イギリス経済はなぜ弱体化したのか

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産業革命国から金融・知識・資産の国へ

現在のイギリス経済を見ると、産業革命発祥の国とは思えないほど製造業の存在感が低下し、金融、不動産、大学など一部の分野に経済力が集中しているように見える。しかし、イギリスが単純に衰退して何もなくなった国になったと考えるのは正確ではない。むしろ問題は、航空宇宙、医薬品、防衛、半導体設計、AI、大学研究など世界トップクラスの能力をなお保有しながら、それを国内の大規模な産業や企業へ育てる力が弱くなったことである。現在のイギリス経済を理解するには、製造業の衰退だけではなく、金融化、投資不足、生産性停滞、不動産価格上昇、Brexit、地域格差、そして大学を中心とした知識産業の強さを一つの構造として見る必要がある。

製造業の衰退

イギリスの製造業は完全に競争力を失ったわけではない。ロールスロイスに代表される航空エンジン、BAE中心とする防衛産業、アストラゼネカなどの医薬品、F1に象徴される高度自動車工学、更に宇宙、先端材料などには今も世界的競争力がある。問題は、製造業全体を支える裾野が著しく薄くなったことである。ドイツには自動車、化学、機械、工作機械、電機を中心に多数の中堅・中小企業が存在し、日本にも自動車、機械、電子部品、素材、半導体製造装置などの巨大な産業集積がある。これに対してイギリスでは、1970年代以降の脱工業化の過程で工場だけではなく、部品メーカー、技術者、熟練労働者、職業教育、生産設備などを含む産業生態系が縮小してしまった。この意味で現在のイギリスは、世界一級の製造企業はいくつも存在するが、世界一級の製造国家ではなくなった。

金融化への転換

イギリス経済の大きな転換点となったのが、1970年代から80年代にかけて進んだ市場原理重視の政策である。特にサッチャー政権以降、競争力を失った国有企業や旧来型製造業を保護するよりも、金融、サービス、海外投資など効率の高い分野へ経済資源を移す方向が強まった。この政策によってシティはニューヨークと並ぶ世界最大級の金融センターへ発展し、銀行、証券、保険、資産運用、外国為替、法律、会計などが巨大な産業となった。しかし、その成功には副作用もあった。工場を建設し、設備を更新し、技術者を育成して長期間かけて製造企業を成長させるよりも、金融、不動産、M&Aなどへ資本を投じた方が高い利益を得られる経済環境が形成された。ドイツや日本が長期間にわたって製造企業と金融機関の関係を維持してきたのに対し、イギリスでは株主利益と資本効率を強く重視する経営が定着した。その結果、短期的に収益性の低い設備投資や製造業への投資は敬遠されやすくなり、研究開発はイギリスで行われても、生産設備や量産工場は海外へ移るという現象が繰り返されるようになった。

最大の問題は生産性

現在のイギリス経済の最大の問題は、製造業の比率よりも生産性の停滞である。2008年の世界金融危機以降、イギリスの労働生産性の伸びは長期的に鈍化している。背景には企業の設備投資不足、インフラ投資不足、職業教育の弱体化、住宅費の高さによる労働移動の阻害などがある。イギリスには優秀な科学者が存在し、世界的な大学もあり、金融資本も豊富である。それにもかかわらず、生産設備、工場、インフラ、人材育成への長期投資が十分に行われていない。この資本は存在するのに、生産能力へ十分投入されないという矛盾こそ、イギリス経済停滞の核心である。近年はエネルギー価格の高さも製造業の競争力を弱めている。鉄鋼、化学、セラミックス、ガラスなど大量のエネルギーを使用する産業では、米国や中東、中国などエネルギーコストの低い地域との競争が難しくなっている。

Brexitという追加負担

イギリス経済の弱体化を全てBrexitの責任とするのは正しくない。製造業の衰退、生産性の低迷、地域格差、住宅価格の上昇などは、EU離脱以前から存在していた問題である。しかしBrexitは、それらの問題を更に悪化させた。EU加盟時代のイギリスは欧州単一市場の一部であり、企業はフランス、ドイツ、オランダなどとの間で部品、製品、人材を比較的自由に移動させることができた。EU離脱後は通関、規制、認証、労働力移動などに新たな摩擦が生じ、イギリスを欧州市場向けの製造拠点とする魅力は低下した。特に問題なのは企業投資である。Brexitをめぐる長期的な不確実性によって設備投資や直接投資が抑制され、ただでさえ弱かった資本形成を更に遅らせた。したがってBrexitはイギリス経済衰退の根本原因ではなく、すでに存在していた構造的問題を増幅した要因である。

依然強い金融業

それでもイギリス経済を現在支えている最大の柱の一つが金融・専門サービスであることに変わりはない。ロンドンには銀行、証券、保険、外国為替、資産運用、法律、会計、コンサルティングなどが集積し、金融そのものだけでなく、それを取り巻く巨大な専門サービス産業を形成している。そのためイギリスは、モノの貿易では大幅な赤字を抱える一方、サービス貿易では巨大な黒字を生み出している。現在のイギリスは、工業製品を世界へ輸出する国から金融、法律、コンサルティング、教育、知的財産、文化などを輸出する国へ変貌した。ただし、この構造にも危険がある。金融業は極めて国際競争の激しい分野であり、ニューヨーク、シンガポール、ドバイ、香港、上海などとの競争が強まっている。これまでイギリスが当然のように享受してきた世界金融の中心という地位も、永久に保証されたものではない。

金市場と中国の挑戦

その象徴の一つが金、すなわちゴールド市場である。ロンドンは現在も世界最大級の金取引・保管・価格形成の中心地であり、長い歴史の中で築かれた信用、法制度、銀行、清算、保管システムという非常に大きな優位性を持っている。しかし中国は上海黄金交易所を中心に金市場を発展させ、更に香港を国際的な金取引・保管拠点として拡大しようとしている。これは単に金市場のシェア争いではない。中国が人民元建ての金取引を拡大させれば、ドルやポンドを中心とした西側金融システムとは異なる国際金融圏が成長する可能性がある。短期間で香港や上海がロンドンを完全に代替するとは考えにくいが、将来的にはロンドン・ニューヨークを中心とする西側市場と、上海・香港を中心とする中国市場が並立する可能性がある。イギリスにとってこれは金融覇権という意味でも看過できない変化である。

不動産偏重の弊害

イギリス経済のもう一つの特徴が、不動産価格の異常な高さである。特にロンドンを中心とする住宅や土地の高騰は、単純にイギリス経済が豊かになった結果ではない。住宅供給不足、厳格な都市計画規制、海外資金の流入、長期間の低金利、ロンドンへの人口・産業集中などが複雑に絡み合って形成されたものである。そして、この不動産価格の上昇はイギリス経済の強さというよりも、むしろ構造的弱点の一つである。工場を建設して利益を生み出すより、ロンドンの土地や住宅を保有する方が資産価値上昇によって利益を得やすい状況が長期間続けば、資本は当然不動産へ向かう。その結果、資産を持つ者は豊かになるが、国全体の生産能力はそれほど増えない。不動産価格の上昇は、イギリス経済が豊かになった証拠であると同時に、生産ではなく資産価格によって富が増える経済になったことを示す症状でもある。

大学という最後の巨大資産

こうした中で、イギリスが現在も世界的に圧倒的な競争力を保っている分野が大学である。オックスフォード、ケンブリッジ、インペリアル・カレッジ・ロンドンなどは、科学、医学、AI、生命科学、量子技術、経済学など多くの分野で世界最高水準を維持している。大学は単なる教育機関ではなく、イギリスにとって巨大な輸出産業でもある。世界中から留学生を集め、授業料だけでなく住宅、消費、研究資金などを通じて英国経済へ巨額の資金を流入させている。また大学を中心として研究所、スタートアップ、ベンチャーキャピタルなどの知識産業集積も形成されている。ところが、ここにもイギリス経済最大の矛盾が存在する。イギリスは新しい科学や技術を発明する能力では世界最高水準でありながら、それを巨大な国内企業に育てる能力が弱いのである。ケンブリッジで半導体技術が生まれ、オックスフォードでバイオ企業が生まれ、インペリアルでAIや量子技術が研究される。しかし、それらが成長すると米国企業に買収されたり、米国市場へ上場したり、研究開発以外の機能を海外へ移すことが少なくない。ARMはその象徴である。世界の半導体産業に不可欠な技術を開発した英国企業でありながら、最終的にはソフトバンク傘下となり、再上場もロンドンではなくNASDAQが中心となった。現在のイギリスは、発明するところまでは極めて強いが、その発明を数百億ドル規模の産業へ育てる段階が弱いという問題を抱えている。

残された世界競争力

しかしイギリスを単純な衰退国家と見るべきではない。金融、大学だけでなく、航空宇宙、防衛、原子力、生命科学、AI、量子コンピュータ、半導体設計、保険、法律、広告、音楽、映画、ゲーム、建築など、世界的競争力を持つ産業は依然として数多く存在する。特にクリエイティブ産業は重要である。映画、テレビ、音楽、ゲーム、広告、デザインなどは英国文化の世界的影響力と結びつき、巨大な輸出産業となっている。ロンドンは金融都市であるだけでなく、文化、メディア、ファッション、広告、デザインなどの世界的中心都市でもある。したがって現在のイギリスは、大量生産型の工業国家から知識、技術、金融、文化を輸出する国家へ転換したと考える方が正確である。

ロンドンと地方の分断

イギリス経済の更に深刻な問題が、ロンドンとその他の地域との格差である。ロンドン、オックスフォード、ケンブリッジには金融、大学、テクノロジー、法律、文化産業など高生産性産業が集中している。一方で、かつて産業革命を支えたイングランド北部、ウェールズなどでは製造業が衰退した後、それに代わる産業が十分形成されなかった。その結果、ロンドンでは住宅価格が上昇し、世界中から富裕層や高度人材が集まる一方、地方では所得、生産性、公共サービスなどが低迷するという二重構造が生まれた。イギリスという国家全体の平均だけを見ると経済は低成長であるが、ロンドンの一部では依然として世界有数の富が生み出されている。この地域格差こそ、Brexit投票をはじめとする近年の政治的混乱の背景にもなった。

イギリス経済の本当の危機

現在のイギリスにとって最大の危険は、製造業がGDPの一割程度まで縮小したことでも、中国が金市場を拡大していることでもない。本当の危険は、世界最高水準の大学、科学者、金融機関、投資家を持ちながら、それらが国内の大規模な生産活動へ十分結びついていないことである。産業革命期のイギリスが強かった理由は、ワットの蒸気機関のような発明が存在したからだけではない。発明、資本、工場、技術者、労働者、港湾、銀行、貿易網がすべて一つの産業システムとして結びついていた。現在のイギリスにもオックスフォード、ケンブリッジ、インペリアル、シティ(City of London)という世界一級の知的・金融資産が存在する。しかし、それらを国内の巨大産業へ転換する回路が細くなっている。ここに最も深刻な問題である。

再生への道

したがってイギリス再生の道は、過去の造船、鉄鋼、繊維などをそのまま復活させることではない。大学や研究機関から生まれるAI、量子技術、生命科学、宇宙、防衛、先端材料、次世代エネルギーなどを、国内で巨大産業へ成長させることである。そのためには、研究から事業化、ベンチャー投資、量産、海外展開までを国内で連続させる資本市場と産業政策が必要になる。また住宅価格や土地利用制度を改革し、資本が不動産だけではなく新しい企業や設備投資へ向かう仕組を作る必要がある。更にロンドンだけでなく、マンチェスター、バーミンガム、リーズ、リバプール、ニューカッスル、グラスゴーなど地方都市に新しい産業集積を形成しなければならない。イギリスがこれに成功すれば、世界最高水準の大学、金融市場、科学技術、文化を組み合わせた新しいタイプの産業国家として復活する可能性は十分にある。しかし失敗すれば、イギリスの大学が技術を発明し、米国企業がそれを買収し、シティがその金融取引を仲介し、そこで得られた富がロンドンの不動産へ流れ込むという循環が固定化することになる。それは表面的には豊かな経済に見える。しかし、国内の生産能力と中間層を徐々に痩せさせ、国全体を金融・資産価格・海外需要に依存させる危ういモデルである。現在のイギリスは完全に衰退した国家なのではなく、世界有数の知的資産を持ちながら、それを新しい産業国家へ転換できるかどうかという歴史的な分岐点に立っている国である。

イギリス経済衰退の本質(付記)

1.既存の富を運用する国への転換

イギリス経済の衰退を考える際、製造業がGDPに占める割合が低下したことだけを問題にしても、本質には届かない。先進国では一般にサービス産業の比率が高まり、製造業の比重が低下するからである。イギリスにも航空宇宙、防衛、医薬品、半導体設計、AI、生命科学など世界有数の産業が残っている。世界的大学の研究力も依然として世界最高水準であり、シティも国際金融の中心として大きな影響力を持っている。それにもかかわらず、国全体としては生産性が伸びず、実質所得は停滞し、地方経済は衰弱し、住宅価格だけが高騰するという現象が続いている。したがってイギリス経済の問題とは、単純な産業の消滅ではない。より根本的には、優秀な人材、科学技術、金融資本を、国内の生産力へ変換する仕組が弱くなったことにある。

2.金融化がもたらした成功と代償

1980年代以降のイギリスは、製造業中心の経済から金融・サービス中心の経済へ大胆に転換した。この選択は短期的には成功であった。ロンドンには世界中の銀行、証券会社、保険会社、法律事務所、会計事務所、資産運用会社が集まり、イギリスは製品を大量生産しなくても、世界の資金や取引を仲介することで巨額の所得を得られるようになった。しかし金融化には重大な副作用があった。工場を建設し、人材を育成し、設備を更新し、10年、20年という時間をかけて製造企業を成長させるよりも、金融取引、不動産投資、企業買収などへ資金を投じた方が短期間で高い収益を得やすくなった。経済合理性の観点だけを見れば、この行動は必ずしも間違いではない。しかし国家全体で同じことを長期間続ければ、生産設備、技術者、部品メーカー、熟練労働者、職業教育などの産業基盤が徐々に失われる。一度失われた産業集積は、工場一つを建設すれば戻ってくるものではない。イギリスが失ったものは単なる工場ではなく、ものを作る社会的能力であった。

3.資本が生産より資産へ向かう

この構造を象徴するのが不動産である。ロンドンを中心とした不動産価格の上昇は、イギリスの富を増加させたように見える。しかし土地や住宅価格が二倍になったからといって、社会全体の生産能力が二倍になる訳ではない。むしろ、不動産を保有しているだけで高い収益を得られる社会では、企業家や投資家が危険を冒して新しい工場や技術へ投資する動機が弱くなる。銀行にとっても、将来性の不確実な製造企業へ融資するより、ロンドンの不動産を担保に融資する方が安全である。こうして金融資本が新しい生産設備ではなく既存資産へ向かい、既存資産の価格上昇が更に資金を呼び込む循環が形成される。資産を持つ者はますます豊かになるが、若者や資産を持たない層の住宅負担は増大し、実体経済の成長力は高まらない。現在のイギリスに見られる不動産価格と所得の乖離は、この構造を端的に示している。

4.産業化できない矛盾

イギリス経済の最も興味深い矛盾は、科学技術力は決して衰えていないことである。大学からは今も世界的研究成果が生まれ、AI、量子技術、生命科学、半導体などで優秀なスタートアップが次々誕生している。しかし問題は、その先である。革新的企業が誕生しても、成長段階になると米国資本に依存し、米国企業に買収され、あるいはNASDAQへ向かう例が少なくない。ARMはその象徴である。世界の半導体産業に不可欠な技術をイギリスが生み出しながら、その巨大な企業価値を国内資本市場と産業構造の中に十分保持することができなかった。ここにはアメリカとの決定的な違いがある。アメリカではスタンフォードやMITから生まれた技術が、ベンチャーキャピタル、巨大な国内市場、政府調達、NASDAQなどを通じてGoogle、NVIDIA、テスラのような企業へ成長する。イギリスにも大学も科学者も投資家もいるが、それらを巨大企業へと連結する産業化の回路が細い。

5.ロンドンの繁栄は国家繁栄を意味しない

更にイギリス経済を難しくしているのが、ロンドンへの極端な集中である。金融、法律、コンサルティング、テクノロジー、文化産業など高所得産業がロンドンとその周辺に集中する一方、産業革命を支えたイングランド北部、ウェールズなどでは製造業衰退後の新産業が十分育っていない。そのため統計上は同じ一国でありながら、ロンドンと地方ではまるで異なる経済が存在している。世界中の資本と高度人材を集めるロンドンは繁栄していても、それが地方の所得上昇や生産性向上へ十分波及しない。Brexitを生んだ背景にも、この地理的分断があった。グローバル化によって利益を得る都市と、産業を失った地方との間で、経済認識が大きく分裂している。Brexitはイギリス衰退の原因というより、この長年の構造問題が政治的に噴出した現象である。

6.金融国家にも永続的優位はない

これまでイギリスは、製造業が縮小しても金融とサービス産業によって国家としての地位を維持することができた。しかし、このモデルにも限界が現れ始めている。金融市場は製造業以上に国際競争が激しい。ニューヨークだけでなく、シンガポール、香港、上海、ドバイなどが国際金融拠点として急速に力をつけている。金市場についても、中国が上海と香港を軸に取引・保管・価格形成能力を拡大しようとしていることは象徴的である。ロンドンが蓄積してきた信用、法制度、人材、金融インフラは簡単には失われない。しかし、金融業には工場のような物理的固定性が少ない。規制、税制、人材、政治環境によって資金と企業は比較的容易に別の都市へ移動する。この意味では、金融への過度な依存は必ずしも安全な国家戦略ではない。

7.衰退の本質は連結の喪失

結局のところ、イギリス経済衰退の本質は、何か一つの産業を失ったことではない。かつてのイギリスには、科学者の発明を企業家が事業化し、銀行が資金を供給し、工場が大量生産し、港湾が世界市場へ送り出すという一連の連結が存在した。産業革命とは蒸気機関という単独の発明ではなく、技術、資本、製造、労働、市場が一体化したシステムであった。現在のイギリスには、その構成要素の多くが依然として存在している。世界最高水準の科学者がいる。世界最高水準の大学がある。世界最大級の金融市場もある。しかし、それぞれが別々に存在し、その間の結び付きが弱くなっている。大学は発明するが企業が国外へ売られ、金融機関は資本を持つが不動産や海外資産へ投資し、ロンドンは繁栄するが地方へ十分波及しない。つまり問題は資源の不足ではなく、資源を国家的生産力へ転換する連結の不足である。

8.イギリスは再び産業国家になれるか

したがってイギリス再生の条件は、昔の鉄鋼、造船、繊維産業を復活させることではない。オックスフォードやケンブリッジから生まれるAI、量子、生命科学、宇宙、防衛、先端材料などを国内で大規模産業化する仕組を再構築することである。研究、ベンチャー資本、設備投資、政府調達、量産、輸出までを一続きの産業政策として設計し、資本を既存不動産から新しい生産活動へ向け、ロンドンだけでなく地方都市にも産業集積を形成する必要がある。もしそれができれば、イギリスは決して衰退を運命づけられた国家ではない。むしろ金融、科学、大学、文化、法制度という極めて強力な資産を持っているだけに、新しい産業国家へ転換できる可能性は大きい。しかし、それに失敗すれば、大学が技術を生み、外国企業がそれを買い、シティが取引を仲介し、その利益が再びロンドンの不動産や金融資産へ流れるという循環が続くことになる。イギリス経済衰退の本質とは、富を新しく生み出す能力が完全になくなったことではない。優れた知識と資本を持ちながら、それを国内の産業と広範な国民所得へ変換する能力を失いつつあることである。イギリスが問われているのは、産業革命を再現できるかではなく、21世紀版の知識から産業を生み出す仕組をもう一度構築できるかにある。

歴史に関する考察

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