歴史を語る新しい証人DNA
古代人の骨や歯からDNAを取り出し、そのゲノムを現代人や他の古代人と比較する古代DNA研究は、考古学、歴史学、人類学を大きく変えつつある。従来、民族の起源は土器、墓制、言語、文献、頭骨形態などから推測されてきた。しかしDNA解析によって、文化の変化が必ずしも民族の交替を意味しない場合もあれば、逆に考古資料だけでは見えなかった大規模な人口移動が実際に起きていたことも判明してきた。たとえばヨーロッパ人は、太古から同じヨーロッパ民族が連続して存在したのではなく、狩猟採集民、アナトリア方面から移動した農耕民、更にユーラシア草原から移動した牧畜民などが何度も混合して形成されたことが古代DNAから明瞭になっている。現代の民族は、一本の古い樹木というより、無数の河川が合流してできた大河に近い。この発見には、民族紛争の歴史観を変える可能性がある。
遺伝子が崩し始めた純粋民族観念
1.民族は固定した生物学的集団ではない
遺伝子考古学が明らかにしつつある最も重要な事実は、民族と遺伝的集団は同じものではないということである。民族とは言語、宗教、歴史的記憶、政治制度、生活文化などによって形成される社会的・歴史的共同体である。一方、DNAが示すのは祖先集団間の遺伝的なつながりや移動、混合である。○○民族の遺伝子という明確な境界線が古代から現在まで不変に存在する訳ではない。むしろ近年の古代DNA研究が描き出す人類史とは、移動、征服、婚姻、交易、同化、分裂、再統合が絶えず繰り返された歴史である。最新の考古ゲノム研究でも、DNAだけで民族や文化を単純に読み替えないことが重視されている。これは民族紛争を考える上で重要である。なぜなら我々は太古からこの土地に住む純粋な民族であり、彼らは後から来た異民族であるという民族主義的物語が、科学的には成立しにくくなるからである。
2.征服者と被征服者の混在
歴史書はしばしば民族Aが民族Bを征服したと記述する。しかし遺伝子から見ると、その後両者が婚姻し、数百年後には双方の子孫が同じ地域社会を形成していることが珍しくない。したがって我々と彼らという二分法そのものが、千年単位の歴史では成立しない場合が多い。この意味で遺伝子考古学は、歴史を民族同士の闘争史から人間集団の移動と混合の歴史へ読み替える力を持っている。
既に現れている和解の萌芽
1.ケネウィック人
象徴的なのが、1996年に米国ワシントン州で発見された約8500年前のケネウィック人である。当初、頭骨形態などから現代のネイティブ・アメリカンとは異なる系統ではないかという説が唱えられ、先住民側が祖先として遺骨の返還と再埋葬を求めたことから、科学者との間で長い対立が生じた。ところがゲノム解析によって、ケネウィック人は世界の他集団より現代のネイティブ・アメリカンに近く、返還を求めていた部族の一つとも遺伝的につながる集団に属していたことが明らかになった。これは重要な事例である。DNA解析は単に考古学説を修正しただけではなく、先住民側の祖先とのつながりという主張に科学的根拠を与え、最終的な遺骨返還・再埋葬への流れを後押しした。遺伝子研究には、過去をめぐる対立を深めるだけでなく、歴史的尊厳を回復して和解を促進する力もある。
2.双方ともこの土地の子孫
更に興味深い可能性は、現在対立している二つの民族が、実際には古代の共通集団から多くの祖先を受け継いでいることが明らかになる場合である。従来の民族紛争では、どちらが先にこの土地にいたかが政治的正統性の根拠として使われることがある。しかし遺伝子解析が示す人類史は、それほど単純ではない。何千年もの人口移動と混合を考えれば、一つの土地に複数の現代集団が異なる経路を通じて歴史的連続性を持っていることは十分あり得る。ここから、この土地は我々だけの祖先の土地であるという排他的歴史観ではなく、異なる歴史を歩んできた双方が、この土地の長い歴史につながっているという共有型の歴史認識が生まれる可能性がある。これは遺伝子考古学が平和構築に提供できる最も重要な思想的萌芽である。
日本人の起源
日本列島についても同様である。縄文系祖先だけから現代日本人が形成された訳でも、ある時期に単一の弥生民族が縄文人を完全に置き換えた訳でもない。古代DNA研究は、列島内外からの複数の人口移動と混合によって現代日本人が形成されてきたという、より複雑な歴史像を描き出している。ここから得られる重要な教訓は、日本人という共同体の存在を否定することではない。むしろ民族とは、遺伝的純粋性によって成立するのではなく、異なる祖先を持つ人々が長い時間をかけて文化、言語、社会、歴史的記憶を共有することで形成されるということである。この考え方を世界に拡張すれば、混血したから民族ではないのではなく、混合してきたからこそ民族が形成されたという逆転した歴史観が成立する。
遺伝子考古学と平和
1.民族神話
遺伝子解析の最大の平和的効果は、ある民族の歴史を否定することではない。むしろ、我々だけがこの土地の原住民であるという単純な物語を、我々も彼らも、異なる時代の移住者、先住集団、征服者、被征服者の子孫であるという複雑な物語へ変えることである。民族紛争を支える歴史認識には、しばしば純粋な我々と外部から侵入した彼らという構図が存在する。古代DNAは、この境界線を曖昧にする可能性を持つ。
2.ゼロサムゲームからの解放
従来の民族史では、A民族の歴史的正統性を証明するとB民族の正統性が弱くなるというゼロサム的発想になりやすい。しかし遺伝子史ではそうとは限らない。A民族にも古代住民との連続性があり、B民族にも別の経路から同じ古代住民との連続性があるということが十分起こり得る。そうなればどちらが本当の子孫かではなく、双方がこの土地の歴史を共有しているという発想が可能になる。ここに平和構築への可能性がある。
DNAが逆に紛争を激化させる危険
1.遺伝子的領土権という危険な思想
最も警戒すべきなのは、我々のDNAが古代人に近い。したがってこの土地は我々のものであるという論理である。これは科学的にも政治哲学的にも飛躍である。古代人との遺伝的近縁性は、現代国家の国境、土地所有権、主権、住民の市民権を決定するものではない。仮に2000年前の住民との遺伝的近縁性を領土権の基準にすれば、世界中の国境が際限なく争われることになる。DNAは誰の祖先がどこにいた可能性が高いかを語ることはできても、現在その土地を誰が統治すべきかを決定することはできない。
2.新しい人種主義
更に危険なのは、DNA研究が民族主義と結びつくことである。我々は何%古代民族Xの血を持っている、相手民族より我々の方が古代住民に近いといった議論が始まれば、古代DNAは平和の科学どころか血統の科学へ転落する。しかも遺伝的祖先と民族的アイデンティティは同一ではない。民族は歴史、文化、言語、宗教、自己認識などから形成されるからである。市販の祖先解析サービスですら、どの参照集団を設定するかによって同じ人物の祖先表示が異なる問題が生じている。遺伝子データを民族名へ直接変換すること自体に慎重さが必要である。
3.遺骨研究と倫理問題
もう一つ重要なのが、古代人のDNAを誰の許可で解析するのかという問題である。研究者にとって古代人骨は科学資料であっても、現在の先住民族にとっては祖先そのものである場合がある。そのため現在の古代DNA研究では、現地法令の遵守、遺骨への損傷の最小化、研究計画の事前策定、データ公開による検証可能性に加え、子孫共同体などの利害関係者を研究開始段階から参加させることが重要な倫理原則とされている。科学的に正しいから研究してよいという時代から、誰と一緒に歴史を研究するのかが問われる時代へ移行しつつある。
共有史の発見
遺伝子考古学を平和に役立てるためには、その目的を変える必要がある。どちらの民族が先にいたのかを決定するためにDNAを使えば、研究成果は民族主義の武器になり得る。反対に、我々は過去にどのように出会ったのか、どこで混ざり合ったのか、双方が共有している祖先は誰なのかという問いにDNAを使えば、それは平和のための歴史学になり得る。重要なのは、DNAは民族を定義しないという原則を守ることである。民族とは遺伝子ではなく、人間が歴史の中で形成してきた共同体である。しかしDNAは、その共同体が想像している以上に他者と深く結びついていることを示すことができる。
我々は混ざり合ってきた
遺伝子考古学が民族紛争を終わらせることはない。領土、宗教、政治権力、経済格差、安全保障、歴史的被害といった現実の対立は、DNA解析だけでは解決できない。しかし、その潜在的な意味は非常に大きい。20世紀の民族主義はしばしば、一つの民族、一つの祖先、一つの土地という物語を必要とした。21世紀の古代DNA研究が明らかにしつつある人類史は、それとは正反対である。人類の歴史とは、移動し、出会い、争い、婚姻し、同化し、再び分かれながら、絶えず混ざり合ってきた歴史である。したがって遺伝子考古学の最も重要な平和的可能性は、どの民族が正しいかを証明することではない。純粋な民族などほとんど存在せず、敵だと思っている相手もまた、長い歴史のどこかで自分たちとつながっていることを科学によって可視化することである。
DNAを土地を奪い合うための血統証明に用いれば、新しい民族主義を生む。しかし人類がいかに移動し、混ざり合い、互いを形成してきたかを示す共有史として用いるならば、遺伝子考古学は考古学の新分野にとどまらず、民族の自己認識を変える可能性を持つ。そして究極的には、この土地は誰のものだったのかという問いから、これほど祖先を共有する我々が、この土地でこれからどのように共存するのかという問いへ歴史認識を転換することこそ、遺伝子考古学が平和に貢献し得る最も大きな可能性である。
DNAとパレスチナ和平(付記)
1.ユダヤ人の排他的正統性の否定
まず重要な点は、DNA考古学によってユダヤ人は古代パレスチナと関係がなかったという結論になる可能性は低いことである。2020年に発表された南部レバントの大規模な古代DNA研究では、青銅器・鉄器時代の73人を分析し、現在のレバント系諸集団の多くが、古代南部レバントやその周辺の集団から相当な祖先成分を受け継いでいることが示された。研究では、現代の多数のユダヤ系集団とレバントのアラビア語話者集団の双方について、古代レバント系祖先との重要な連続性が確認されている。したがって、DNAからユダヤ人はこの土地と無関係であると主張することはできない。しかし同時にユダヤ人だけが古代住民の子孫であり、パレスチナ人は後世に外部からやって来た人々であるという単純な歴史像も支持しにくい。パレスチナ人を含む現代レバント諸集団にも古代レバント住民との遺伝的連続性が認められるからである。古い研究ではあるが、パレスチナ人とユダヤ人の遺伝的近縁性を指摘した研究も存在する。DNAが突き崩す可能性があるのは、ユダヤ人の古代からのつながりではなく、そのつながりはユダヤ人だけのものであるという排他性である。
2.カナン人対ユダヤ人
ここには更に興味深い問題がある。古代DNAによれば、青銅器時代のいわゆるカナン人が純粋な一民族だった訳ではない。南部レバントの新石器時代住民を基礎としながら、ザグロスやコーカサス方面から来た集団との混合によって形成されていた。紀元前数千年まで遡っても、最初からそこにいた純粋な民族を見つけることは難しい。これはイスラエル・パレスチナ問題に対して非常に大きな意味を持つ。誰が最初にこの土地にいたのかという問いをDNAで突き詰めれば、最終的には双方にとって都合の悪い答えが出てくる。誰も最初ではない。人類はアフリカから移動し、中東で何度も移住、征服、婚姻、同化を繰り返してきた。現在の民族を数千年前の民族と一対一で対応させること自体に限界がある。
3.DNAとイスラエル側の論拠
ここが非常に重要である。DNA考古学はイスラエルの歴史的主張を弱めるだけではない。逆にイスラエル側にも論拠を与える。ディアスポラを経験したユダヤ人集団が、ヨーロッパ、北アフリカ、中東などで現地集団と混合しながらも、古代レバント由来の祖先成分を保持していることが示されれば、2000年近く離散していたにもかかわらず、祖先の一部は確かにこの地域に由来するという主張を補強するからである。現在の古代DNA研究は、少なくとも多くのユダヤ系集団について、そのようなレバントとの遺伝的つながりと矛盾しない。したがってDNAを政治的武器として使用すれば、双方がこう言い始める危険がある。イスラエル側はDNAによって我々が古代レバント住民の子孫であることが証明されたと言い、パレスチナ側は我々にも古代レバントとの強い連続性があると言う。すると紛争は解決するどころか、どちらのDNAが古代住民に何%近いかという、極めて危険な競争になってしまう。これは歴史的権利の争いを遺伝子的権利の争いへ変えるだけである。
4.逆転させれば和平の思想に
そこでDNA考古学の使い方を180度転換する必要がある。問いを、ユダヤ人とパレスチナ人のどちらがこの土地の本当の子孫なのかとしてはならない。そうではなく、ユダヤ人とパレスチナ人は、どれほど古代レバントの祖先を共有しているのかと問うのである。この問いに変えるだけでDNA研究の政治的意味はまったく異なる。考古学・古代DNAが描き出しつつある歴史像は、概略として、古代レバント諸集団→長期間の移動・混合・宗教変化・征服→ユダヤ人、サマリア人、キリスト教徒その他の諸集団→離散・改宗・アラブ化・更なる人口移動→現在のユダヤ系諸集団とパレスチナ人を含むレバント諸集団という一本ではない複雑な樹木に近い。その枝同士が現代ではイスラエル人とパレスチナ人として争っている、と理解することができるのである。
5.二つの民族・一つの古代史
ここから和平のための新しい歴史観が生まれる可能性がある。従来の物語は、二つの民族が一つの土地を奪い合っている。これをDNA考古学によって、共通する古代レバントの歴史から分岐した二つの民族が、同じ土地で再び出会っているという物語へ変えるのである。これはイスラエルの存在を否定する論理でも、パレスチナの存在を否定する論理でもない。むしろ、ユダヤ人にはこの土地との歴史的つながりがあり、パレスチナ人にもこの土地との歴史的つながりがある。そして、その二つは必ずしも相互排他的ではないという第三の歴史観である。DNA考古学が和平に貢献するとすれば、この方向であろう。
6.DNAは領土権を決定しない
ただし、絶対に越えてはならない一線がある。遺伝的祖先を現在の領土権へ直接結び付けてはならない。仮に3000年前の住民との遺伝的近縁性が領土権を決定するのであれば、世界中で国境を引き直さなければならなくなる。DNAが答えられのは、どのような人々が移動し、混合し、現代集団形成に寄与したかという問題であって、現在、誰がどの土地に住む権利を持つのかではない。後者は国際法、現在の住民の権利、安全保障、財産権、難民問題、人権、政治的合意によって解決すべき問題である。したがってDNAは裁判官ではなく歴史の証人として利用すべきである。
7.和平への具体的な利用法
実際にこれを中東和平へ利用するのであれば、イスラエル側あるいはパレスチナ側の研究として行うべきではない。イスラエル人、パレスチナ人、ヨルダン人、レバノン人などの研究者に加え、欧米その他の第三国研究機関を参加させた共同プロジェクトとして、古代DNA、考古学、歴史学、言語学を統合すべきである。その目的も、誰が最初の住民だったかではなく、現在のレバント諸民族が、どの程度共通した古代史を持っているのかに限定する。そして研究成果を学校教育、博物館、共同展示、デジタル系譜図などによって可視化する。例えば3000~5000年前の古代人から現在のユダヤ人、パレスチナ人、レバノン人などへ伸びる系統を一本一本の民族の木として描くのではなく、無数の枝が分かれ、再び交差する巨大なネットワークとして展示するのである。これは政治交渉そのものではない。しかし長期的には、和平を困難にしている相手はこの土地とは無関係な外来者であるという相互の歴史認識を弱める効果が期待できる。
8.DNAが提示する第三の物語
DNA考古学はイスラエルの歴史的論拠を単純に破壊するものではない。むしろもっと興味深い結果をもたらす可能性がある。ユダヤ人の古代レバントとのつながりを支持すると同時に、パレスチナ人を含む現在のレバント住民にも古代からの深い連続性があることを示す可能性が高い。だからこそ、使い方を誤れば危険である。我々の方が古代人に近いという競争にすれば、DNAは民族紛争の新しい武器になる。しかし、双方とも、この土地に長い歴史的つながりを持つという方向へ利用すれば事情は逆転する。イスラエル・パレスチナ問題には長い間、どちらがこの土地の正統な所有者なのかという二者択一の歴史観がつきまとってきた。しかし古代DNAが最終的に提示するのは、もっと複雑で、同時に和平に利用できる第三の物語となる。それは、この土地はユダヤ人だけの祖先の土地でも、パレスチナ人だけの祖先の土地でもない。双方を含む多くの人々の祖先が、何千年にもわたって移動し、混ざり合い、生きてきた土地であるという歴史観である。DNA考古学の平和への最大の可能性は、イスラエルの歴史的権利を否定することではない。ユダヤ人の歴史的つながりを認めながら、それがパレスチナ人の歴史的つながりを排除する理由にはならないことを科学によって示すことにある。誰の土地かを証明するDNAではなく、我々がどれほど長い歴史を共有しているかを発見するDNAへ転換できるかどうか。そこに、この新しい科学を中東和平へ結び付ける最も有望な可能性がある。
民族紛争解決可能な事例(付記)
イスラエル・パレスチナ問題ほど古代から誰がその土地に住んでいたのかが政治的正統性と直結している紛争は多くない。しかし世界を見渡すと、非常によく似た構造を持つ問題が存在する。キプロス、バルカン、アルメニア・アゼルバイジャン、インド、北アイルランドなどである。これらに共通するのは、現代の民族が古代の特定集団を自らの直接的祖先と位置づけ、われわれは先住者であり、相手は後から来たという歴史を政治的正統性に利用してきたことである。ところがDNA考古学は、このような一本線の民族史を次々と複雑化している。重要なのは、DNAによってどちらが本物の先住民族かを決定することではない。むしろ、現在敵対している民族が、実際には想像以上に祖先を共有していることを明らかにする可能性にある。
1.キプロス
最も興味深いのがキプロスである。キプロス問題は、ギリシャ系キプロス人とトルコ系キプロス人の対立として語られてきた。そこでは当然、ギリシャ系は古代ギリシャ世界との連続性を強調し、トルコ系についてはオスマン帝国以降に到来した集団であるという歴史認識が生まれやすい。しかし遺伝学が示す姿は、それほど単純ではない。Y染色体を調べた研究では、ギリシャ系キプロス人とトルコ系キプロス人は父系系統の大部分を共有し、両集団は周辺の多くの集団よりも互いに強い遺伝的類似性を示した。研究者は両者の父系祖先が主として単一の遺伝子プールに由来すると結論している。これは政治的に非常に興味深い。民族的にはギリシャ人とトルコ人に分かれて争っている人々が、長い歴史を遡れば、実際には同じ島に暮らしていた人々の子孫をかなり共有している可能性があるからである。したがってキプロスではDNAを、どちらが本当のキプロス人かを決める道具ではなく、われわれは政治的・宗教的には分裂したが、祖先の多くを共有するキプロス人でもあるという共通アイデンティティー形成に利用できる可能性がある。これはイスラエル・パレスチナ以上に、DNAによる歴史的和解を試みる価値のある事例である。
2.バルカン
セルビア人、クロアチア人、ボスニア人、アルバニア人、ギリシャ人、ブルガリア人などが複雑に隣接するバルカンでは、誰がこの土地に先に住んでいたかが民族主義と結び付いてきた。アルバニア人の起源についても、古代イリュリア人などとの連続性が長く議論されてきた。興味深いことに2026年の大規模古代DNA研究は、現代アルバニア人が西バルカンの後期青銅器・鉄器時代集団からかなりの祖先を受け継いでいることを示した。したがって古代バルカンとの連続性には一定の科学的根拠が存在する。しかし、ここで終わらないのがDNA考古学の重要なところである。スラヴ人についても単純な侵入者ではない。2025年の研究は、中世初期のスラヴ語圏拡大に実際に大規模な人口移動が伴ったことを示した。たとえば現在のポーランドから北西ウクライナ方面では大きな遺伝的変化が確認されている。したがってDNAは一方ではアルバニア人には古代バルカンとの連続性があると示し、他方ではスラヴ人の移動も現実に起こったと示す。ここだけを民族主義的に利用すれば危険である。われわれの方が古いという競争が始まるからである。しかし歴史全体を見ると、バルカンは古代住民、ローマ帝国住民、スラヴ系移住者、地中海系集団などが何度も混合した地域である。したがって和平的な読み方は、誰が最初だったかではなく、現在のバルカン諸民族は異なる比率で同じ古代バルカン史を共有しているとなる。これはコソボ問題などを直接解決するものではないが、我々だけがこの土地の歴史的所有者であるという思想を相対化する可能性を持つ。
3.アルメニアとアゼルバイジャン
ナゴルノ・カラバフをめぐるアルメニアとアゼルバイジャンの対立も、古代からの居住、宗教施設、墓地、民族的連続性などが領土の正統性と結び付けられてきた典型例である。2023年のアゼルバイジャンによるナゴルノ・カラバフ掌握後、10万人を超えるアルメニア系住民が地域を離れ、歴史的故郷という概念は現在も極めて政治的な意味を持っている。しかしコーカサスは、人類史上屈指の人口移動の交差点である。ここでDNA研究をアルメニア人とアゼルバイジャン人のどちらが古代住民に近いかという競争に使えば、ほぼ確実に逆効果となる。むしろ、現代の国境や民族名が成立するはるか以前から、この地域では祖先集団が移動し、混合していたという歴史を共同研究によって可視化する方が意味を持つ。アルメニア人の歴史的存在を認めることと、現在のアゼルバイジャン人の居住権を認めることは、本来矛盾しない。DNA考古学が提供できるのは、まさにこの複数の歴史的正統性は同時に存在できるという視点である。
4.インド
インドはDNA考古学が政治と衝突する極めて重要な事例である。インド史では長年、インド・ヨーロッパ語族を話す集団が中央アジア方面から南アジアへ移動したのか、それともインド内部から発展したのかという問題が論争になってきた。これは単なる古代史ではない。ヒンドゥー文明は外部から来た人々によって形成されたのかという現代インドのアイデンティティーに関係するからである。DNAが示すのは征服者対先住民より複雑な世界である。古代DNA研究が描きつつある南アジア史は、単純なアーリア人対先住民という二分法ではない。複数の古い南アジア系祖先、西方に関連する祖先、後のステップ系祖先などが長期間にわたって混合して現在の南アジア人が形成されたという複雑なものである。実際、インダス文明の重要遺跡ラキガリをめぐるDNA研究の政治的解釈については、インド国内で激しい議論が続いている。ここにはDNA考古学の危険性が非常によく現れている。科学者が、人々は何度も移動し混合したと言っているのに、政治は、我々は外来民族ではなかったあるいは逆に、我々こそ○○民族の直系子孫であると単純化してしまう。インドは、DNA考古学が平和を生む可能性と民族主義を強化する危険性の双方を観察できる重要なケースである。
5.北アイルランド
北アイルランドも興味深い。カトリック系ナショナリストとプロテスタント系ユニオニストの対立は遺伝的対立ではなく、宗教、植民、土地所有、英国との政治関係などから形成されたものである。アイルランド内部に地域的な遺伝構造が存在する一方、アイルランド系と英国系の祖先が交差しており、特にアルスターにはその複雑な歴史が遺伝的にも残っている。政治的にはIrishとBritishが対立していても、長期的な人口史はそれほど明確に二分できない。北アイルランド和平がDNAによって実現した訳ではもちろんない。しかしここでは、政治的アイデンティティーと生物学的祖先は別物であるという重要な教訓が得られる。これはイスラエル・パレスチナ問題にも応用できる考え方である。
6.台湾
台湾も別の意味で重要である。台湾住民の大多数を占める漢族系住民について大規模ゲノム研究を行うと、単一の中国系祖先では説明できず、中国大陸南東部系、北方系、日本列島に関連する祖先、島嶼東南アジア系など複数の祖先成分が検出される。台湾漢人が長期間の人口移動と混合によって形成された集団である。しかし、これを台湾の国家的帰属問題に直接結び付けるのは危険である。遺伝的に中国人だから中国に属するという論理も、遺伝的に異なるから独立国家であるという論理も成立しない。DNAは主権を決めない。むしろ台湾の事例は、遺伝的祖先、民族、文化、国籍、国家主権はそれぞれ別の概念であることを明確に示す教材になり得る。
7.共通構造
これらの事例を並べると、一つの非常に興味深い構造が浮かび上がる。民族紛争ではしばしば、我々は古代からここにいた。相手は後から来た。したがってこの土地に対する我々の権利の方が強いという論理が形成される。ところがDNA考古学が時間を500年、1000年、3000年、5000年と遡っていくと、その論理自体が次第に成立しなくなる。純粋なセルビア人、純粋なアルバニア人、純粋なギリシャ人、純粋なトルコ人、純粋なユダヤ人、純粋なパレスチナ人を古代まで遡ることはできない。そこに見えてくるのは、移動→混合→文化形成→民族形成→再移動→再混合という人類共通の歴史である。ヨーロッパ全体についても、現代人は旧石器時代以来の単一集団の連続ではなく、狩猟採集民、アナトリア系農耕民、ステップ系牧畜民などの大規模な移動と混合によって形成されたことが古代DNA研究から明らかになっている。
8.共通祖先を発見する科学へ
DNA考古学が民族紛争に与える最大の衝撃は、どちらが正しい民族なのかを決着させることではない。むしろ、その問い自体がおそらく間違っていることを示すことにある。イスラエルとパレスチナ、ギリシャ系とトルコ系キプロス人、セルビア人とアルバニア人、アルメニア人とアゼルバイジャン人などについて、数千年の歴史を遡れば、現在の民族境界よりはるかに複雑な人口移動と混合が現れる。したがってDNA考古学を和平に利用するのであれば、どちらが先にいたかを研究の中心にしてはならない。代わりに、現在敵対している二つの民族は、どの祖先を共有し、いつ分岐し、いつ再び混ざり合ったのかを明らかにすべきである。これはかなり重要な発想の転換である。20世紀までの民族史はしばしば民族の違いを発見する学問であった。21世紀のDNA考古学には、それとは反対に、敵だと思っている相手の中にも、自分たちと共有する長い人類史が存在することを発見する学問となる可能性がある。その意味でDNA考古学は、単なる新しい考古学技術ではない。適切な倫理と政治的慎重さの下で用いるならば、民族の正統性を奪い合う歴史学から、複数の民族が歴史を共有するための歴史学へ転換させる可能性を持った学問である。
