To Have or To Be?
1976年(日本語版1977年)刊
Erich Fromm著
著者の経歴
著者エーリッヒ・フロム(Erich Fromm)は1900年ドイツ生まれの社会心理学者・精神分析家・哲学者である。フランクフルト学派に属し、資本主義社会と人間の精神構造の関係を分析した思想家として知られる。ナチス政権下でアメリカへ亡命し、以後は人間の自由・愛・倫理・疎外を中心テーマとして多くの著作を残した。
所有は不安を生み存在は自由を生む
本書は、人間の生き方を所有(Having)と存在(Being)という二つの様式に分け、その本質的な違いを明らかにした思想書である。近代資本主義社会においては、物や地位だけでなく知識や人間関係までも持つものとして扱う所有の様式が支配的となっている。この生き方は、蓄積によって安心を得ようとするが、同時に失う不安を常に伴い、人間を内面的に空虚にする。
これに対しフロムは、真に豊かな生とは存在の様式によってのみ実現されると説く。存在の様式とは、経験し、愛し、創造し、他者と関わる中で自己を発展させるあり方であり、そこでは何かを持つことではなく、いかに生きているかが重要となる。知識も固定的に所有するものではなく、常に変化し続ける生きた営みとして捉えられるべきである。
現代社会においては、評価や情報すら所有の対象となり、人間はますます外的価値に依存する傾向を強めているが、そのような状況だからこそ、内面的な充実や創造性、他者との真の関係性に価値を見出す必要がある。
フロムの主張は、単なる倫理的提言にとどまらず、人間が不安と疎外から解放されるための根本的な転換を求めるものであり、人生の価値は何を持っているかではなく、どのように存在しているかによって決まるという認識を提示するものである。
愛するということ(付記)
愛するということ(The Art of Loving)は同じくフュームが1956年に刊行した本であり、愛を感情ではなく習得すべき技術として捉え直した古典的著作である。多くの人は愛を偶然に訪れる感情や、愛されることの問題として理解するが、フロムはそれを根本的な誤解であると指摘する。愛とは能動的な行為であり、人格の成熟に基づく能力である。その核心は与えることにあり、これは自己犠牲ではなく、自らの生命力や関心を他者と分かち合う創造的な営みである。
真の愛は、相手を支配したり依存したりする関係ではなく、互いに自立した人格同士が尊重と理解のもとに結びつく関係として成立する。そのためには、規律、集中、忍耐といった訓練が不可欠であり、愛は芸術と同様に日々の実践によって磨かれるべきものである。
また愛は恋愛に限定されるものではなく、人間全体や世界に対する態度であり、自己愛や他者愛が統合された形で現れるべきである。現代社会においては、人間関係が交換や効率の論理に支配され、愛もまた条件や価値の取引として扱われがちであるが、フロムはそのような風潮に対し、まず自らが愛する能力を育てることの重要性を説く。愛とは外から与えられるものではなく、自らの内面の成熟によって初めて成立するものであり、人生の質はどれだけ愛したかによって決まるのである。
現代における生き方の指針(付記)
「占有か存在か」と「愛するということ」は、一見異なる主題を扱っているようでいて、実は同一の思想に収斂している。それは、人間は持つことによってではなく、生きること、関わること、与えることによってのみ充実する存在であるという認識である。所有を中心とする文明は不安と孤立を生む。存在と愛を中心とする生き方のみが、自由と豊かさをもたらす。これからの時代において個人が取るべき道は明白である。外側に蓄積する人生から、内側を充実させる人生へ転換することである。それは静かな革命であるが、人間の本質に最も近い生き方である。
