Complexity and Contradiction in Architecture
1966年刊
Robert Venturi著
ロバート・ヴェンチューリの経歴
ロバート・ヴェンチューリは1925年にアメリカのフィラデルフィアで生まれ、1950年にプリンストン大学を卒業した。その後、フィンランドの巨匠アルヴァ・アールトやアメリカの建築家エーロ・サーリネンの事務所で経験を積み、さらにローマ賞を受賞してイタリアに滞在し、古典建築やバロック建築を徹底的に研究した。この経験は彼の思想形成に決定的な影響を与えた。当時の建築界は、ミース・ファン・デル・ローエやグロピウスに代表されるモダニズム建築が支配していたが、ヴェンチューリはその単純化された合理主義に疑問を抱いた。後に妻であるデニス・スコット・ブラウンと共にポストモダン建築の理論的基盤を築き、1991年にはプリツカー建築賞を受賞した。彼は2018年に93歳で死去したが、その思想は現在も建築教育と建築理論に大きな影響を与え続けている。
本書の内容
1.単純性への反論
ヴェンチューリは冒頭で、近代建築が追求してきた単純性や純粋性に疑問を投げかける。彼は建築は本来、単純ではなく複雑で矛盾に満ちたものであると主張し、均質で明快な建築よりも、多様な要素が共存する建築に価値を見出した。彼の有名な言葉Less is a bore(少ないことは退屈である)は、ミースのLess is more(少ないことは豊かである)への明確な反論として提示された。
2.どちらかではなく両方を受け入れる建築
本書の中心概念の一つがBoth-And(両方である)という考え方である。モダニズム建築が明快な二項対立を好んだのに対し、ヴェンチューリは建築が同時に複数の意味や性格を持つことを肯定した。建築は単純でも複雑でもあり、対称でも非対称でもあり、開放的でも閉鎖的でもあり得ると考えた。彼は曖昧さや多義性こそが建築に豊かな表情を与えると主張した。
3.歴史建築から学ぶ姿勢
ヴェンチューリは近代建築が過去の建築を否定したことを批判し、古代ローマ建築、ルネサンス建築、バロック建築、更には19世紀建築に至るまで幅広い歴史的事例を分析した。特にミケランジェロやエドウィン・ラッチェンス、フランク・ファーネスの作品を取り上げ、それらに存在する複雑な構成や矛盾した要素の共存を高く評価した。彼にとって歴史とは模倣の対象ではなく、現代建築を豊かにするための知的資源であった。
4.内部と外部の矛盾
本書では建物の内部空間と外観の関係についても論じられる。近代建築では内部構成がそのまま外観に表現されることが理想とされたが、ヴェンチューリは内部と外部が必ずしも一致する必要はないと考えた。建築は都市空間の中で象徴として機能する存在であり、外観は内部とは別の論理によって構成されることも許されると論じた。
5.困難な全体という概念
ヴェンチューリは建築を単純な図式に還元することを拒否し、困難な全体という概念を提唱した。建築とは、多数の相反する条件や要求を統合しながら一つの全体を形成する営みであり、その困難さを避けるのではなく積極的に受け入れるべきだと主張した。この思想は後のポストモダン建築の出発点となった。
本書が言いたかったこと
建築とは単純な秩序や合理性を追求する機械ではなく、人間社会と同じように複雑で矛盾に満ちた存在である。人間の生活や都市は多様な価値観や歴史、文化、記憶によって構成されている以上、それを受け止める建築もまた多義的で豊かな表現を持つべきである。建築家の仕事は矛盾を排除することではなく、矛盾を統合して新しい秩序を生み出すことにある。
