日本の食料安全保障

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稼ぎながら守る食料安全保障へ

日本の食料安全保障に関しては、農業行政にかかわるトップの方々が既に切実な問題意識をもって、様々な提言がなされている。代表的なものとして以下のような書籍で提言が表明されている。

1. 日本の食料安全保障論は警鐘を鳴らす学者の書
「世界で最初に飢えるのは日本」鈴木宣弘著
2.農業行政内側からの現実的危機管理を表明する書
「日本の食料安全保障」末松広行著
3.農業行政の内部事情を知る改革派による書
食料安全保障と農政改革」荒川隆著

鈴木宣弘、末松広行、荒川隆の三冊が共通して示しているのは、日本の食料安全保障がもはや農業政策の一部ではなく、国家安全保障そのものであるという認識である。ただし、三冊はいずれも国内農業の維持、備蓄、自給率、農政改革に重点が置かれている。ここでは日本の農産品や食料品を世界市場で成長させる視点を加味し、単に国内で守る農政ではなく、海外で稼ぎ、海外に販路を持ち、その収益で国内生産基盤を強化する、攻めと守りの一体型食料安全保障へ転換すべきことを提言する。

農業安全保障の進むべき方向(骨子)

日本が進むべき道は、食料自給率だけを叫ぶ内向きの農政でも、自由貿易に任せるだけの市場依存でもない。国内では基礎食料、農地、水、種子、肥料、人材を国家安全保障として守り、海外では日本の高品質な農産品・食品を輸出産業として育て、さらに友好国に調達網と生産拠点を確保することである。日本の食料安全保障は「国内で守る力」「海外で稼ぐ力」「世界から安定的に調達する力」の三つを同時に強化しなければならない。農業を弱い産業として保護するのではなく、世界市場で評価される日本の戦略産業として育てることこそ、これからの食料安全保障の核心である。

国内生産基盤を国家インフラとして守る

まず必要なのは、米、麦、大豆、飼料、畜産、酪農、肥料、種子、農地、水資源を国家インフラとして位置づけることである。食料・農業・農村基本法は2024年に改正され、食料安全保障の確保がより明確に重視されるようになった。これは重要な転換点である。 しかし理念だけでは不十分であり、危機時にどの作物をどれだけ国内で確保するか、誰が生産し、誰が備蓄し、どの流通網で国民に届けるかまで設計しなければならない。

輸出産業として農業を再定義する

同時に、日本農業は内需縮小の中で国内市場だけを見ていては縮小する。日本の農林水産物・食品輸出額は2025年に1兆7,005億円となり、前年比12.8%増加した。 これは、日本食、和牛、米、緑茶、果物、酒類、調味料、水産物、加工食品が世界市場で十分に競争力を持つことを示している。食料安全保障とは輸入を減らすことだけではなく、世界で売れる農業をつくり、農家と食品企業の収益力を高め、その結果として国内生産を維持することである。

高付加価値品と基礎食料を分けて考える

日本がすべての食料を国内で安く大量生産することは現実的ではない。したがって、政策は二層に分けるべきである。第一層は、米、麦、大豆、飼料、乳製品、畜産、肥料など、国民生活に不可欠な基礎食料を守る安全保障領域である。第二層は、和牛、果物、緑茶、日本酒、発酵食品、冷凍食品、調味料、健康食品など、世界市場で高付加価値を取れる成長領域である。前者は国家が支え、後者は民間企業、商社、外食産業、物流企業、金融機関が一体となって海外展開する。この二層構造によって、農業を「保護される産業」から「国家を支える輸出産業」へ変えることができる。

海外調達網と海外生産拠点を持つ

食料安全保障は国内自給だけでは完成しない。日本は資源制約のある国である以上、豪州、米国、カナダ、ブラジル、東南アジア、インド、アフリカなどとの長期的な食料調達関係を築く必要がある。ただ買うだけでなく、日本企業が現地農業、倉庫、港湾、冷凍物流、食品加工、種子、肥料、灌漑に投資し、危機時にも日本向け供給を確保できる仕組をつくるべきである。これは単なる輸入依存ではなく、海外に分散した準国内的な食料供給網を持つという発想である。

農業を食品技術産業へ

国内農業の最大の弱点は、人手不足と高齢化である。これを補うには、スマート農業、農業ロボット、ドローン、AIによる需給予測、植物工場、ゲノム育種、冷凍・保存技術、食品加工技術を総動員しなければならない。農業を昔ながらの第一次産業として見るのではなく、AI、機械、バイオ、物流、金融、ブランド戦略が結びついた総合産業として再設計する必要がある。そうすれば、若者や企業が参入しやすくなり、輸出にも耐える品質と安定供給が可能になる。

日本の食料安全保障論1(付記)

世界で最初に飢えるのは日本
食の安全保障をどう守るか
2022年刊
鈴木宣弘著

鈴木宣弘は1958年三重県生まれの農業経済学者であり、東京大学農学部卒業後、農林水産省に入省した。その後、米国イェール大学大学院で経済学修士号を取得し、九州大学教授などを経て、東京大学大学院農学生命科学研究科教授を務めた。農業政策、食料安全保障、国際貿易問題を専門とし、政府の各種審議会委員なども歴任している。長年にわたり日本農業の現場と国際交渉の双方を見続けてきた経験から、日本の食料供給体制に強い危機感を抱き、その問題点を広く社会に訴え続けている。本書の内容は以下の通りである。

1.日本の食料自給率低下がもたらす危機

本書の出発点は、日本の食料自給率の低さに対する強い警鐘である。カロリーベースの食料自給率が四割を切る水準にまで低下している日本は、多くの穀物や飼料、肥料、燃料を海外に依存している。平時には世界市場から自由に調達できるが、国際情勢が不安定化した場合、その前提は容易に崩れると著者は指摘する。

2.輸入できるから大丈夫という神話

日本では長年、お金さえあれば世界から食料を買えると考えられてきた。しかし著者は、世界的な食料不足が起これば各国は自国民を優先し、輸出規制を行うと論じる。実際に過去には小麦や米の輸出禁止措置が繰り返されてきた。世界市場に余剰がなくなれば、日本のような輸入依存国は真っ先に供給不足に直面する。

3.グローバル化の脆弱性

自由貿易の進展によって効率性は高まったが、同時に供給網は複雑化し、危機への耐性が弱まった。コロナ禍やウクライナ戦争は、エネルギー価格や肥料価格、穀物価格の急騰を招き、世界の物流網が容易に混乱することを示した。効率だけを追求する経済システムには限界がある。

4.農業政策の誤りと農村の衰退

著者は、日本の農政が市場原理や自由化を重視するあまり、国内農業の基盤を弱体化させてきたと批判する。高齢化や後継者不足が進み、農地の維持さえ困難になりつつある現状を示し、農業を単なる産業としてではなく、安全保障を支える社会基盤として位置付ける必要があると説く。

5.欧米諸国との比較

欧州や米国では、食料安全保障を国家戦略の一部として位置付け、巨額の補助金や所得保障制度を通じて農業を支えている。一方、日本では農業保護が過剰であるという批判がしばしば行われるが、著者はむしろ支援水準は低く、農家の負担に依存してきたと指摘する。

6.日本が取るべき対策

著者は、食料自給率向上を国家目標として掲げるべきだと主張する。そのためには、国内生産基盤の維持、農家への所得補償、種子や肥料の安定確保、地域農業の再建、学校給食や地産地消の推進などを総合的に進める必要がある。単に経済合理性だけで判断するのではなく、非常時に国民の命を守るという視点から農業政策を見直すことを提言している。

日本の食料安全保障論2(付記)

日本の食料安全保障
食料安保政策の中心にいた元事務次官が伝えたいこと
2024年刊
末松広行著

末松広行は1958年生まれ。東京大学法学部卒業後、農林水産省に入省し、長年にわたり日本の農政、食料政策、国際交渉に携わった。農林水産省では大臣官房長、食料産業局長などを歴任し、2019年から2021年まで農林水産事務次官を務めた。食料自給率問題、農業改革、TPP交渉、コメ政策、農村振興など日本の食料安全保障に関わる政策形成の中枢に位置し、退官後も東京大学公共政策大学院客員教授などとして政策研究と提言を続けている。本書は、食料安全保障政策の現場を知る当事者としての経験を踏まえ、日本の食料危機に対する警鐘と今後の方向性を示した。本書の内容は以下の通りである。

1.世界秩序の変化と食料安全保障の時代

著者は、かつての自由貿易を前提とした時代から、国家間の対立や地政学的リスクが強まる時代へと世界が移行していると指摘する。ウクライナ戦争や異常気象、感染症の流行などにより、食料は単なる商品ではなく国家安全保障の問題として認識されるようになった。

2.日本の低い食料自給率が抱える危険

日本のカロリーベース食料自給率は約四割にとどまり、多くの穀物や飼料、肥料、エネルギーを海外に依存している。著者は、平時には市場から調達できても、国際情勢が悪化した際には輸出規制や物流停止によって深刻な供給不足に陥る可能性があると警告する。食料自給率だけではなく、生産基盤が弱体化していることを問題視する。農業従事者の高齢化、耕作放棄地の増加、農村人口の減少などが進み、いざという時に国内生産を増やす能力が失われつつある。

3.食料安全保障とは備える力である

食料安全保障とは単に自給率を上げることではなく、平時から供給能力を維持し、危機時にも国民に食料を安定供給できる体制を構築することである。そのためには、農地、水資源、農業技術、人材、肥料、種子などを総合的に維持する必要があり、農業を市場原理だけに委ねてはならない。

4.国際協調と国内生産の両立

日本は資源に乏しい国であるため、完全な自給自足は現実的ではない。一方で、海外依存を前提とするだけでは危機に脆弱になるため、輸入先の多角化と国内生産力の維持を同時に進める必要がある。自由貿易を活用しつつも、主食や基礎的食料については一定の国内供給能力を確保することが国家戦略として不可欠である。

5.農業政策の転換とスマート農業

著者は、従来型の保護政策だけでは農業を維持できないと考えている。大規模化や法人化を進めるとともに、AIやロボット、データ活用を通じたスマート農業を推進し、生産性向上を図る必要がある。更に、若者や企業の参入を促進し、農業を成長産業として再生することが重要である。

6.国民全体で支える食料安全保障

食料問題は農家だけの問題ではなく、国家全体の課題である。食料安全保障は防衛やエネルギー安全保障と同じく、国民全体で支えるべき公共財であり、平時には見えにくい価値だからこそ長期的視点で守らなければならない。

日本の食料安全保障論3(付記)

食料安全保障と農政改革
まともな農水省OBの農政解読
2023年刊
荒川隆著

荒川隆は農林水産省に長年勤務した農政官僚であり、農業政策、食料政策、農村振興など幅広い分野に携わってきた。農政の現場と中央行政の双方を経験し、政策立案の内部事情を熟知する人物として知られる。退官後も農政評論や執筆活動を通じて日本農業の課題を発信しており、官僚組織の論理だけではなく、農業生産者や消費者の立場から政策を検証する姿勢を持つ。本書においても、農水省OBでありながら既存の農政を無条件に擁護するのではなく、現場感覚を踏まえた率直な分析と提言を行っている。本書の内容は以下の通りである。

1.食料安全保障の危機

本書は、食料安全保障が国家安全保障の重要な柱であるにもかかわらず、日本では長年その重要性が軽視されてきたことを指摘するところから始まる。世界人口の増加や気候変動、国際紛争、輸出規制などによって、食料を自由に輸入できる時代は終わりつつあり、日本の低い食料自給率は深刻なリスクであると論じている。

2.戦後農政の変遷と問題点

著者は戦後の農政を振り返り、高度成長期以降の政策が消費者利益や工業化を優先するあまり、農業生産基盤の維持を軽視してきたと分析する。減反政策や市場原理重視の政策によって農家人口が減少し、農村の活力も失われたと指摘する。また、農政が短期的な価格対策に偏り、国家としての食料戦略が十分に構築されなかったことを批判している。

3.農政改革の実態を読み解く

政府が進めてきた農政改革についても、著者はその理念と実態を検証する。規模拡大や法人化、農地集積などは一定の成果をもたらしたものの、それだけでは日本農業全体の持続性は確保できない。効率化を追求する政策だけでは、中山間地域や小規模農家の役割を無視することになり、結果として地域社会の崩壊を招きかねない。

4.国際情勢の変化と日本の脆弱性

世界的な穀物価格高騰やロシア・ウクライナ戦争、新型コロナ禍などの出来事を通じて、日本の食料供給体制が極めて外部環境に依存していることを著者は強調する。食料輸入だけでなく、肥料や飼料、エネルギーについても海外依存度が高く、一国で完結できる体制を持たないことが大きな弱点である。

5.持続可能な農業への提言

著者は今後の農政の方向として、生産基盤の維持、農地の保全、担い手育成、地域農業の振興を重視すべきだと提唱する。単に市場競争に任せるのではなく、国家戦略として農業を位置づけ、長期的視点から食料安全保障を確立する必要がある。農業は食料生産だけでなく、国土保全や地域社会の維持という多面的機能を持つことを再認識すべきである。

産業と投資に関する論説一覧

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