エロティシズム

L’Érotisme
1957年刊
Georges Bataille著

目次

ジョルジュ・バタイユの経歴

ジョルジュ・バタイユは1897年、フランスのビヨームに生まれた。父は梅毒によって失明と精神錯乱を患っており、その暗く暴力的な幼少期の体験は、後のバタイユ思想に深い影響を与えた。青年期にはカトリック神学に強く惹かれ、一時は修道士を志したが、やがて宗教的信仰から離れ、人間存在の暗部(暴力、死、欲望、供犠、狂気)を探究する思想家へ転じた。パリ国立図書館司書として働く一方で、文学、哲学、人類学、宗教学、美術批評を横断する活動を行った。特にシュルレアリスム運動との接触は重要であり、アンドレ・ブルトンと対立しながらも、20世紀前衛芸術に巨大な影響を与えた。秘密結社的思想集団アセファル(Acéphale)を組織し、近代合理主義を超える聖なるものを追究した。

本書エロティシズムは、20世紀フランス思想における最重要著作の一つであり、性愛を単なる性的行為ではなく、人間存在の根源に関わる哲学的・宗教的・存在論的問題として論じた。バタイユは本書において、人間はなぜ禁じられたものに惹かれるのか、なぜ死と性愛は深く結びつくのかを問い続けた。彼の思想は後に、ミシェル・フーコー、ジャック・デリダ、ジャン・ボードリヤールらへ継承されることとなる。

本書の内容

1.禁忌と侵犯

エロティシズムの核心は、禁忌と侵犯の関係にある。人間社会は秩序を維持するために、性や死に関する禁忌を設ける。しかし人間は、その禁忌に惹かれ、それを破りたいという欲望を同時に持つ。バタイユは、この禁忌を超える瞬間にこそエロティシズムが生まれると考えた。エロティシズムとは、単なる快楽ではなく、禁止されたものへ接近する経験である。

2.死と性愛

本書において最も重要なのは、死と性愛の結合である。バタイユによれば、人間は通常、個別の孤立した存在として生きている。しかし性愛の極限において、人間は自我の境界を失い、連続性へ回帰しようとする。死もまた個体の境界を消滅させる。そのため性愛と死は、どちらも個体の解体という共通構造を持つ。この思想は後に20世紀芸術、とりわけ身体表現芸術に巨大な影響を与えた。

3.宗教と供犠

バタイユは宗教儀礼、とりわけ古代の供犠(いけにえ)の中に、人間の根源的欲望を見た。神聖なものとは、清浄なものではなく、むしろ危険で暴力的なものである。血、死体、犠牲、恍惚は、人間を日常秩序から解放し、超越へ導く。エロティシズムもまた、この聖なる侵犯の一形態である。

バタイユのエロティシズム思想

1.エロティシズムとは何か

バタイユは有名な一文を残している。エロティシズムとは、死に至るまで生を肯定することである。ここでいう生とは、安全で合理的な生活ではない。むしろ、自我が崩壊する危険を伴った極限的生である。人間は本来、孤独な個体として存在している。しかしエロティシズムにおいては、自我の境界が揺らぎ、他者との融合への欲望が現れる。したがって性愛とは、単なる身体接触ではなく、孤立からの脱出願望である。

2.色情と神聖

バタイユは、宗教と性愛を対立物とは見なさない。むしろ両者は同じ構造を持つ。修道院的禁欲が強いほど、逆にエロティックな幻想も増大する。聖性とは、欲望を完全に排除することではなく、欲望と恐怖が混在する領域である。このためバタイユは、キリスト教神秘主義とサド侯爵や裸体などを同じ問題系の中で論じた。

3.動物と人間

動物にはエロティシズムは存在しない。なぜなら動物には禁忌が存在しないからである。エロティシズムは、人間が文化や道徳を形成した後、その禁止をあえて越境しようとするところに成立する。したがってエロティシズムとは、人間文明の副産物である。

バタイユがアートに与えた影響

バタイユは、単なる文学者ではなく、20世紀後半芸術の深層構造を変化させた思想家であった。彼の思想は、美術、文学、写真、映画、パフォーマンス、身体芸術など広範な領域へ浸透し、戦後前衛芸術に決定的な影響を与えた。バタイユ以前、西洋芸術は長らく美の理念を中心として発展してきた。そこでは身体は調和や理想を体現する対象であり、芸術は秩序・均衡・形式美を追求する営みと見なされていた。しかしバタイユは、その伝統を根底から覆した。彼にとって身体とは、美しい対象ではなく、欲望、暴力、死、恐怖、快楽が交錯する危険な場所であった。人間存在の本質は、理性的秩序の内部ではなく、その秩序が崩壊する瞬間にこそ露わになると彼は考えた。

1.絵画

この思想は、20世紀芸術の多くの流れに深く影響した。特にアンドレ・マッソンやダリらを含むシュルレアリスムの領域では、無意識、夢、性的衝動、暴力性への関心が深化し、人間精神の暗部を可視化する方向へ進んでいった。戦後になると、その影響はボディ・アートやパフォーマンス・アートへと受け継がれ、芸術家自身の身体を極限状態へ追い込む表現へ発展してゆく。とりわけベイコンの絵画は、極めてバタイユ的世界観を体現している。ベイコンの人体は古典的裸体のような均整や理想性を持たない。そこでは肉体は歪み、裂け、崩壊し、叫びながら欲望と死に侵食されている。人体はもはや安定した存在ではなく、存在そのものが解体される過程として描かれる。バタイユが論じた個体の境界の崩壊は、ベイコンの画面において視覚的現実となった。

2.ボディ・アートやアクショニズム

マリーナ・アブラモヴィッチやヘルマン・ニッチュらによるボディ・アートやアクショニズムにも、バタイユ思想の強い影響を見ることができる。彼らは血液、苦痛、自己損傷、儀式、供犠といった要素を用いながら、人間存在の限界を観客の前に露出した。そこでは芸術作品は単なる鑑賞対象ではなく、危険と恍惚を伴う侵犯の儀式と化している。これはまさに、バタイユが語った聖なる侵犯の芸術化であった。

3.写真や映像

現代写真や映像芸術においても、バタイユの影響は深い。20世紀後半以降、多くの芸術家たちは、単に現実を再現するのではなく、人間の欲望、不安、暴力性、死への衝動を露呈させる方向へ向かった。美術は美しいものを作る技術から、人間存在の極限を暴露する行為へと変貌した。

このように、バタイユは芸術の中心問題そのものを変えた思想家であった。彼以後の芸術は、単なる調和や再現ではなく、欲望、禁忌、暴力、肉体、死、無意識といった問題を真正面から扱うようになった。その意味において、本書エロティシズムは単なる性愛論ではなく、20世紀後半芸術の地下水脈を形成した決定的著作である。

私のバタイユ絵画(付記)

バタイユがエロティシズムの絵画としてとりあげた象徴主義から、私が模写したシュトゥックと、宗教的エロティシズムの極地である法悦を彫刻したベルニーニを模写した作品を一枚。

シュトゥックの罪の絵
シュトゥック「罪 」
國井正人作
パステル
ベルニーニの彫刻聖女テレサの法悦を描いた絵画
ベルニーニ「聖女テレサの法悦」
國井正人作
パステル

未来の輪郭

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