Journal d’un collectionneur
marchand de tableaux
1963年刊
René Gimpel著
ルネ・ジャンペルの経歴
ルネ・ジャンペル(1881年-1945年)はパリに生まれ、ドイツのノイエンガンメ強制収容所で没したフランスの画商・美術収集家である。父エルネスト・ジャンペルも画商であり、ジャンペルは幼い頃から美術品と美術商の世界に囲まれて育った。古典的な鑑識眼を身につけ、シャルダンをはじめとする18世紀フランス美術を高く評価する一方、同時代の近代美術にも強い関心を持った。ジャンペルは1902年にはニューヨークへ進出し、アメリカの富裕なコレクターたちによる美術収集に関与した。父の画商業を継ぐとともに、国際的な美術市場で活動した。彼の人間関係はきわめて広かった。モネ、ルノワール、ブラック、ピカソ、カサット、ローランサンら芸術家と親しい関係にあった。第二次世界大戦が始まると、ジャンペルの人生は一変する。ユダヤ系であった彼はナチスによる迫害を受ける一方、フランスのレジスタンス活動にも参加した。ヴィシー政権による拘禁などを経て、最終的にドイツへ移送され、ノイエンガンメ強制収容所で死亡した。彼の日記は戦争を生き延び、息子たちによって整理され、死後出版された。
本書の内容
1.美術市場を記録した21年間
本書最大の特色は、1918年から1939年までの出来事が後世から振り返って書かれたのではなく、ほぼその時々に記録されていることである。現在では巨匠とされる画家についても、後世の評価を知った上で語っている訳ではない。当時の価格、評判、好き嫌い、売れ行き、コレクターの反応がそのまま現れる。
2.画商の眼
ジャンペルは単に作品の価格だけを見る商人ではなかった。作品の質、作者の才能、保存状態、来歴、希少性、将来性などを総合的に考えながら、美術品を評価していた。しかも彼は自分の好悪を隠さない。現在では巨匠とされる画家に対しても厳しい評価を下す一方、自分が優れていると思った作品には強烈な賛辞を送る。この主観性こそ、本書の魅力である。美術史の教科書のように評価が確定した後から作品を見るのではなく、評価がまだ流動的だった時代に、一人の優れた画商が何を見ていたのかを知ることができる。
3.モネとルノワール
ジャンペルの日記には、当時まだ存命だった印象派の巨匠たちが登場する。1918年には南フランスのカーニュに晩年のルノワールを訪ねている。ルノワールは身体が衰弱しながらも制作を続けていた。またジャンペルはジヴェルニーのモネを訪問し、制作中だった大規模な睡蓮を目にしている。現在では美術館に鎮座する歴史的巨匠である二人が、本書では生きて作品を作っている画家として登場する。ジャンペルはその作品について率直に評価し、画家本人の性格や発言、生活の様子まで記録する。これによって読者は、美術史が完成する直前の世界へ入り込むことになる。
4.画家、画商、コレクターという三角関係
本書を通して見えてくる重要な構造が、画家、画商、コレクターの三角関係である。画家は作品を制作する。しかし作品が社会的価値を獲得するためには、それを見つけ、購入し、展示し、顧客へ説明する画商が必要になる。そして作品を購入し、自らのコレクションへ組み込む富裕な収集家が存在する。ジャンペルはその中心にいた。そのため日記には、誰が何を欲しがっているのか、どの画商が何を持っているのか、誰が売りたがっているのか、どの作品が美術館へ入る可能性があるのか、といった情報が絶えず登場する。美術市場とは単なる絵の売買市場ではなく、人間関係と情報によって動く市場であることが鮮明に見えてくる。
5.アメリカの富がヨーロッパ美術を吸収する
本書の歴史的に重要な側面が、20世紀前半における美術市場の重心移動である。第一次世界大戦後、アメリカには巨大な富が蓄積され、富裕な実業家たちはヨーロッパの美術品を猛烈な勢いで収集するようになった。一方、ヨーロッパには王侯貴族や旧家が何世代にもわたって保有してきた名画や装飾美術が大量に存在した。その両者を結んだのが国際画商であった。ジャンペル自身がパリ、ロンドン、ニューヨークを往来したため、本書にはこの巨大な資産移転が内部から記録されている。後にアメリカの大美術館を形成することになるコレクション文化が、ヨーロッパの画商とアメリカの新興富裕層との関係から発展していく過程が見えてくる。
6.画商同士の競争
ジャンペルの日記をビジネスの記録として読むと、更に面白い。画商にとって重要なのは資金だけではない。どこに優れた作品があるのか、所有者は売る意思があるのか、競争相手はその存在を知っているのか、どのコレクターが何を欲しがっているのかという情報が決定的な意味を持つ。美術市場は公開市場でありながら、実際には極めて閉鎖的な情報ネットワークによって成立している。作品を見る眼と、人間を見る眼と、情報を集める耳の三つが画商には必要である。ジャンペル自身が、画商という職業を情報と秘密が飛び交う世界として捉えていたことが、日記の随所から伝わってくる。
7.コレクターという人間
本書はコレクター論としても非常に面白い。ジャンペルが見ているのは、美術品だけではない。なぜ人間は美術品を欲しがるのかという問題である。純粋に美しいから購入する者もいれば、社会的地位を示すために収集する者もいる。価格上昇を期待する者もいれば、他人が所有している作品を欲しがる者もいる。また、長年かけて優れた眼を養い、画商以上の鑑識眼を持つようになるコレクターもいる。したがって、美術市場における価格は作品の美しさだけで決まらない。希少性、競争、名声、所有欲、社会的威信、投資心理が複雑に絡み合って形成される。
8.画商兼コレクターの矛盾
ジャンペルは売るために作品を見る一方、自分自身も作品を愛する収集家であった。ここに画商という職業の根本的な矛盾がある。本当に素晴らしい作品であれば、自分で所有していたい。しかし画商である以上、それを売らなければ商売にならない。反対に、商売として利益が出る作品であっても、自分が美しいと思えなければ積極的になれないこともある。芸術を愛することと、芸術で商売することの緊張関係が、本書全体を貫いている。
9.美術界を容赦なく観察する人物評
ジャンペルの文章には鋭い人物観察がある。画家、批評家、画商、コレクター、有名人について遠慮なく書き、尊敬する人物には強い敬意を示す一方、嫌いな人物には辛辣である。たとえば大コレクターのジャック・ドゥーセや作家マルセル・プルーストには深い関心を示す一方、著名な美術史家・鑑定家バーナード・ベレンソンについては非常に厳しい評価を記している。そのため本書は単なる美術市場資料ではなく、第一次世界大戦後のパリ上流社会、美術界、文化人社会を描いた人物誌でもある。
10.一つの美術世界の終焉
日記は1939年9月、第二次世界大戦勃発の時期に終わる。ジャンペルが1918年に記録を始めたことを考えれば、本書はほぼ二つの世界大戦の間を覆っている。第一次世界大戦が終わり、パリを中心に美術市場が繁栄し、アメリカの富が参入し、近代美術が急速に価値を高めていった。そして1939年、その国際的で華やかな美術世界を戦争が破壊する。日記を書いた本人もその戦争から生還することはできなかった。この意味で本書は、美術市場の繁栄を記録した本であると同時に、第二次世界大戦によって失われたヨーロッパ美術界への鎮魂の書でもある。
本書が言いたかったこと
美術品の価値とは作品だけから自然に生まれるものではない。画家が作品を作り、画商が発見し、コレクターが購入し、批評家が論じ、美術館が収蔵し、次の世代がそれを再評価する。この長い連鎖によって、ある作品は単なる一枚の絵から名画へ変わっていく。しかしジャンペルが更に教えてくれるのは、画商もまた単なる利益追求者ではないということである。優れた画商には、作品を見る眼、将来の評価を予測する能力、人間を理解する能力、情報を集める能力、そして何より美術への情熱が必要である。ジャンペルの日記から見えるのは、画家、作品、富裕層、美術館、画商、国家を結びながら、美術品の価値が形成されていく巨大なネットワークの中心にいる画商である。更に重要なのは、ジャンペル自身が画商であると同時にコレクターだったことである。彼にとって美術品は商品であると同時に、金銭では測り切れない美的価値を持つ存在であった。だからこそ本書には、売りたいけど持っていたい、価格と美、商売と愛好という矛盾が絶えず現れる。結局、本書が残した最大の問いは、美術の価値とは誰が作るのかという問題である。その答えは画家だけでも画商だけでも市場だけでもない。芸術家、画商、コレクター、美術館、そして時代が相互に作用しながら価値を形成する。その過程を、結果を知る前の現場から21年間にわたって記録したことこそ、本書の最大の価値である。
