錯乱のニューヨーク

Delirious New York
A Retroactive Manifesto for Manhattan
1978年刊
Rem Koolhaas著

著者レム・コールハースの経歴

レム・コールハースは1944年にオランダのロッテルダムで生まれた建築家、都市研究者、建築理論家である。若い頃はジャーナリストや映画脚本家として活動した後、ロンドンのアーキテクチュラル・アソシエーション建築学校で建築を学んだ。その後、アメリカでニューヨークの都市研究を行い、その成果として1978年に本書を発表した。この著作によって建築理論家として国際的な評価を確立し、1975年に設立したOMAを世界有数の建築設計事務所へ成長させた。代表作にはシアトル中央図書館CCTV本社ビル、音楽の家などがある。本書は、建築家として本格的に活動する以前に自らの思想的基盤を築くために執筆された著作である。

本書の内容

本書は1978年に刊行され、マンハッタンという都市の発展を偶然の集積ではなく、一貫した思想と欲望によって形成された都市実験として読み解いた建築理論書である。コールハースはこれを遡及的宣言と呼び、すでに存在している都市の現実の中から理論を発見しようと試みた。

1.マンハッタン主義という思想

コールハースは本書でマンハッタン主義という概念を提示する。これは明文化された理論ではないが、19世紀後半から20世紀前半にかけてのマンハッタンの建築や都市計画の背後に存在した暗黙の思想である。その中心には限られた土地の上に無限の活動を積み重ねるという発想があった。マンハッタンでは都市の密度が価値となり、建築は単なる建物ではなく、人間の欲望を収容する巨大な機械へと変化した。

2.グリッドが生み出した自由

1811年のマンハッタン・グリッド計画は、本書の重要な出発点となる。碁盤目状の道路網は一見すると厳格な秩序の象徴に見える。しかしコールハースは、この単純な秩序こそが内部に無限の混沌を許容したと考える。都市全体が均質な区画に分割された結果、それぞれの敷地は独立した実験場となった。建築家や開発業者は各ブロックの内部で自由な発想を競い合い、その結果として摩天楼都市が誕生したのである。

3.コニーアイランドという実験室

本書ではマンハッタン以前の実験場としてコニーアイランドが重要視される。19世紀末のコニーアイランドでは、人工の山や人工の海、幻想的な建築や遊園地が次々と建設された。そこでは現実世界の制約から解放された人工的な楽園が追求されていた。コールハースは、コニーアイランドこそが後のマンハッタンの超高層都市に受け継がれる想像力の源泉であったと主張する。

4.摩天楼の誕生

エレベーターと鉄骨構造の発明は建築を水平方向から垂直方向へ転換させた。超高層建築は単なる高さ競争ではなく、一つの建物の中に異なる世界を積層させる装置となった。オフィス、ホテル、劇場、レストラン、住宅など、本来なら別々の場所に存在する機能が、一つの建築の内部に共存するようになった。建築は都市を縮小した垂直都市となった。

5.ダウンタウン・アスレチッククラブ

コールハースが特に注目した建築の一つがダウンタウン・アスレチッククラブである。この建物にはボクシングジム、プール、レストラン、ホテル、社交場などが積層されていた。各階は異なる世界を持ちながら、一つの塔の中で共存している。コールハースはこれをロブスターとボクシンググローブが同じ建物の中で共存する都市的奇跡と表現し、摩天楼文化の本質を象徴する建築として位置づけた。

6.建築は文化を生み出す

近代建築史では通常、社会や文化が建築を生み出すと考えられてきた。しかしコールハースは逆に、建築が新しい文化や生活様式を作り出すと論じる。摩天楼は単なる器ではない。人間の行動や欲望を組織し、新しい都市文化を創造する装置である。

7.モダニズムへの批判

当時の近代建築史は、合理性や機能主義を理想とするヨーロッパのモダニズム建築を中心に語られていた。しかしコールハースは、混沌、商業主義、娯楽、大衆文化を受け入れたマンハッタンこそが20世紀都市の本当の姿であると主張した。マンハッタンは近代建築の失敗例ではなく、むしろ最も成功した都市実験である。

本書が言いたかったこと

優れた都市は必ずしも合理的な計画や統一された美学によって生まれる訳ではない。人間の欲望、商業、娯楽、競争、偶然、技術革新といった一見無秩序に見える力が重なり合うことで、都市は予想を超えた創造性を獲得する。マンハッタンは混乱した都市ではなく、むしろ混乱を原動力として発展した都市であった。コールハースはこの事実を通じて、建築は秩序を押し付けるものではなく、人間の多様な欲望を受け入れる舞台であるべきだと主張した。

未来の輪郭