創造的AIの言語

The Language of Creative AI
Practices, Aesthetics and Structures
2022年刊
Craig Vear他編

編者の経歴

本書はAIを単に作品を自動生成する技術として扱うのではなく、ロボット・アート、AIによる音楽演奏、ニューラルネットワークによる画像生成、AI作家、人間とAIの共同制作などをまとめてCreative AIと捉え、その実践、美学、哲学、倫理、身体性を総合的に考察している。

1.クレイグ・ヴィア

クレイグ・ヴィア(Craig Vear)は英国の音楽家、作曲家、デジタル・パフォーマンス研究者である。研究領域は音楽、デジタル・パフォーマンス、人工知能、創造性、ゲーム、ミクスト・リアリティ、ロボティクスなどを横断しており、およそ30年にわたり新興デジタル技術を用いた実践研究を続けてきた。研究者になる以前にはプロの音楽家として活動しており、1992年から2003年頃まで演奏・作曲活動を行った。ヴィアは、AIと音楽を外部から分析する研究者ではなく、実際の音楽制作と演奏を経験した実作者でもある。

2.ファブリツィオ・ポルトロニエリ

ファブリツィオ・ポルトロニエリ(Fabrizio Poltronieri)は1976年ブラジル・サンパウロ生まれのコンピュータ・アーティスト、研究者、デザイナー、キュレーターである。芸術、デジタルメディア、デザイン、テクノロジーの関係を専門とし、特にクリエイティブ・コーディングと哲学的問題との接点を研究してきた。

二人に共通するのは、AIを外部から論評するだけではなく、音楽家、コンピュータ・アーティストとして実際にAIやロボティクスを使いながら創造行為を研究していることである。この実践性が本書全体の大きな特色になっている。

本書の内容

1.Creative AIとは何か

本書がまず提示するのがCreative AIという考え方である。Creative AIとは、AIが完成した絵や音楽を自動的に作ることだけを意味しない。AIが創作過程に組み込まれ、人間とAIが相互作用しながら作品を作ったり、作品を演奏したり、鑑賞者に反応したりする幅広い芸術実践を指している。その対象にはロボット・アート、離れた場所をネットワークで接続するAI作品、AIパフォーマー、人工的な音楽家、ニューラルネットワークによる画像、AI作家、ジャーナリズム・ボットまで含まれる。したがって本書では、AIが芸術家になれるかという問いだけではなく、AIが創作過程へ入ることで、人間の創造活動がどう変化するのかが中心問題となる。

2.コンピュータの芸術利用

本書冒頭には、AIアートの先駆者Harold Cohenが置かれている。Cohenは1970年代からAARONというプログラムを開発し、コンピュータによる自律的描画を長年研究した人物である。この章が本書の冒頭に置かれていることには象徴的な意味がある。AIアートは生成AIの登場によって突然始まった訳ではなく、数十年にわたりコンピュータは芸術の道具なのか、共同制作者なのかという問いが積み重ねられてきたからである。重要なのは、コンピュータを絵筆の代用品として考えるだけではないということである。コンピュータが一定の自律性を持ち、人間が予測しなかった結果を生み出すようになれば、作者と道具の関係が変化する。

3.人間対AIではなく共生へ

AIを人間の芸術家を駆逐する競争相手として考えるのではなく、人間とAIが相互作用しながら創造能力を拡張するsymbiosis(共生)として捉える。人間は目的や文化的意味、感情、社会的背景を持っている。一方AIは巨大なデータ空間を探索し、人間には発見困難なパターンや組み合わせを提示できる。この二つを対立させるよりも、それぞれの異なる能力を組み合わせることで新しい芸術が生まれる。

4.AIは本当に創造的なのか

AIと創造性の関係が検討される。人間の創造性も過去の作品、文化、知識、技法を学び、それらを組み替えることによって成立している。それなら大量の作品を学習して新しい組み合わせを生成するAIと、人間の創造性との差はどこにあるのかという問題が生じる。しかし同時に、人間の創造には身体、感情、社会、歴史、目的などが関係している。単に新しいパターンを作ることだけを創造と呼べるのかという疑問も残る。本書はこの問題に一つの最終回答を与えるより、創造性を個人の頭の中だけで起きるものと考える従来の発想を再検討する。

5.Creative AIと倫理問題

AIは大量の既存作品から学習する。その場合、元の作品を制作した芸術家との関係をどう考えるのか、文化的偏見が学習データに含まれていないか、作品の作者や責任主体は誰なのかといった問題が生じる。更にAIが創造活動へ深く入り込むほど、人間の芸術家の労働や職業、文化的多様性にも影響を与える。したがってCreative AIは単なる技術革新ではなく、誰の作品から学習し、誰が利益を得て、誰が責任を負うのかという社会制度の問題でもある。

6.人間中心主義を超える

我々は創造性を考える際、人間だけを基準にしがちである。しかし自然界には、動物、植物、生態系など、人間の中央集権的な設計とは異なる形で複雑な構造を生み出すシステムが存在する。AIについても人間と同じように考えられるかという基準だけで判断する必要はない。AIには人間とは異なる知覚方法、計算方法、探索能力があり、それ自体を新しい創造主体として考える可能性がある。Creative AIは人間を模倣するAIだけではない。人間とは異なる方法で世界を探索し、創造する存在としてAIを考える。

7.身体を持つAI

AIがコンピュータ内部で計算するだけなら、世界との接触は限定的である。しかしロボットとして身体を持つAIは、物理的環境を感知し、動き、音を出し、人間と同じ空間の中で行動することができる。ヴィアは、この身体を持ったAIと人間の音楽家が一緒に演奏し、互いの音に反応しながら音楽的意味を作る可能性を研究している。重要なのは、AIが事前に完成した曲を再生することではない。人間の演奏を聞き、それに応答し、その応答を人間が聞いて更に演奏を変えるという循環が成立する。このとき創造性は人間にもロボットにも単独では存在せず、両者の相互作用の中に発生する。

8.潜在空間を探索するAI

AIは大量の画像や音楽を学習すると、それらの特徴を多次元的な内部空間として表現する。その空間を移動することによって、既存作品と既存作品の中間にある、まだ存在していなかった表現を生成できる。人間の芸術家から見れば、この潜在空間は巨大な可能性の地図のようなものである。したがってAIの価値は完成作品を自動生成することだけではない。人間が通常なら思いつけなかった表現空間を探索するための道具、あるいは共同探索者になる。

9.生命と機械の境界

Creative AIでは、人間がAIへ命令し、AIが受動的に実行するという単純な関係だけではない。センサー、環境、生物、人間、アルゴリズムなど複数の主体が互いに影響を与えるシステムを作ることができる。そうなると誰が作品を作ったのかという問いに一人の作者名で答えることが難しくなる。作品は人間、機械、環境、生物などの関係から出現するものになる。この考え方はロボット・アートや物理AIの今後を考える上で極めて重要である。

10.Creative AIと身体的パフォーマンス

身体を持ったAIは観客からそこに存在しているものとして認識される。人間は画面上のアルゴリズムとは違い、ロボットの動き、距離、速度、方向などから、そこに意図のようなものを感じる。このためロボットによるパフォーマンスでは、AIだけでなく、人間がAIに対してどのような意図や主体性を読み取るのかも作品の一部になる。ここでは芸術作品は完成した物ではなく、人間、ロボット、空間、観客の相互作用として成立する。

11.AI同士が創造する

人間と一つのAIという関係を更に超えて、複数の人工的音楽エージェントが互いにコミュニケーションしながら音楽を作る仕組が扱われる。それぞれのMusebotには一定の音楽的性格や行動規則があり、他のシステムの演奏を聞きながら自分の演奏を変化させる。この場合、音楽全体を一人の作曲家が完全に設計している訳ではない。複数の人工的主体の相互作用から作品が生まれるため、創造性が個人の才能ではなくネットワークの中から生まれる現象として捉え直される。

12.脳のモデルから音楽を作る

人間の脳の仕組をモデル化したコンピュータ・システムを利用して音楽を作る可能性が検討される。ここではAIは既存曲を単純に模倣するのではなく、人間の知覚や脳活動を参考にしながら音楽生成へ向かう。これは人間らしい曲を作ることと人間の創造過程をモデル化することの違いを示している。AI芸術研究は最終成果だけでなく、人間がどのように知覚し、考え、創造しているのかを逆方向から理解する研究にもなっている。

13.人間とロボットが一緒に描く

絵画という観点で特に重要なのが、最終章である。人間とロボットアームが同じ空間で一緒に線を描く作品で知られている。重要なのは、ロボットに人間の線を単純にコピーさせるのではなく、人間の描画を機械が学習し、その機械の動きに人間が反応し、再び人間の動きから機械が学習する。この循環によって、人間だけでもAIだけでも生まれなかった線や構図が形成されていく。ここではロボットは絵を描く機械である以上に、画家が自分自身の描画行為を見直すための鏡になる。従来、芸術家と道具の関係では、筆は画家に反論しない。しかしAIロボットは予測不能な動きを返してくる。その結果、芸術家自身もロボットから刺激を受けて表現を変える。これは本書全体のsymbiosisを最も分かりやすく実現した例である。

14.完成作品から創作関係へ

本書全体を通じて徐々に明らかになるのは、AI時代には芸術の価値を完成作品だけで評価することが難しくなるということである。同じ画像でも、人間が単独で描いたもの、AIが自動生成したもの、人間とAIが長時間相互作用しながら制作したものでは、その意味が異なる。重要になるのは完成した画像だけではなく、どのような人間と機械の関係から作品が生まれたのかという創作過程である。そのため本書はAI作品という名詞よりも、Creative AIという創造のプロセスを重視しているのである。

本書が言いたかったこと

AIを人間の代わりに芸術を作る機械としてだけ考えてはならない。AIの本当の可能性は、人間ができることを自動化することだけではない。人間には探索できない巨大な可能性空間を探索し、予想外の反応を返し、時には物理的な身体を持って人間と同じ空間に入り込むことで、人間自身の創造行為を変化させるところにある。そうなると、創造性とは芸術家一人の頭の中から作品が生まれる能力ではなくなる。人間、AI、ロボット、環境などの相互作用から生まれる関係的な創造性として捉える必要が出てくる。したがって本書は、AIに人間と同じ創造性があるかという問いから一歩先へ進んでいる。重要なのはAIが人間になれるかではなく、AIという人間とは異なる存在と一緒に創造することで、人間自身の創造性がどこまで拡張されるかという問いである。更に現在の物理AIという視点から読むと、本書の重要性は一層明瞭になる。生成AIが画像や音楽を画面の中で作る段階から、AIが身体を持ち、人間と同じ空間で動き、演奏し、描き、人間の行動に反応する段階へ進めば、芸術は人間対AIの競争ではなく、人間とAIが互いを変化させる創造行為へ向かう可能性がある。その意味で本書は、AIによって人間の芸術が消滅する未来ではなく、AIによって人間がこれまで持ち得なかった新しい創造方法を獲得する未来を描いた著作である。

未来の輪郭