最終的には読者一人ひとりの判断に委ねられる。本書の本質は、特定の超自然的な世界観を受け入れさせることだけにあるのではない。自分に起きた出来事を無意味な不幸として終わらせず、そこから愛、勇気、寛容、感謝を学び取ることによって、自ら生きがいを創造できると伝えることにある。人生の意味は、苦しみがなくなった後に初めて見つかるものではない。苦しみのただ中にあっても、自分の生き方を選び直し、経験に新しい意味を与えることによって生み出すことができる。本書は、その可能性を信じることが、人間に生き続ける力を与えると説いている。
