ジャコメッティ彫刻と絵画


Looking at Giacometti
1994年(日本語版2018年)刊
David Syllvester著

目次

著者とジャコメッティの経歴

本書の著者デイヴィッド・シルヴェスター(David Syllvester)は、20世紀を代表する美術批評家の一人である。とりわけ彫刻と絵画における深い洞察で知られる。彼はフランシス・ベーコンの主要な批評家としても著名であり、アーティストとの長期的対話を通じて作品の本質に迫る方法論を確立した。その批評は理論先行ではなく、作品の見え方そのものに徹底して向き合う点に特色があり、本書もまたその姿勢を体現するものである。

アルベルト・ジャコメッティ(Alberto Giacometti)は1901年スイスに生まれ、画家の父のもとで幼少期から芸術に親しんだ。ジュネーヴで美術を学んだ後、1922年にパリへ移り、彫刻家ブールデルに師事する。初期はキュビスムやシュルレアリスムの影響を受けたが、次第に人間存在の本質を探る独自の表現へと移行した。極度に細長い人体彫刻で国際的評価を確立する。代表作に歩く男などがあり、存在の不安や孤独を形象化した作品で知られる。

ジャコメッティ
ジャコメッティの歩く男

本書の内容

本書は単なる作品解説ではなく、ジャコメッティの芸術をどのように見るかという視点から徹底的に分析した批評書である。シルヴェスターは、ジャコメッティの彫刻や絵画を、形式や様式の歴史の中で説明するのではなく、観者の視覚体験そのものとして捉え直す。その中心的テーマは、距離と知覚である。ジャコメッティの作品は、遠くから見ると人間像として成立し、近づくと崩壊する。この両義性こそが彼の芸術の核心であり、本書ではその知覚的緊張が繰り返し論じられる。また、制作過程に関する考察も重要である。ジャコメッティは何度も削り、作り直し、対象を見えるものとしてではなく見え続けるものとして捉えようとした。その結果として、作品は完成というよりも未完の緊張状態を保ち続ける。

ジャコメッティ作品の特色

1.細長い人体像と存在の不安

ジャコメッティの彫刻は、極端に細長く引き延ばされた人体像によって特徴づけられる。代表作歩く男に見られるように、その身体は重量を持ちながらも、今にも消え去りそうな脆弱さを帯びている。これは単なる様式ではなく、人間存在の不確かさ、孤独、そして空間の中に置かれた存在の不安を象徴している。彼の人物像はしばしば孤立しており、周囲との関係性が断絶されている。これは第二次世界大戦後の人間観とも深く結びついており、存在の根源的な問いを彫刻として提示している。

ジャコメッティ
ジャコメッティの彫刻

2.表面の粗さと制作の痕跡

ジャコメッティの彫刻の表面は滑らかではなく、削り跡や付着物がそのまま残されている。この粗いマチエールは、制作の時間そのものを物質として刻み込んだものであり、完成された形態よりも生成の過程を可視化する。この点において、彼の作品は静的なオブジェではなく、時間を内包した存在として立ち現れる。

ジャコメッティ
ジャコメッティの胸像

3.絵画における視線の集中

ジャコメッティの絵画、とりわけ肖像画は、中心に人物の顔が据えられ、その周囲は曖昧な空間として処理される。線は何度も重ねられ、対象を捉えようとする執拗な視線がそのまま画面に刻まれる。特に目の描写は強烈であり、観る者を見返すような力を持つ。ここでもまた、見る/見られるという関係が強く意識されている。

ジャコメッティ
ジャコメッティの絵画

芸術上の価値と意義

ジャコメッティは、人間をどのように見るかという根源的問題を、徹底して問い続けた。彼は対象を理想化することなく、写実的に再現することにも満足せず、見えるとは何かという問いそのものを作品化した。この姿勢は、近代以降の芸術が抱えてきた表象の危機に対する一つの応答であり、同時に現代美術における知覚の問題を先鋭化させたものである。また、彼の作品は哲学的でもある。サルトルら実存主義者が彼の芸術に強い関心を示したのは、そこに人間の孤独や存在の不安が直接的に表現されているからである。ジャコメッティの芸術は、完成された像を提示するのではなく見続ける行為そのものを芸術へと昇華した。その意味において彼は、形を作る彫刻家であると同時に、知覚の本質を探る思想家でもあった。

ジャコメッティの彫刻(付記)

ジャコメッティの彫刻が極端に細いのは、現実に見える人間の姿を正直に表そうとした結果である。人は他者を遠くから見ると、小さく細く、不確かな存在として知覚する。ジャコメッティはこの視覚体験を重視し、実際の身体の太さではなく、見えている印象を彫刻にしたのである。また彼は制作の過程で削り続け、余分なものを取り除くことで、本質だけを残そうとした。その結果、存在の不安や孤独までもが凝縮され、あの細く脆い形となった。細さは様式ではなく、見ることと存在を追求した必然の形なのである。

ジャコメッティの絵画(付記)

ジャコメッティの絵画が線ばかりで曖昧に見えるのは、見えているものを正確に固定できないという感覚をそのまま描いているためである。人の顔や存在は、一瞬で確定できるものではなく、見るたびに揺れ動く。彼はその不確かさを隠さず、何度も線を重ねて見続ける行為そのものを画面に残したのである。輪郭をはっきり決めると嘘になるため、あえて確定させず、探り続ける状態を保った。つまりあの描き方は未完成なのではなく、存在は簡単には捉えられないという真実を表した必然なのである。

ジャコメッティ
ジャコメッティの絵画
ジャコメッティのドローイング

絵画と彫刻の関係(付記)

ジャコメッティにとって、絵画と彫刻は別の分野ではなく、人間をどう見るかを探る同じ試みであった。絵画では線を重ねながら対象を捉えようとし、彫刻では削り続けて形を極限まで絞り込む。方法は異なるが、どちらも見えているが確定できない存在を表そうとしている点で共通している。絵画は視線の揺れを平面に残し、彫刻は距離によって変わる見え方を立体にしたものである。両者は、見るという行為を別の手段で追求した、表裏一体の関係にある。

ジャコメッティ
矢内原の肖像
ジャコメッティ
矢内原の胸像

ジャコメッティに学ぶ生き方(付記)

ジャコメッティの生き方は、技巧やスタイルの問題ではなく、見るとは何か存在とは何かという根源的問いに対して誠実であり続ける態度そのものである。アーティストにとって最も重要なのは、外側の評価ではなく、自らの内側にある違和感や問いに忠実であることであり、その持続こそが作品を真に強いものへと導くのである。

1.見えるものを疑い続ける姿勢

ジャコメッティは、目に見えているものをそのまま再現することに満足しなかった。人間は本当に見えているのか、見ているつもりになっているだけではないのかという問いを生涯持ち続けた。アーティストにとって重要なのは、既存の見方に安住せず、自らの知覚そのものを疑い続ける姿勢である。

2.完成を急がず問いの中にとどまる

彼の作品は一見すると未完成のように見える。しかしそれは、完成を放棄しているのではなく、完成など存在しないという認識の表れである。何度も描き直し、削り続ける行為そのものが創作であった。アーティストは結果ではなく、問い続ける過程そのものに価値を見出すべきである。

3.徹底した単純化による本質への到達

ジャコメッティの彫刻が極端に細くなったのは、余分なものを削ぎ落とし、本質だけを残そうとした結果である。表現とは付け加えることではなく、削ることである。情報過多の現代においてこそ、何を捨てるかという判断が、作品の強度を決定する。

4.孤独を引き受ける勇気

彼の人物像が孤独であるように、彼自身の制作もまた孤独な営みであった。他者の評価や流行に迎合することなく、自らの視覚と対話し続けた。その姿勢は、アーティストが本質的に一人で見る存在であることを示している。孤独を避けるのではなく、創造の条件として引き受ける必要がある。

5.生涯にわたり同じ問いを掘り続ける ジャコメッティは生涯を通じて人間をどう見るかという問いから離れなかった。テーマを変え続けるのではなく、一つの問いを深く掘り下げることで、作品は次第に普遍性を獲得する。アーティストの仕事とは、新しいことを次々と試すことではなく、同じ問題を極限まで考え抜くことである。

私のジャコメッティ(付記)

ジャコメッティの絵画と彫刻はやってみると想像以上に難しい。私の木彫りのジャコメッティと鉛筆デッサンを一つずつ。

ジャコメッティ
歩く男
國井正人作
ジャコメッティ
アネットのデッサン
國井正人作

未来の輪郭

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