大国の興亡

The Rise and Fall of the Great Powers
Economic Change and Military Conflict from 1500 to 2000
1987年刊
Paul M. Kennedy著

目次

ケネディの経歴と歴史感

ポール・M・ケネディは1945年、イングランドに生まれた英国の歴史学者である。オックスフォード大学で博士号を取得した。国際政治史、大国間関係を研究し、米国イェール大学で長く教鞭を執った。ポール・ケネディの著作を一貫して貫く特色は、国家の強さを軍事力だけで測らず、その背後にある経済力、技術力、金融力、人口、教育まで含めた総合的な国力として捉える点にある。英国の海上覇権から二度の世界大戦、現代の大国競争まで、彼が繰り返し示すのは、軍事力は経済社会の基盤から切り離して存在できないという原則である。大国は成功するほど海外権益や同盟、防衛責任を拡大するが、それが経済力を超えれば帝国的過剰拡張に陥り、戦争に勝っても長期的には衰退する。一方、豊富な資源を持つだけでも十分ではなく、技術革新を取り入れ、失敗から学び、資源を兵器・物流・組織へ効率的に転換する能力が必要である。ケネディの核心的主張は、大国の真の強さとは最大の軍事力を持つことではなく、経済・技術・軍事・外交の均衡を保ち、時代の変化に適応しながら国力を持続的に再生産できることにある。

本書の内容

1.大国の力を支えるものは何か

本書の中心的問題は、なぜ大国は興隆し、衰退するのかという問いである。ケネディは1500年以降約500年間の世界史を観察し、国家の軍事力の背後には必ず経済力が存在すると考える。強力な軍隊や海軍を維持するには、税収、産業、貿易、金融、人口、技術、生産力が必要である。したがって、一時的に軍事力を拡大することはできても、その軍事力を長期間維持できるかどうかは経済的基盤によって決まる。逆に言えば、軍事力が経済力をはるかに上回って拡大すれば、国家は次第に疲弊する。ここから、後に本書を象徴する概念として広く知られることになる帝国的過剰拡張(imperial overstretch)という問題が浮かび上がる。

2.なぜ西欧が台頭したのか

ケネディはまず16世紀の世界から分析を始める。当時、明朝中国、オスマン帝国、ムガル帝国など巨大な国家が存在し、ヨーロッパが世界を圧倒していた訳ではなかった。しかしヨーロッパには、中国のような単一の巨大政治権力が存在せず、多数の国家が競争していた。この政治的分裂が軍事、航海、金融、商業、兵器などの革新を促した。ある国家が新しい技術を導入すれば、隣国も対抗して導入しなければならない。この競争環境が長期的にはヨーロッパの軍事力と経済力を強化した。ポルトガル、スペイン、オランダ、英国などは海洋へ進出し、世界規模の交易網を構築した。こうして経済力、海軍力、海外交易が相互に強化され、西欧諸国が次第に世界政治の中心となっていった。

3.ハプスブルク帝国

16-17世紀にはスペイン・ハプスブルク家がヨーロッパ最大級の勢力となった。スペインはアメリカ大陸から大量の銀を獲得し、広大な領土と強大な軍事力を保有した。しかしスペインは、ネーデルラント、地中海、イタリア、ドイツ、海上など多数の戦線で戦争を続けた。巨大な帝国を防衛するためには巨大な軍事費が必要となり、海外から流入する銀だけでは支えきれなくなる。ここに本書を貫く原型が現れる。領土と軍事力の拡大は国家を強くするが、それが一定水準を超えると、逆に維持費が国家を圧迫する。スペイン・ハプスブルク帝国は領土が広大だから強いのではなく、広大すぎる領土を防衛しなければならないという矛盾を抱えた。

4.オランダと英国

17世紀にはオランダが世界的な商業国家として台頭する。人口や国土では大国とはいえなかったが、海運、貿易、金融、資本市場に優れ、それによって強力な海軍を維持した。しかし最終的に優位に立ったのは英国であった。英国は海軍力だけでなく、商業、金融、税制、銀行、資本市場を発達させ、戦争のための資金を長期間調達できる国家となった。戦争の勝敗を決めるのは兵士や艦船の数だけではない。国家がどれほど効率的に資金を集め、長期間戦争を続けられるかが重要である。ケネディはここで、金融力が国家安全保障上の力であるという重要な視点を示している。

5.ナポレオン戦争

フランス革命からナポレオン戦争にかけて、フランスはヨーロッパ最強の陸軍国家となった。しかし英国は海軍力、金融力、海外貿易を維持し、更に欧州諸国への資金援助によって対仏同盟を支えた。英国はフランスより巨大な陸軍を持つ必要はなかった。自国が優位を持つ海軍、金融、貿易を活用し、欧州大陸の同盟国の軍事力を組み合わせることでフランスに対抗した。この歴史はケネディのいう国力が単なるGDPや兵力ではないことを示す。経済力を軍事力へ転換し、更に外交によって他国の力を自国側に組み込む能力まで含めて大国の力である。

6.産業革命

19世紀になると、産業革命が国際政治の力関係を根本から変える。蒸気機関、石炭、鉄鋼、鉄道、造船、機械工業などによって、国家が動員できる経済力そのものが飛躍的に増大した。英国は産業革命の先行者として圧倒的な工業力、海軍力、金融力を背景に世界帝国を築いた。しかし産業革命は英国だけのものではなかった。ドイツ、米国、ロシア、日本などが工業化を進めると、英国の相対的な力は低下していった。ここで重要なのは、英国が突然貧しくなった訳ではないということである。英国経済が成長していても、米国やドイツがそれ以上の速度で成長すれば、世界全体に占める英国の比重は低下する。ケネディにとって大国の盛衰とは、絶対的な豊かさよりも他国との相対的な経済力の変化である。

7.ドイツの台頭と第一次世界大戦

19世紀後半になると、統一ドイツが急速に工業化し、英国に迫る経済・軍事大国となった。同時に米国も巨大な工業国家へ成長し、日本も明治維新後に近代国家として台頭した。これによって英国、フランス、ロシア、ドイツ、オーストリア=ハンガリーなどが競争する複雑な勢力均衡が形成された。第一次世界大戦は、こうした大国間競争が巨大な工業力を背景として全面戦争へ発展したものであった。戦争は兵士だけでなく、鉄鋼、石炭、鉄道、食料、船舶、金融、工業生産能力を総動員する総力戦となった。したがって長期戦になればなるほど、経済的資源を大量に動員できる国家が有利になる。戦場での戦術だけではなく、国家全体の生産能力が戦争の勝敗を左右する時代になった。

8.二つの世界大戦と欧州大国の没落

第一次世界大戦と第二次世界大戦は、ヨーロッパ諸国を著しく消耗させた。英国とフランスは戦勝国となったものの、その代償として莫大な財政負担を負った。ドイツは二度の世界大戦で敗北し、ヨーロッパ全体の世界政治における比重が低下した。一方、米国は巨大な国内市場、工業生産力、天然資源、人口、技術力を背景に急速に台頭した。ソ連も巨大な領土、人口、資源、軍事力を基盤として超大国となった。こうして1945年以降の世界は、それまでの欧州多極体制から、米国とソ連を中心とする二極体制へ移行した。これは単なる外交上の変化ではなく、世界の経済力・工業力・軍事力の重心が移動した結果である。

9.冷戦-超大国にも限界がある

第二次世界大戦後、米国とソ連は核兵器、通常兵力、宇宙開発、海外基地、同盟網を競い合った。しかしケネディが注目するのは、軍事力の巨大さより、それを支える経済力である。軍事力を拡大し続ければ、研究開発、設備投資、民間産業、教育、インフラなどに向けられる資源との競合が起きる。国家安全保障を強化するための軍事支出が過大になれば、長期的には国家安全保障の基礎である経済力を弱める可能性がある。これは本書の最も重要な逆説である。軍事力によって国家を強くしようとし過ぎることが、長期的には国家を弱くすることがある。

10.米国への警告

本書が1987年の刊行時に特に大きな議論を呼んだ理由は、歴史研究であると同時に、当時の米国への警告として読めたからである。米国は世界各地に同盟、基地、軍事的責任を抱え、ソ連との軍拡競争を続けていた。一方、日本や西欧諸国の経済的台頭によって、世界経済に占める米国の相対的比重は第二次世界大戦直後ほど圧倒的ではなくなっていた。ケネディが問題にしたのは、米国が明日崩壊するということではない。むしろ、世界各地で増大する戦略的責任と、それを支える経済的資源との間に長期的な乖離が生じる危険であった。これが本書から広く知られるようになった帝国的過剰拡張という問題である。

11.21世紀を決めるもの

本書の最終章では、中国、日本、欧州、ソ連、米国などの将来が検討される。本書は1987年に出版されたため、その後のソ連崩壊、中国の急成長、日本の長期停滞などについて予測が外れた部分も当然存在する。しかし、本書そのものが1980年代までの大国政治を分析した上で、最終章で20世紀末へ向けた各主要勢力の位置を展望する構成だったことは重要である。ケネディの本質的な問題意識は、どの国が必ず次の覇権国になるかを当てることではない。国家の将来を決定するのは、経済力、技術革新、人口、財政、軍事力、外交的責任をどのように均衡させるかという国家経営の問題である。

本書が言いたかったこと

大国の最大の敵は、必ずしも外国ではなく、自国の力を超えて世界に関与しようとすることにある。国家は豊かになると軍事力を強化し、その軍事力によって海外の権益や同盟を拡大する。海外への関与が成功すれば、更に多くの権益を守らなければならなくなる。しかし領土、基地、同盟国、海上交通路など守る対象が増えるほど軍事費は増大する。やがて守るべき世界がそれを支える経済力より大きくなった時、大国の衰退が始まる。したがって、ケネディの議論は単純な反軍事論ではない。むしろ強力な軍事力を長期間維持するためにこそ、その基礎となる経済力を損なってはならないという議論である。大国にとって最も重要なのは、軍事費を最大化することでも、GDPを最大化することでもない。経済力、産業力、技術力、財政力と、軍事的・外交的責任との均衡を維持することである。その意味で本書が描いているのは覇権国家には寿命があるという単純な歴史循環論ではない。国家は自らの相対的国力を冷静に認識し、それに見合った戦略を選択できるかどうかによって、衰退の速度や形を変えることができるという国家戦略論でもある。だからこそ大国の興亡は、刊行から約40年を経ても、大国の財政、軍事費、海外基地、同盟、産業競争力を考える際の基本文献として読み継がれているのである。

21世紀の大国(付記)

Preparing for the Twenty-First Century
1993年刊

21世紀の国家の盛衰を決めるのは、軍事力や経済規模ではなく、巨大な変化に社会全体が適応できる能力である。人口、技術、環境、金融、企業、情報は互いに結びつきながら世界を変えていく。しかも、その変化を一国の政府が完全に制御することはできない。したがって未来に強い国家とは、変化を阻止できる国家ではなく、変化を早く理解し、教育制度を変え、技術を導入し、産業構造を転換し、社会制度を修正できる国家である。

1.冷戦終結と21世紀

本書が刊行された1993年は、ソ連崩壊直後であった。世界の関心は冷戦終結と米国を中心とする新しい国際秩序に集中していた。しかしケネディは、米ソ対立の終結だけで21世紀を理解することはできないと考えた。むしろ世界を根底から変えるのは、人口、通信革命、金融のグローバル化、多国籍企業、農業技術、ロボット自動化などである。したがって本書では、国家同士の軍事的競争から一段視野を広げ、国家が世界規模の社会・経済・技術変動に適応できるかという問題を中心に置いている。本書の第一部が人口、通信・金融、バイオ、ロボットを扱い、第二部で日本、中国・インド、途上国、旧ソ連、欧州、米国への影響を検討する構成になっている。

2.人口爆発-21世紀を動かす巨大な力

ケネディが最初に取り上げるのが人口問題である。20世紀後半、医療、衛生、食料生産などの改善によって世界人口は急増した。しかし人口増加は世界全体で均等に起こる訳ではない。先進国では出生率が低下し、人口増加が鈍化する。一方、アフリカ、中東、南アジアなどでは人口が急速に増加する。この人口動態の違いが、食料、水、雇用、教育、住宅、都市化、移民など多数の問題を引き起こす。人口問題は単に人間の数の問題ではない。若年人口が急増する地域で十分な雇用を生み出せなければ社会的不安定が生じる。更に貧しい地域から豊かな地域への人口移動が拡大し、国境を越えた移民問題が政治を揺さぶる。この点は、本書刊行から30年以上を経た現在から振り返ると、ケネディの問題設定の重要性がよく理解できる。

3.通信・金融革命-国境を越える経済

次にケネディが注目するのが、通信技術と金融市場の革命である。コンピュータと通信技術の発達によって、資本は瞬時に国境を越えて移動するようになる。企業も一国内ですべてを生産する必要がなくなり、生産、研究、販売、金融などを世界各地に配置することが可能になる。これによって多国籍企業の力が強まる。従来、国家は自国経済をある程度管理することができた。しかし資本、情報、企業活動が国境を越えるようになると、国家の経済政策だけでは経済活動を完全には管理できなくなる。ケネディはすでに1993年の段階で、24時間稼働する電子的な金融市場や、多国籍企業が生産拠点を国境を越えて移転する現象に注目していた。ここには、後にグローバリゼーションと呼ばれる現象の核心が描かれている。

4.農業とバイオテクノロジー革命

ケネディは工業だけではなく農業にも大きな技術革命が起きると考えた。遺伝子工学、品種改良、農業技術、食品生産技術が進歩すれば、食料生産性は飛躍的に高まる。一方、それまで特定の農産物の輸出に依存していた途上国にとっては深刻な脅威となる。先進国が生物工学的に代替品を生産できるようになれば、天然農産物の輸出によって生活していた地域の経済が打撃を受ける可能性がある。技術革新には常に二つの側面がある。ある社会にとっての進歩が、別の社会にとっては経済基盤を破壊する可能性がある。これは本書全体を貫く重要な視点である。

5.ロボットと自動化-第二の産業革命

ケネディはロボット、自動化、コンピュータ化を新しい産業革命として捉える。第一次産業革命は機械によって人間の肉体労働を代替した。それに対して新しい産業革命では、コンピュータやロボットがより高度な作業を担うようになる。その結果、生産性は上昇する。しかし同時に、それまで工場で働いていた大量の労働者を必要としなくなる。ここで問題となるのが教育である。単純労働を大量に必要とする工業社会から、技術、知識、情報を扱う社会へ移行すれば、十分な教育を受けた人間とそうでない人間との経済格差が拡大する。したがって21世紀の国家競争力を決めるのは、工場の数や天然資源だけではなく、教育、人材、科学技術、研究開発能力となる。

6.環境問題-経済成長が生み出す危機

人口増加と工業化は、環境にも巨大な負荷を与える。森林破壊、水不足、土壌劣化、大気汚染などは、一国だけでは解決できない。しかも環境問題への対応能力にも国家間格差が存在する。豊かな国は環境技術や防災設備に投資できるが、貧しい国では人口増加への対応だけでも困難であり、環境保護へ十分な資源を投入できない。ケネディは、資本、科学、技術を持つ国の方が環境上の脅威に対応しやすく、貧しい社会ほど自然災害や環境悪化への対応が難しいと論じている。ここから、環境問題が単なる自然保護ではなく、経済格差、人口、移民、政治的不安定と結びついた国際政治問題になることが見えてくる。

7.日本-21世紀型国家の可能性

本書には2000年以後の世界に向けた日本の計画という一章が置かれている(1993年という刊行時期を考える必要がある)。当時の日本はバブル崩壊直後ではあったものの、依然として世界有数の経済大国であり、製造業、ロボット、電子技術、教育、貯蓄、企業の長期戦略などが高く評価されていた。ケネディは、日本が天然資源に乏しいからこそ、人材、技術、研究開発、高付加価値産業によって生き残ろうとしている点に注目した。

8.中国とインド-巨大人口国家の可能性と困難

ケネディは中国とインドを別格の存在として扱う。両国だけで当時の世界人口の約37%を占めていたためである。巨大な人口は潜在的な市場であり、労働力でもある。しかし同時に、食料、教育、住宅、雇用、エネルギー、環境への巨大な負担でもある。したがって人口規模だけで将来の大国化が保証される訳ではない。巨大な人口を教育し、生産性を高め、技術革新と経済成長へ結びつけることができるかどうかが決定的なのである。

9.発展途上国-勝者と敗者の分化

ケネディは発展途上国を一括りにはしない。世界経済の変化に適応できる国と、人口増加、債務、環境悪化、教育不足、政治的不安定に苦しむ国との差が拡大すると考える。特に東アジアの新興工業国は、教育、工業化、輸出、技術導入によって有利な位置を占める。一方、人口増加に経済成長が追いつかない地域では、一人当たり所得が伸びず、社会的不安定が続く。21世紀には先進国対途上国という単純な構図ではなく、変化に適応できる社会と適応できない社会との差が重要になる。

10.旧ソ連-軍事大国の崩壊が示したもの

ソ連崩壊は大国の興亡で論じた問題を現実に示す出来事でもあった。巨大な軍事力を維持していても、それを支える経済の生産性、技術革新、消費経済、社会制度が弱ければ、国家は長期間その地位を維持できない。しかしソ連崩壊後も、旧ソ連地域がただちに西欧型社会へ転換するとは限らない。経済制度、民族問題、政治制度、軍事力などの巨大な遺産を抱えており、その再編には長い時間が必要になると考える。

11.欧州-統合によって生き残れるか

欧州諸国は一国単位では米国や巨大なアジア諸国に対して相対的に小さくなる。そこで重要になるのが欧州統合である。市場、通貨、産業、外交などを統合できれば、欧州全体として巨大な経済圏を形成できる。しかし国家主権、民族、言語、歴史の違いが統合を困難にする。ケネディにとって欧州の問題とは、単なる経済統合ではなく、国民国家を超える新しい政治単位を構築できるかという実験である。

12.米国-最大の強国が抱える内部の問題

最後にケネディはアメリカのジレンマを論じる。冷戦に勝利した米国は世界最大級の軍事力、経済力、科学技術力を持っていた。しかしケネディが注目するのは国外の敵ではなく、国内の教育、財政赤字、社会的不平等、インフラ、産業競争力などである。軍事的に世界最強であっても、国内社会の基盤が弱くなれば長期的な国力は低下する。ここでも大国の興亡以来の問題意識が続いている。

戦争と平和の戦略(付記)

The Rise and Fall of British Naval Mastery
1976年刊

海軍力だけでは海洋覇権を維持できない。英国が世界の海を支配できたのは、優秀な提督や強力な軍艦を持っていたからだけではない。その背後に産業革命、世界貿易、商船隊、金融市場、造船業、国家財政が存在したからである。したがって海軍とは、それ自体が国家の力なのではなく、国家の経済力を海洋へ投射する装置である。更に重要なのは、シーパワーには二面性があることである。海軍によって海上交通路を守れば貿易が拡大し、国家は豊かになる。しかし貿易網、植民地、海外基地が拡大すれば、それらを守るために更に大きな海軍が必要になる。成功すればするほど守るものが増える。そして世界規模の権益を維持する費用が、それを支える経済力を上回った時、海洋覇権は衰退へ向かう。

1.シーパワーとは軍艦の数ではない

ケネディはシーパワーを単なる海軍力とは考えていない。強力な海軍を保有するには、造船能力、鉄鋼、港湾、船員、金融、海外貿易、国家行政などが必要である。そして海軍によって海上交通路が保護されれば貿易が発展し、貿易によって得られた富が再び海軍を強化する。経済力→海軍力→海上交通路の支配→貿易拡大→経済力の増大という循環が成立する。英国の海洋覇権とは、単にロイヤル・ネイビーが世界最強だったということではなく、海軍、商船、金融、貿易、産業、植民地、外交が一つの国家システムとして機能した結果である。

2.海洋国家英国の誕生

16世紀までのイングランドは、必ずしもヨーロッパを代表する海洋国家ではなかった。スペインやポルトガルの方が海外進出では先行していた。しかし島国である英国にとって、大陸国家と同じように巨大な常備陸軍を維持することは必ずしも合理的ではなかった。そこで海軍によって本土への侵攻を防ぎ、同時に海外貿易を保護する戦略が次第に発達する。1588年のスペイン無敵艦隊との戦いは象徴的出来事であったが、ケネディの分析では、英国海上覇権が一度の海戦によって突然成立した訳ではない。その後長期間にわたって国家財政、造船能力、商船隊、港湾、海軍行政などを発展させた結果として海洋国家が形成された。

3.オランダとの戦争-商業覇権をめぐる競争

17世紀になると、英国の最大の海洋競争相手はオランダとなった。オランダは国土も人口も小さかったが、世界最大級の商船隊、金融市場、海外交易網を持ち、非常に強力な海洋国家であった。英蘭戦争は単なる軍事的対立ではなく、世界の海上貿易を誰が支配するかという経済戦争でもあった。英国はこの競争を通じて海軍組織を改善し、艦隊運用、造船、財政制度を発達させた。競争相手の存在そのものが英国の海軍力を鍛えた。

4.フランスとの百年に及ぶ覇権競争

17世紀末以降、英国の最大の競争相手はフランスとなる。フランスは人口、領土、農業生産力で英国を上回る大陸大国であった。英国がフランスと陸上で正面から戦えば不利である。そこで英国は強力な海軍によって英本土を守り、フランスの海外貿易と植民地を攻撃しながら、欧州大陸ではオーストリアやプロイセンなどの同盟国を資金援助してフランスと戦わせた。ここに英国の海洋戦略の基本形が形成される。英国自身が巨大な陸軍を持つのではなく、海軍力、金融力、外交力を組み合わせ、大陸の同盟国の陸軍力を利用する。

5.英国海洋戦略の勝利

1756年から1763年の七年戦争は、この戦略が大きな成果を上げた戦争であった。英国は海軍力を利用してフランスの海外植民地と海上交通を攻撃し、北米、インド、カリブ海など世界各地で優位を獲得した。一方、欧州大陸ではプロイセンなどがフランス側勢力と戦った。これによって英国は、ヨーロッパ大陸で巨大な陸軍を維持することなく、世界規模でフランスを圧迫することに成功した。海軍はそれ自体で戦争を終わらせる万能兵器ではない。しかし海軍力を金融力、外交、同盟、植民地戦略と組み合わせることで、英国は自国の人口や陸軍規模を超えた世界的影響力を行使できた。

6.アメリカ独立戦争

しかし英国の海洋戦略は常に成功した訳ではない。アメリカ独立戦争では、英国は北米という遠大な地域で陸上戦争を遂行しなければならなかった。更にフランス、スペイン、オランダなどが英国に対抗するようになる。海軍が強力であっても、世界各地で同時に多数の敵に対応すれば戦力は分散する。海軍力には限界があり、守るべき海域、植民地、貿易航路が増えれば増えるほど必要な艦隊も増える。これは後の大国の興亡で展開される過剰拡張の問題を先取りしている。

7.ナポレオン戦争

フランス革命・ナポレオン戦争になると、英国海洋戦略は再び大きな力を発揮する。1805年のトラファルガー海戦によって英国はフランス・スペイン連合艦隊に決定的な勝利を収め、その後長期間にわたり海上優勢を維持した。しかし、トラファルガーだけでナポレオンを倒した訳ではない。ナポレオンを最終的に破ったのは、ロシア、プロイセン、オーストリアなどを含む欧州の連合であった。英国は海軍力によって経済活動と海外貿易を維持し、その経済力によって同盟国へ資金を供給した。したがって勝利を生み出したのは、海軍力+経済力+金融力+外交力+同盟国の陸軍力という総合的な国家戦略であった。

8.パクス・ブリタニカ

ナポレオン戦争後の19世紀は英国海洋覇権の黄金時代となる。産業革命によって英国は世界の工場となり、世界最大級の工業力、商船隊、金融市場、海外貿易網を持つようになった。ロイヤル・ネイビーは世界各地の海上交通路を保護し、英国企業は世界中で活動した。ロンドンは国際金融の中心となり、ポンドは世界的通貨として機能した。ここにパクス・ブリタニカが成立する。しかし重要なのは、英国が海軍力だけで世界を支配していた訳ではないことである。海軍を支えていたのは世界最大級の経済力だった。英国の海洋覇権は、産業革命によって生み出された圧倒的な経済的優位の軍事的表現であった。

9.二国標準-世界最強海軍を維持する思想

19世紀末になると英国は二国標準(Two-Power Standard)を採用し、主要な二つの海軍国を合わせた規模に匹敵する海軍力を維持しようとした。これは英国が世界各地に植民地、基地、航路を持っていたためである。しかし、この原則を維持するためには巨大な海軍予算が必要となった。しかも世界経済の構造が変わり始める。米国とドイツが急速に工業化し、英国の経済的優位を侵食した。

10.ドイツ海軍の挑戦

19世紀末から20世紀初頭にかけて、ドイツ帝国は大規模な海軍建設を開始した。英国にとってこれは重大な脅威であった。それまで英国海軍は世界各地に分散していたが、ドイツ艦隊は英国本土に近い北海に集中していた。英国はこれに対応して艦隊を本国周辺へ集中させ、1906年には革新的戦艦ドレッドノートを就役させた。しかし軍拡競争には莫大な費用がかかり、海軍力を維持するための経済的負担が次第に大きくなっていく。

11.第一次世界大戦-勝利の中で始まった衰退

第一次世界大戦で英国海軍はドイツ艦隊を封じ込め、海上封鎖によってドイツ経済に大きな圧力を加えた。英国は戦争には勝利したが、その代償は巨大であった。戦費によって英国財政は悪化し、米国への債務が増大した。第一次世界大戦は、英国にとって軍事的勝利であると同時に、世界的海洋覇権の経済的基盤を弱体化させる戦争でもあった。戦争には勝ったが、覇権を維持する力を消耗した。

12.第二次世界大戦-帝国を守るために帝国を失う

第二次世界大戦では、この矛盾が更に明確になる。英国は大西洋、地中海、北海、インド洋、極東など広大な海域を守らなければならなかった。しかしドイツのUボート、日本海軍、イタリア海軍など複数の敵に同時に対応する能力には限界があった。1941年には戦艦プリンス・オブ・ウェールズと巡洋戦艦レパルスが日本軍航空機によって撃沈される。この出来事は航空戦力によって大型戦艦が撃沈される新しい海戦時代を象徴すると同時に、英国が世界各地を単独で防衛することが困難になったことを示した。最終的に英国は米国との協力によって第二次世界大戦に勝利するが、戦後の世界で最大の海洋国家となったのは英国ではなく米国であった。英国は帝国を守るために二度の世界大戦を戦い、その戦争に勝利した結果、帝国を維持する経済力を失った。

13.海洋覇権は米国へ

第二次世界大戦後、英国海軍は縮小を余儀なくされる。植民地独立が進み、海外基地も減少した。英国経済が米国と比べて相対的に縮小するにつれて、世界規模の海軍を維持することは困難となった。海洋覇権は米国へ移行する。これは単に米国が英国より多くの空母や軍艦を建造したからではない。米国には、それを支える巨大な工業力、技術力、人口、金融力が存在した。英国から米国への海洋覇権の移行は、海軍力の移動である以前に世界経済の中心の移動だった。

未来の輪郭

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