A Giacometti Portrait
1965年刊
James Lord著
ジェームズ・ロードの経歴
著者のジェームズ・ロード(1922–2009年)は、アメリカの作家・美術評論家であり、20世紀パリの芸術家たちとの交流で知られる。第二次世界大戦中は米軍に従軍し、戦後パリに移住した。そこでピカソ、コクトー、ベーコン、ジャコメッティなど多くの芸術家と親交を持った。特にジャコメッティとは深い友情を築き、その日常や制作姿勢を内側から観察した数少ない人物である。本書は、美術評論というより、一枚の肖像画が完成するまでの18日間を描いた観察記録である。しかしその過程を通して、ジャコメッティという芸術家の本質、更には見ることと存在することの意味が浮かび上がってくる。
本書の内容
1.一枚の肖像画から始まる物語
本書は、ジャコメッティがジェームズ・ロードに肖像画のモデルになってくれと頼むところから始まる。当初ジャコメッティは、数時間で終わると軽く言う。しかし実際には制作は延々と続き、完成まで18日間を要することになる。ロードは毎日アトリエへ通い、決められた椅子に座る。ジャコメッティは煙草を吸い、立ち上がり、近づき、離れ、何度も絵を描き直す。その単調で果てしない作業が、本書では細密に描かれている。しかし読者は次第に気づく。ここで描かれているのは単なる制作過程ではなく、世界をどう見るかという哲学である。
2.ジャコメッティの終わりなき修正
本書で最も印象的なのは、ジャコメッティが決して満足しない。彼は少し描いては消し、また描き直す。昨日うまくいったと思った部分も、翌日には全然違うと言って壊してしまう。ロードは最初、その行為を奇妙に感じる。しかし次第に、ジャコメッティが単に技巧的完成を求めているのではないことを理解していく。ジャコメッティにとって重要なのは、似ているかではなかった。彼は、目の前に座っている人物がそこに存在している感じを描こうとしていた。しかしその感覚は、一瞬見えたかと思うとすぐに失われる。そのため修正は永遠に続く。
3.アトリエの空気
本書では、ジャコメッティのアトリエも重要な存在として描かれている。狭く、汚れ、石膏の粉に覆われた空間。しかしそこには独特の集中力が漂っている。壁には無数の線が走り、途中で放棄された彫刻が並び、空間全体が制作の痕跡で満ちている。ロードは、そのアトリエがまるでジャコメッティの精神内部のようだと感じる。そこでは時間感覚すら曖昧になり、外の世界から切り離されたような状態になる。名声を得た後も、ジャコメッティは豪華な環境へ移ろうとしなかった。彼にとって芸術とは、快適さではなく、極限まで見ることだった。
4.見えるということの不安定さ
本書の核心には、見ることの不確かさがある。ジャコメッティは、ロードの顔を見ながら、今は見える、いやもう見えないと何度も言う。対象は固定されているのに、見え方は絶えず変化する。ロードはその様子を観察するうちに、自分自身の存在感覚まで揺らぎ始める。長時間同じ姿勢で座り続けることで、自分が単なる物のように感じられる瞬間もある。ここで本書は、単なる芸術記録を超え、人間は本当に他者を理解できるのかという問いへ向かっていく。
5.ジャコメッティという人間
本書には、制作中の雑談や日常会話も多く含まれている。ジャコメッティは神経質でありながらユーモアもあり、絶望的なことを語った直後に笑うこともある。彼は自分の作品に満足せず、常に失敗していると感じている。しかしその一方で、制作をやめることはできない。ロードは、ジャコメッティの中に永遠の未完成者を見る。完成へ到達できないことを知りながら、それでも制作を続ける。その姿勢に、芸術家としての誠実さを感じ取っていく。
本書が言いたかったこと
人間は世界を完全には捉えられず、それでもなお理解しようとする存在である。ジャコメッティは、一枚の肖像画を完成させることさえ容易にできなかった。しかしそれは能力不足ではなく、人間存在は決して単純には見えないという事実に対して誠実だったからである。彼は他者を理解したと思った瞬間に、その理解が崩れることを知っていた。だからこそ彼は描き直し続けた。その終わりなき試行錯誤の中に、芸術の本質がある。本書は、芸術とは完成品を作ることではなく、見えないものへ近づこうとする不断の努力であり、人間とは不完全な理解の中でなお他者を見つめ続ける存在であることを示している。
